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【総括】2022年

明日が転職後初出勤だというのに、抱負みたいな事を書こうとしている。
いつまで経っても直らないこのギリギリ癖・・・。


前回の記事(22年8月6日)を書いた少し前から、転職活動はスタート。
エージェントやオファーが来た各社から話を聞いたりしていたのと同時に、各社選考がスタート。
今後のキャリアプランを考えても、市場を知れば知るほど「環境を変えなければいけない」と改めて感じる。

22年10月19日。
ある企業での最終面接・プレゼン・チーム面談。かなりの手応えを感じるも、2週間遅れで面接をした奴に内定をかっさられる。
エージェント(Dさん)からは「適性検査でストレス耐性がない事が気になったらしい」との事。
本当の理由がどうかは分からないが、適正検査で落とされたという現実にかなりショックを受け、転職を諦めかけたのが、第1波。

感情は全く追いついていなかったが、間髪入れずにまた1から活動を再開出来た。これが本当に大きかった。
実際この第2波では、第1波で準備してきた事をそのまま活用出来たというのもあり、選考への応募はスムーズにコスパ良く行う事ができた。
10社程話を聞き、実際に選考に進んだ2社いずれからも内定を頂く。
22年12月23日、A社内定。23年1月11日、B社内定。23年1月13日、A社内定辞退 & B社内定受諾。

B社を選んだ理由としては、オファー面談において担当役員が自分の販社との折衝能力を大きく評価してくれた事。
各国によって違うコミュニケーションの取り方をしていたというポイントは、自分がこだわってきた部分であり、そこに触れてくれたのが嬉しかった。
また、A社を選ぶメリットをオファー面談で躊躇なく言ってきたこと。自分の会社を徹底的に売り込まない、その余裕。
そして、最終面談での人事の方の質問がこれまでの全ての面接の中で一番突っ込まれて(汗止まらなかった)、かつ、はっきり腹を割って会話をしてくれた事。
入社してまだ1年も経っていないらしいが、こんなに力強く会社の良さを喋れる方を人事として採る企業は、信頼していいはず。そう思った。

転職活動。面接・Webテスト・SPI・現場担当者/役員へのプレゼンテーション。
要するに、自分がこれまでやってきた経験を言語化したり、発揮しなくてはいけない時間。
仕事と並行してこなさなければいけなかった為、かなりタフな日々だったが、今思うと、自分が新卒から現在に至るまでのキャリア棚卸しが文章として納得行く形で作ることが出来たし
1社しか知らない自分にとって、無料で多くの企業の方やエージェントから他己的な評価を貰える経験は貴重だった。
特にお世話になったエージェントのDさん(第1波)、Mさん(第2波)には感謝してもしきれない。
新卒採用の時も充実していたのだけれど、最終的に転職活動も振り返ってみるとポジティヴなことや出会いばかり。

23年2月24日。
出社最終日。
国内外営業で3年。戦略部で5年。合計で8年ちょうど。良くも悪くも、グローバルで本当に多くの人と関わることが出来た。
間違いなくその出会いの数々が、20代の自分を形成することとなったし、何より自分らしさというのが再構築出来たと思う。
自分らしさを常に発揮すること。変に自分を作らないこと。これが大事だと思ったし、そういう風に見守ってくれたチームメンバーに感謝。

23年3月31日。
有給休暇を楽しみつつ、今後の業務に最低限必要な資格(ITパスポート)取得。そして、今に至る。
やっぱり、ギリギリすぎんだよなぁ・・・。笑


こうして、30歳の節目に幸いなことに新しい環境に飛び出すことが出来た。挑戦する機会を貰えた。

20代でやりきれなかった事や後悔している事は多々あるが、膿は消し去ることが出来たと思うし、再スタートできる体制を構築できた。
もう少しだけ、1人で戦う事が必要なのかもしれないなと今は感じる。
少し、怖い。耐えれるかわからん。でも、決めたのは自分。
周りに惑わされずに、自分なりのペース(少しだけ早めに動く事を意識する)で、自分なりのベストを。
どうせ人はいつか死ぬ。それまでに満足できる行動をしよう。

2022年は「考えた1年」。
2023年、30歳の抱負は「自分が決めたことを、とにかく頑張る」。
この間、占いに初めて行ってみたけど、31-32歳が絶頂期らしい。
そうなるようにこの1年間、色々と蓄積しなきゃね。