「残暑」(小説)

 もう九月は終わろうとしていた。それでも残暑厳しい日はまだ続いていたが、日によって気温の急変が感じられるようになったのは九月の半ば頃だった。今日も朝から日差しが暑いと思えば、夜になると寒く感じるぐらいの温度になっており、翌朝は少し曇っただけかと思えば、やはり肌寒かった。そしてその次の日は快晴に近く、矢張り暑い。前日より三度も気温が上がっている。十月になれば丁度好さそうな季節に感じられるのに、九月は何とも変わり掛けの中途半端な月と言うかムラっ気な時期なのだろうか。そんな九月に自分は生まれたのだった。大学三年生になる翔(かける)は、一人部屋の中でそう考える。彼は、深く考える事が好きな、シャイな文学青年だった。文芸サークルと漫画研究会に所属している。
 因みに今はまだ夏季休暇の時で、明日は懐かしい人達と会う事になっていた。
 それは、小さな同窓会のようなもので、小中学時代から仲の良かった友人が、県外の大学や専門学校に通っている同級生の友人が帰って来る。その中には男子も女子も含む。全部で五人だった。一人は、健史(たけし)と言う、翔の近所に住む友人が県外の大学から帰って来る。
もう一人は、健史の早くからの友人であり、且つ翔の話友達に当たる幸(こう)次(じ)と言う男子である。彼は、そのまま県内の医療福祉関係の専門学校に入学して通っているが、翔とも殆ど会ってはいなかったのだ。
なので翔とは約一年ぶりに会う事になる。そう。翔と幸次は昨年の成人式で会ったきりだったのだ。健史とは一昨年(おとどし)も先一昨年(さきおとどし)も夏には会っていたそうだが。
 残りの二人は、女子である。一人は翔の幼馴染の美羽(みう)と言う子で、保育士を目指して県外の女子大に通っている。最後の一人は、歩(あゆむ)と言って、美羽の親友であり、また翔達の話友達、喧嘩友達でもあった。県内の美容学校を今年卒業して、見習美容師として頑張っているそうだ。
 翔は地味に緊張していた。幾ら幼馴染とか仲の良かった友人と言えど、毎年二回以上会う健史以外とはまるで三年以上会っていないのだから。その日は午後から、紅茶や緑茶、コーヒー等の、カフェインを含んだ物をいつもより多く飲んで気を落ち着かせようとしていた。

