金土日

諸々を経て、生活にいくつかの変化が生じた。いくつかというか、具体的には二つ。まずは労働をするようになったこと。理由はシンプルに金がなさすぎるからである。全くを以て癪ではあるが、人間は金を稼がなければ生きていけないので、涙を呑んで資本主義社会に下ることにした。ゴミカスニートからゴミカスアルバイターに晴れてジョブチェンジである。性狷介にして自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしないことで知られるこの俺が、己の味気なく情けない半生を克明に記した履歴書を携えて近所のコンビニ(徒歩5分)の門を叩く光景は、かのローマ皇帝ハインリヒ4世が破門の赦しを請うて雪の中で膝をついたという中世の故事――カノッサの屈辱を思わせる厳粛な悲哀に満ち、見る者の涙をことごとく誘ってやまなかったと言われたり、言われなかったりしている。以前にも似たようなことを書いた気もするが、俺は遂行するべきタスクの難易度を「残りの行程中においてそれが占める割合」を元に算出・認識するタイプであり、たとえば原稿用紙100枚分の文章を書けと言われたら最初の1枚目は「あと99枚もあるじゃん…絶対無理…死にたい…」と先行きのあまりの不透明さに気後れしてしまうが、どうにか半分くらいまで書いて折り返すころには「あとたったの50枚!終わりが見えてきた!頑張るゾ!」と急激にやる気が出てくるような、まあ噛み砕いて言えば一度走り出したら何とか走り続けられるけど走り始めるまでが途方もなく長いという気質なのだが、こんな風にほんのささやかでも現状打破のために何らかのアクションを起こすと、そのこと自体が「僅かずつでも前に進むことが出来ている」という実感を与えてくれて、それが次のアクションへの原動力に繋がるので、この勢いで走り続けていくうちに低迷していた人生が好転してくれたらいいな、みたいな淡すぎる期待を自分に抱き始めている。まあ期待は裏切られるのが世の常だからどう転ぶかは分からないが、せめてほんの少しでもいい方向へ転がってくれたら嬉しいし、そうなるよう祈りたい。

そもそも俺には社会的なプライドや世間体と呼ぶべきものがこれはもう完全に欠如しているので、現実に、能力的、あるいは経済的にそれが可能かどうかはともかくとして――まず不可能だろうが――あくまでも一個人の精神的な、心構えの問題として言わせてもらうなら、俺は一生コンビニのバイトでも全然構わないと思っている。いや、なにもコンビニの仕事を軽んじているわけではない。わけではないがしかし、いい歳こいてアルバイター、などというのは概して世間的に低く見られがちであるという風潮は、まあ現実のものとして存在していると言っていいだろう。その現実を踏まえたうえで重ねて言うが、俺は死ぬまでアルバイターで全然オッケー委細問題ございませんと思っている。まあ実際に年を取ったら考えが変わって慌て出すのかもしれないがその時はその時だ。こういう所で他人からの白眼視や蔑視を気にするようなまともな神経が備わっていたのなら初めから俺はこんな人間になんかなっていない。せっかく大学まで出たのに、とか言われてもそんなの知った事ではない。あんな三流大学の、しかも潰しの利かなさにかけては全学域でも屈指であろう人文学とかいう謎学問の学士資格なんざ何の自慢にも実績にもなりはしない。大学を出るために必要な技能と社会人としてやっていくための技能は違うスキルツリーに属していて、俺はそのあたりのポイント配分を盛大にミスった状態で生まれてきたのだ。やりたいこともできることも、ロクにない。俺にとって労働行為とはどこまでも生活費獲得のための手段でしかないし、ならばそこに無用な矜持や美学を持ち込むのは不合理というものだ。もちろん、確固たる信念とか夢とか、やりがいや社会奉仕の精神をもって熱心に仕事に従事されている方々を否定するつもりは一切ないし、むしろそういう人たちは本当に立派だなぁという尊敬の念すら一応は持ち合わせているつもりだが、俺個人としては、たかが労働ごときが人の人生に必要以上に食い込んでくるな、という感がある。いい大学を出たのにお茶汲みとかコピーばかりやらされて屈辱だ、みたいな話もたまに聞くが、そんなに嫌なら是非とも代わってほしい。俺なら嬉々としてコピーをとってやる。社内一うまいお茶を淹れてやる。なにしろこっちは嫌々働いているのだ。余計な責任など背負い込みたくはないし、同じ給料で楽ができるのならそれに越したことはない。まあお茶汲み云々はもっと根深くてややこしいジェンダーロール的ななんやかんやも関わってくる問題っぽいからあまり迂闊なことは言えないが、とにかくそんな感じです。書類整理とか便所掃除とか、くだらないルーチンワークは俺みたいなやる気のない奴にやらせとけばいいんだから、真面目で能力も意欲もある人にはちゃんとした仕事を宛てがってあげてください。それが世の中の為になると僕は思います。ちなみに経験則から言うと――といっても俺にまともな就労経験などほとんど無いに等しいのだが、本屋のバイトはかなりいい。店の規模や形態にもよるが、基本的にはレジでボーっと突っ立って客に応対するか、たまに棚を整理したり返本を段ボールに詰めたりするだけなので、コンビニほど業務が煩雑ではないし覚えるべきことも多くない。威勢の良さや笑顔の明るさを要求されることもあまりないから、俺のようなワーキングメモリの乏しい根暗の虚無人間には向いている。何より本屋という場所はその性質上、最低限文字が読める人間しか来ないので、コンビニやカラオケやファストフード店と比べて治安の面で圧倒的に勝っている。本屋でベロベロに酔っぱらってる奴、あまりいないでしょう。いたらそいつはたぶん僕です。まあ仕事が楽なぶん給料は安い――俺が以前勤務していた店などは当然のごとく最低賃金を割っていた。むかつく――が、これはもう仕方ないと割り切るしかない。難易度と金払いは正比例するのが宇宙の理である。楽な仕事で金いっぱい貰えるわけないだろ。こんな当たり前のことを俺に言わすな。ぶちのめすぞ。閑話休題。とにかく最低限死なない程度におまんまを食べられて、あとは本を読んだり音楽を聴いたり、たまにライブに足を運んだりと、そういう慎ましやかな生活を実践することさえ出来れば他に求めるものは何もない。名の知れた企業に務めてバリバリ働いてバリバリ稼いでる人間に比べたら流石に生活水準も生涯収入も大きく落ちるだろうが、贅沢に暮らしたいという考えがそもそもあまりないのだ。今もそうだが元来小食なおかげで学生時代は一日平均300円くらいで余裕で生活できていたし、金のかかる趣味もあまり持っていない。再三言うように所帯を持つつもりは一切ないし、家も車も欲しくないし、長生きもしたくない。人付き合いが希薄なので交際費とかいうやつもあまりかからない。外で飲み食いをする習慣もない。一人で粛々と飲むのが好きなのだ。酒だって、安物の焼酎を緑茶で割ったものさえあれば酔っぱらうには事足りる。なんかもう自分で書いてて「何が楽しくて生きてるんだこいつは」という気持ちになってきた。何が楽しくて生きてるんだ俺は。コスパを突き詰め過ぎたら人間はおしまいである。しかしまあ、人はパンのみにて生くるに非ず、と昔の偉い人も言っていることだし、こういう貧相な生活でも満足できる心理的なハードルの低さだけは、損か得かで言えば得ではあるんじゃないかな、なんて、今のところは思ってみたりしている。

