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推し配信者は兄でした【漫画原作】

俺には推しがいる。配信者のリベルさんだ。リベルさんはゲーム実況や雑談配信をメインに活動している。ホラーゲーム実況のときのリアクションが大きく、雑談の広げ方が上手いのがリベルさんの魅力だ。リベルさんはVTuberなので立ち絵が存在する。短い銀髪に青い目をしていて、スポーティーな服を着ている。ボイスチェンジャーで少し声を変えているらしく、素の声がどんなものなのかはわからない。
(毎週水曜は雑談の日っと!楽しみ〜!)
俺はノートパソコンの前に座って、リベルさんの配信開始を待つ。楽しみで体が揺れており、俺の座る椅子がギシギシ鳴っている。
「あ、始まった!」
「みんな、おはよー!今日も雑談やっていくよ〜!少し時間遅れちゃってごめんね!」
リベルさんは配信が何時開始でも、必ず「おはよう」で始める習慣がある。俺はウキウキしながらキーボードに指を伸ばす。
『大丈夫です!楽しみにしてました!』
コメントを打ち込んだ。他の視聴者も同じようなことを打ち込んでいる。
「大丈夫?よかった〜その分少し長めに配信するね!」
「え!マジか」
俺が書き込むまでもなく、『嬉しい!』というコメントで溢れかえる。しかし俺も『嬉しいです!』と打ち込んだ。こんなとき、俺の場合は、(周りが言ってるから言わなくていいや)とはならない。思ったことをストレートに伝えたいし、なるべくたくさんコメントがしたい。それが俺のオタク心だ。
「実はさっき弟と喧嘩しちゃってさ〜。父さんが出張のお土産を買ってきてくれたんだけど、最後の1個を俺が食べちゃって。弟も食べたかったらしくて怒られちゃった」
(あれ?そういえばさっき俺も兄ちゃんと同じようなことがあったな。まぁ、こういう兄弟喧嘩ってよくあることだもんな)
俺もついさっき、父さんのお土産の最後の1個を兄ちゃんに食べられて怒ったところだった。俺はちゃんと名前を書いていたのに、兄ちゃんはそれを見逃していたらしい。
『そういうことってよくありますよね!リベルさんは悪くないですよ!』
俺は正直兄ちゃんに食べられたときはかなり悲しかったけど、リベルさんを励ますためにそう打ち込んだ。
「いや〜、弟が名前書いてたのに見逃しちゃったんだよな。ほんとに申し訳ないことした。軽く食べてから配信しようと思って、つい焦ったのがよくなかったな」
(リベルさん、優しいな。俺の兄ちゃんも反省してるといいけど)
今日も彼は、推しが兄であることに気づかない。

リベルさんは映画関連のコメントをすると高確率で読んでくれる。それに気づいてからは、まめに映画関連の話を振っている。
『スペースウォーズの最新作おもしろかったです!』
「スペースウォーズ観たの!?あれすごい好きだった〜!特にルーカス役の人のアドリブがよくってさ〜」
今日も映画コメントを拾ってくれた。
(兄ちゃんと観に行ったんだよな。兄ちゃんもしきりにアドリブの話をしてたな〜。有名なエピソードなのかな?)
今日も彼は、推しが兄であることに気づかない。

「最近家族で行った中華料理屋がめっちゃ美味しかったんだよね〜。壁にドラゴンの布みたいなの飾ってる店なんだけど、麻婆豆腐も炒飯も、何食べても旨くてさ!また行きたいな〜」
(壁にドラゴンの布?そういえば最近家族で行った店もそんな内装だったな。兄ちゃんが「あの布かっけえ!」って言ってたから覚えてる。え、もしかして……リベルさんと同じ店に行った可能性ある!?やば、それ激アツじゃん!えー、同じ時間帯に店いたとかだったらどうしよー!)
俺は俺の隣に座るリベルさんを想像して悶えた。
今日も彼は、推しが兄であることに気づかない。