 次の日の朝、翔は着替えて準備する。正午頃にはもう近くのファミレスに集合になっているのだ。中学に入って以来、年中長ズボンしか全く穿かなくなっている翔は、濃い目のジーパンに、上は白いTシャツと、白地に水色ストライプの半袖上着を着て財布を上着の胸ポケットに入れた。気温が急変した時の為と、胸ポケットを小さな鞄代わりに使う為であった。携帯電話は、電磁波が入る為胸ポケットに入れては身体に悪影響を及ぼすからと言う訳で、ズボンの右ポケットに入れた。
 約束通り、正午頃には五人とも無事にファミレスに集まった。
 五人はファミレスのテーブルを五人で丸く囲むようにして座り、積もる話をした。一緒だった小学校、中学校での生活はどうであったか、高校時代は楽しかったか今は楽しいか、何をして遊んでいるか、好きな漫画やゲーム、小説は何か、進路や将来の夢は何か、恋人は出来たかについて等色々と盛り上がった。健史は相変わらず、翔や幸次の肩をよくぽんと叩く。
「よおよお、幸次はちょっとだけ格好や服装が不良っぽくなったように思うけど、翔は変わってないねえ。俺も変わってないだろう。」
と健史。
「本当。翔君は昔のままかも。」
と美羽。
「幸次君と健史君は煙草吸うようになったのね。翔君は吸わないの?」
と歩。
「昨年に三箱ぐらい吸って、今は辞めてるんだ。癖にならなくて良かったよ。」
と翔は答える。
「へえ、よく癖にならないねえ。あ、そうか。翔は酒派だったか。リキュールとか飲んだり、他にも読書とか音楽とか執筆とか漫画の読み書きとか、翔は俺らより趣味も多いもんな。目に良い赤ワインや、心臓に良いと言われる白ワインも飲むんだよな。俺はまだビールとチュウハイしか飲まないけど。」
と健史は言う。健史はクリーム色の長ズボンと、Tシャツの上から長袖の青い上着を来て上着の袖を捲り上げていた。幸次は、ブラウンの長袖シャツに、薄い破れたジーパンを履いていた。髪の毛は少し茶色に染めている。
美羽はピンクの七部裾シャツと、下は七部袖のボトムに紐付きサンダルと素足だった。
皆が秋服に近かった。皆間違いなく気温の急変を気にしているのだろうと翔はこの場で考える。
 ここで美羽は、歩の意外なスタイルの細かい部分に気付いて彼女に聞いた。
「ねえ歩、あんた珍しいわね。いつも素足にローヒールの歩が、白い薄手のショートソックス穿いてるじゃない。。しかもフリル付で可愛い。」
「ああこれね、暑い時は素足に靴は蒸れるし足先が寒いと体全体にわたって冷えちゃうし、普通の靴下は浮腫(むく)みそうじゃない?だからこれぐらいがちょうど良いと思ったのよ。蒸れ過ぎないし、蒸れてもストッキングと違ってすぐ脱げるし。そこでね、薄手はフリル付が多かったから、偶には可愛いのもと思ってこれを買っておいたのよ。残暑厳しかったり肌寒くなったりする時には履物の女王様みたいなの、私にとってはだけどね。ふふ。」
と微笑み、こう言う歩は下は膝上のピンクの夏用スカートと、足にはローヒールの靴と白いフリル付のショートソックスを穿いていた。上は普通の橙色のTシャツだ。
「ああ、成程ね。」
 昼食を漸く食べ終わり、積もる話もそろそろ片付く頃、健史が言った。
「この後皆で、カラオケとかボーリング行かないか?」
「賛成。あ、両方行きたいかなあ。カラオケは夜にして、先にボーリング行かない?」
「俺もそうしたいなあ。」
と幸次。
「そうだね。」
と翔も言う。
「ボーリング終わったら、カラオケの前に海見に行きたいなあ。駄目?」
と歩。
「それも良いかもね。これで皆賛成なら、俺、今から車を家から持って来るわ。」
と健史。
「オッケー。」
と幸次。
「あ、御願いね。」
と歩。

「うわあ、凄い!海に来たの三年ぶりだなあ。潮風が良い香りね。」
海に着いてから砂浜に出て、歩が言うと、
「本当。まだちょっと暑いけど。」
と美羽が海全体を眺めながら言う。
「こうやって水平線見てるとさ、嫌な事を忘れられるような、そして悲しいような、複雑な気分だよなあ。でも今は楽しいぜ。」
と健史が言うと、
「そうそう。あんさんの言う通りかもな。で、今はクラゲが海に溶け込んででもいるような感じがするよ。」
幸次は笑顔のまま横眼で健史を見て喋る。
「じゃあ皆、この浜辺でちょっと遊んで写真でも撮って、その後カラオケへ直行しようか?」
翔が皆の方を向きながら市販のカメラを取り出した。
「「「うん、賛成!!」」」
と一同。
ここで歩は、もう靴下を脱いで、脱いだ靴の中に押し込んで浅瀬に入る準備をしていた。美羽も、靴と靴下を脱ぎ始める遠慮するよ。。
「ええと、俺は水の中に入るのは遠慮しとくよ。砂が付くと払うの面倒だし、肌のアレルギーも多少あるしね。景色とか小さな蟹でも眺めてるよ。お、あっちに岩場だ後で行こう。」
と健史は微笑みながら、右手を振りながら言う。
こうして皆が集まるこの九月。今後訪れる事があるかどうかがもう分からない、夏のような秋が始まろうとしていた。


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