空梅雨

その年は雨も少なく空梅雨だった。
水にこだわる私には正に雨は恵み。
雨の降らない梅雨はとても私を困らせた。

「ねえ、私のあげた青い傘、最近見ないけれど」
「ああ、あの傘、とても気に入っていたけど」
「失くしてしまったって訳ね」
「悪いけど、そういうことだね」

私のあげた青い傘。
持つ所に穴が開いていて、
目印のように何かを
ぶら下げる事ができた。

「ねえ、知っていた?私は目印になるよう
四葉のクローバーのペンダントを付けて
あげたの。気付いていた?」

彼の耳にはその言葉は届かなかったようだ。

「今日は遅くなるから夕食は用意しなくて良いから。
たまには良いだろう、自由な夕べを過ごして。」

自由な夕べ。
自由になりたかったのは彼なのね。
私は気づかないふりをして、クローバーの
ペンダントヘッドのついた青い傘の話をした。

「あの傘、無印良品で売っているから
買ってきて欲しいの。
今度は私が青い傘を持ちたいの。」
「ああ、良いよ。無印ね。」
「それから乾燥いちごのチョコがけと
ラベンダーのエッセンシャルオイルも」
「無印ならあちこちにあるし、
自分で買いに出かければいいのに」
「あなたに買ってきて欲しいの」

私はそんな我儘は普段は言わないのだけれど、
彼がどんなヤツと寝るのか、少し嫉妬を感じた。
そう、繋ぎ止めておきたかったの、彼の心を。

私は彼の心の片隅に、私にしか開けることの出来ない
鍵を付けたのね。そう、そういう事になるわね。

「僕も君に買っておいて欲しい物があるんんだけれど」
「ん?一体何かしら」
「ケーキだよ」
「ケーキ?あなた甘いもの嫌いじゃない」

彼は私に少しは嫉妬を感じたのかしら。

「何故ケーキなんて」
「君はお菓子が大好きだし、自分で選んで欲しいんだ」
「自分で選ぶ?」
「そうだよ。今日は君の誕生日だろう」

私の誕生日?

私はとても恥ずかしくなって誤魔化すように言った。

「ケーキなんて要らない。でもとても嬉しいわ」

私の誕生日は来月なのに。
でも、そんなことはどうでも良かった。

「とびっきりのケーキを買ってくるわね。」
「ああ、帰ってきたらお祝いをしよう」
「でも、ケーキには毒が入っているかもしれない」
「ん?白雪姫のお話のように?」

王子様のキッスで目を覚ますのね。

私は彼のスマホのSDカードをこっそり
コピーしたことがあった。

私は愕然とした。

彼の相手は女性じゃなかったから。

「行ってらっしゃい」

私の目からは水が出た。
泣いているのね、私。

私と私の心と私の傘はとても蒼かった。

世界中が蒼かった。

「ねえ、途方に暮れるって素敵な言葉じゃない?」

彼は「そして僕は途方に暮れる」を口ずさんでいる。

私がこっそり抜き出した情報。
そう、今日は「彼」の誕生日だったから。