「なぁ、悟ってどんな人がタイプ?」
兄ちゃんに夏休みの昼飯時に、食卓で突然聞かれた。
「はぁ?なんで急にそんな話すんの?」
俺は露骨に顔をしかめてみせた。正直、兄ちゃんとの恋バナに興味はない。
「いや、最近友達に聞かれたんだけど、あんまりしっくりくる答えが出てこなくてさ〜」
「まぁ一緒にいて楽しい人とかじゃない?」
「なるほどな!それいいな〜。俺的にもしっくりくる答えだわ。ありがとな、悟」
兄ちゃんが満足そうに笑顔を向けてくる。
「そんなことより早く俺のモンスターフォレスト返せよな。俺だってやりたいんだから」
「そうだよな、ごめん!もうすぐ返すから」
兄ちゃんが手を合わせて謝るので、仕方なくもう少し待ってやることにした。
その日の夜はリベルさんのゲーム配信だった。俺が兄ちゃんに貸している『モンスターフォレスト』というゲームをするらしい。リベルさんは華麗に操作しながら話す。
「この前、リスナーさんに好きなタイプ聞かれたとき上手く答えられなかったじゃん?それで俺色々考えてみたんだけどさ、一緒にいて楽しい人がタイプかも!これが一番しっくりくる答えなんだよね〜」
(へぇ!リベルさん、一緒にいて楽しい人がタイプなんだ!これはメモしておくべきだな〜。俺と同じなの嬉しいな!)
俺はノートにカリカリとメモした。このノートにはリベルさんが話した内容や、最近俺が観ておもしろかった映画名などがメモしてある。配信を思い返すときや、配信中に話すネタとして書き留めてあるのだ。
(好きなタイプは貴重なネタだよな〜)
今日も彼は、推しが兄であることに気づかない。

〚兄サイド〛
「兄ちゃん、なんか絵本とか持ってない?」
「絵本?悟が昔好きだった絵本なら、ここにとってあるよ」
俺が本棚の隅を指差すと、悟はその絵本を取り出した。
「おぉ、『だいすき』かぁ。絵はなんとなく覚えてるけど、内容は全然覚えてないや。これ、借りていい?」
「いいよ」
「ありがとー!」
悟が部屋を出ていった。
(何に使うんだろう?大学の課題かな)
悟は大学1年生で教育学部だ。絵本が必要になることもあるのだろう。あまり深くは気にしていなかった。しかし、数日後に悟がしょんぼりした様子で『だいすき』を抱えて戻ってきた。
「兄ちゃん、ごめん。借りた絵本にコーヒー溢しちゃった。だから新しい絵本も買ってきたよ」
悟が2冊の絵本を見せる。タイトルは同じ『だいすき』で、片方は俺が貸した古い方で、もう片方は新品だった。
「そっか……」
古い方は、悟がまだ2歳くらいの頃に、俺が読み聞かせをしていた絵本だった。とはいえ、俺もまだ4歳で字は読めなかったため、自分の言葉で適当に喋っていただけだったのだが。途中から歌い出したりもしていた。その思い出の絵本が汚れてしまったことは、悲しかった。何年も取り出していない絵本だったのに、自分が思っていた以上に愛着を持っていたことに気づいた。
「ごめん、兄ちゃん」
悟がしょんぼりと肩を落としている。
「いいって。物はいつか汚れたり壊れたりするものだしさ。でも、汚れた方の絵本も、俺が保管しておいていい?」
「え?こっちも?」
悟が驚いたように手元の絵本を見る。
「うん。両方大事にするよ」
「そっか。それなら」
悟が2冊の絵本を渡してきた。
「わざわざ買いに行ってくれてありがとな」
俺が悟の頭をポンポンと撫でる。悟は恥ずかしいのか、顔を赤くしている。
「やめろよ、この歳になってまで」

その日の夜の雑談配信で、内容を少し改変してこの話をした。
「友達に絵本を貸したら、友達が悪気なく絵本を汚しちゃってさ。実はその絵本、弟との思い出深い絵本だったから、正直落胆したんだ。でも、友達もすごく申し訳なさそうにしてたから、新しいのも古いのも、両方大事にするって伝えたよ」
すると、いつもコメントをくれるしょーごくんがコメントをくれた。
『俺も似たようなことがありました!俺は汚してしまった側なので、本当に申し訳なかったです……』
俺はしょーごくんのコメントを読み上げた。
「相手にもごめんって気持ちは伝わってると思うから、きっと大丈夫だよ」
しょーごくんからまたコメントがきた。
『リベルさん、自分がつらい気持ちなのに俺のこと気遣ってくれてありがとうございます』
しょーごくんのコメントを読み上げる。
「いえいえ!そんなに凹んでないから心配しなくて大丈夫だよ!しょーごくんは仲直りできた?」
『はい!できました。兄ちゃん優しいので』
俺はしょーごくんを、自分の弟である悟と重ねて見てしまい、なんだか微笑ましかった。