二つ目の変化として、俺の華々しいアルバイター生活、もとい社会復帰の幕開けに連動する形で、飲酒量が明確に減った。これもまた甚だ癪ではあるのだが、考えてみれば、というか考えるまでもなく毎日夜中の2時とか3時までストロングゼロを飲んでいるような人間にまともな接客応対など出来るはずもないので致し方ない話ではある。近頃は全内臓が軒並みクソザコ化したおかげでもはや食事も睡眠も飲酒も楽しくなくなってしまったのに加え、学生時代までは辛うじて維持できていた読書の習慣もほぼ壊滅しており、はてこれからどんな手段で死ぬまでの暇を潰したものだろうかと途方に暮れていたところだったのだが、労働とかいうカスの概念が可処分時間をゴリゴリに食い散らかすことでただでさえ無機質だった生活がさらに彩りを失っていくと思うと実に暗澹たる心地となる。社会の歯車に組み込まれて低賃金労働者に身を窶すなど栄えあるゴミカスニートとしては忸怩の極みだが、この雌伏をもって牙を研ぎ、いつの日か絶望社会の天辺で左団扇を謳歌する資本家どものなまっちろい喉笛を食い破ってドラクロワの絵画さながらに革命の御旗を勇ましく掲げてやるのだと法界悋気の機運を高める日々である。嘘だけど。まあ、それでなくとも我が肝臓ちゃんが少々くたびれつつあるのは確かなので、これを機にもうちょっと穏便な生活習慣にシフトしていくというのも、あるいは一つの手ではあるやも知れぬ、などと愚考を巡らせたりしている。あと飲酒と関係あるのか知らんが、この若さで腎虚にでもなってしまったのか性欲までもが著しく減衰しており、ちんちんをいじるのも精々2~3日に一度くらいという体たらくとなってしまった。ネット上で爆乳のグラビアアイドルの画像を発見したときも、全盛期の俺なら0.03秒という驚異的なスピードで保存してバックアップまでとっていたのに、最近は2分くらい経ってから「ま、後で消すだろうけどとりあえず保存しとくか…」とおもむろに動き出す、みたいな有様である。我ながら情けない。というか、もう、俺は、ちんちんを触るのに飽きた。完全に飽きた。何なんだちんちんって。ろくでもないもん取り付けやがって。形状から機能からどこをとっても馬鹿馬鹿しさに溢れているが、まず何がヤバいって配置がヤバい。よりにもよって股間、股ぐらだ。こんないかにも弱点です蹴り上げてくださいと言わんばかりの場所があるか。昔のゲーセンのガンシューだったら絶対「WEAK POINT!!」って表示されてるだろ。もはや間抜けとか滑稽を通り越して、悠久の古から峻厳に洗練されてきた生物進化の歴史に対する冒涜に近いものを感じる。こんなふざけた代物を股ぐらにぶら下げたエテモンキー風情が霊長の座でふんぞり返ってるなんて、熾烈な生存競争の中で淘汰されてきた数多の先達に申し訳が立たないとは思わんのか。俺は思うね。最悪だ。ヒトカス如きが一丁前に支配者面をするな。救い難いダボハゼ共めが。どいつもこいつも謝罪しろ。リョコウバトに謝れ。ロンサムジョージに謝れ。ところでデカいブルドッグとかライオンの威嚇ってめっちゃ迫力あるけどあいつらあの状態でも完全に金玉丸出しだと思うとなんか笑えてきませんか?きませんか。そうですか。じゃあいいです。ともあれ、別に俺のちんちんが腐り落ちようが金玉が突然爆発しようが、それらを正式な用途で使う予定は一切ないので今後も特に困ることはないのであった。ざまあみろ。いっそこの調子で全ての欲や執着を捨て去って解脱でも出来ればしめたものである。もうね、解脱をしたいね。俺は。切実に。



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