〚弟サイド〛
「兄ちゃん、この前割り勘して買った格闘ゲームやろうよ」
「いいよ。俺すでに名前とキャラ設定してあるからすぐできるよ」
「マジ?兄ちゃんだけ先に少しやってたもんね」
ふたりしてテレビの前のソファに腰掛ける。俺がゲームを開くと、兄ちゃんのプレイヤー名は「りべる」になっていた。
(ん?りべる?リベルさんと一緒だ。たしかこのゲームするときのリベルさんは平仮名の『りべる』だったよな。まぁでもよくある名前だってリベルさんも言ってたからな。ただの偶然だろ)
俺がプレイヤー名を『しょーご』に設定していると、兄ちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「ん?なんで悟、しょーごなの?」
「あっ」
俺は普段ひとりでゲームをするとき『しょーご』という名前をよく使う。『悟』を分解すると『小吾』になるからだ。兄ちゃんにそう説明すると、兄ちゃんは何やら考え込んでいた。
「しょーご……?いや、まさかな。よくある名前だもんな」
さっきの俺と同じようなことを言っている。(もしかして兄ちゃんが見てる活動者さんがしょーごって名前なのかな?でも兄ちゃんに推しがいるなんて話は聞いたことないしな)
俺は不思議に思ったが、あまり深くは考えなかった。しかし兄ちゃんの得意技と苦手技がリベルさんと完全に一致していることに気づいたときには、思わず鳥肌が立った。
(え、もしかして兄ちゃんがリベルさん?そういえばここ最近、やけに俺たち兄弟に当てはまる話をリベルさんがたくさんしてたな。しかも兄ちゃんも映画好きだしゲーム好きだし……。いやいや、落ち着け!兄ちゃんが配信者をしてるなんて聞いたことないし。たしかによく部屋に籠もってるけど大学の課題とかゲームとかしてるもんだと思ってたし。いや、実は本当に兄ちゃんがリベルさん、だったり……?)
俺は聞くのが怖くて、その場では聞けなかった。普段喧嘩したり一緒にゲームしたりしている相手が自分の推しだなんて、考え難かった。兄ちゃんとリベルさんが、こんなにも似ていることに、どうして今まで気づかなかったんだ?俺は消化不良のまま部屋に戻った。その日の夜は雑談配信だった。
「アイスと言えばさ、俺昔はエス社のバニラアイスが好きだったんだけど、今はチョコチップアイスが好きなんだよね。でも俺の弟は、俺がずっとバニラ好きだと思ってるから毎回俺の分はバニラ買ってきてくれるの。覚えててくれてるのは嬉しいんだけど、『実は俺今はチョコチップが好きなんだ』って言うタイミングがなくて困ってるんだよね〜」
(これだ!このエピソードは俺たち兄弟にも当てはまる。たしかに俺はいつも兄ちゃんにはバニラアイスを買ってくる。でももし、兄ちゃん=リベルさんだったら、チョコチップアイスを買ってきて反応を見ればわかるんじゃないか!?)
俺はイヤホンでリベルさんの雑談を聞きつつ、スーパーへ向かった。エス社のチョコチップアイスを買う。
リベルさんの配信が終わるとすぐに、兄ちゃんの部屋をノックした。
「はーい」
兄ちゃんが返事をしたのでドアを開ける。兄ちゃんはパソコンの前に座っていた。
「どうした?」
「いや、あの、アイス買ってきたからあげようと思って」
「マジ?サンキュー」
「これ、なんだけど」
俺はチョコチップアイスを恐る恐る差し出す。すると兄ちゃんの顔がぱっと輝いた。
「これこれ!俺、バニラも好きだけどチョコチップも好きなんだよ〜!よくわかったな!」
兄ちゃんが眩しい顔で笑う。俺は絶望する。俺が「リベルさんの中の人ってどんな人かなー?さすがに銀髪ではないかな。いやでも、都会に住んでるんだとしたら銀髪も全然ありえるんじゃないか!?絶対紳士的でいい人だよな〜」とか散々妄想を膨らませていた相手が、兄ちゃんだったなんて。
「どうした?悟。体調悪いのか?」
俺が膝から崩れ落ちたのを見て、兄ちゃんが慌てる。
「ううん。大丈夫」
「悟が大丈夫って言うときは、大丈夫じゃないときだろ?」
兄ちゃんが俺の目を覗き込む。
「えっ」
俺が大丈夫って言うときは大丈夫じゃないとき?そんなこと、当の俺ですら気づいてなかった。たしかに俺は今、複雑に感情が絡み合っていて、全然大丈夫ではない。
(でも、それに気づいてくれる兄ちゃんって……めちゃくちゃいい兄貴じゃん。兄ちゃんがいい人ってことは、推しがいい人ってことだし、まぁ……これでよかった、のか?)
「悟、ほらこれで涙拭けよ」
どうやら俺は涙まで流していたらしい。兄ちゃんがティッシュを差し出してくれた。
「うん。ありがとう。リベルさん」
「……えっ?」
「……あ」
「なんで悟知ってんの!?」
「だって兄ちゃん、兄弟のエピソードそのまんま話してたじゃん!そりゃ気づくよ。俺はリベルさんの……最古参なんだから!」
俺は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「えぇぇぇぇ!」
兄ちゃんの絶叫が部屋に響き渡った。

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