アメコミヒーローはHBOを目指す/文:長谷川町蔵(文筆家)

※スターチャンネルEX、BS10 スターチャンネルでの本作の配信・放送予定はございません※

ジェイソン・モモア、マーク・ラファロ、テッサ・トンプソン、ロバート・ダウニー・Jrなどなど・・・今、アメコミヒーローたちが出演、製作するHBO®ドラマが後を絶たない。そこで今回は長谷川町蔵さんに最近の業界の動きを解説頂いた。映画・ドラマの垣根がなくなっている昨今の映像エンタテイメントについて、ぜひご一読を!

人間にとって最高の活字エンタテイメント。それは壮大なドラマが綴られた長編小説にちがいない。一方、最大級の映像エンタテイメントはというと、莫大な資金と人材を投入して作られる劇映画に決まっている。

だから本来、長編小説を原作にした劇映画は傑作揃いになってもおかしくないのに、必ずしもそうならないのが面白い。理由は小説と映画のタイム感覚が異なるから。無理に長編小説を一本の映画に押し込もうとした結果、単なるダイジェスト版になってしまっている映画の何と多いことか。

それでは劇映画で長い物語を展開するのは不可能なのか? そうでないことは映画ファンなら皆知っているはず。最初から複数の作品で展開する覚悟を決めれば、壮大なストーリーを語ることも不可能ではない。『ゴッドファーザー』や『スターウォーズ』『ロード・オブ・ザ・リング』といった作品はいずれも三部作をベースにストーリーを展開して、観客から熱狂的な支持を獲得している。

こうした方法論をさらに推し進めたのが、『マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)』だった。同シリーズは2008年公開の『アイアンマン』を皮切りに同一世界(ユニバース)を舞台にした物語をこれまで23作も製作。かつてない人気を獲得した。

これに対して、スーパーマンやバットマンを擁するライバルのDCコミックも2013年公開の『マン・オブ・スティール』から『DCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)』をスタート。これまで8作を公開している。
こうしたシリーズに参加した俳優は、長期にわたってキャラクターを演じ続け、ひとりの人間の様々な側面を複数の映画の中で見せていった。それは他の作品では到底得られない体験だったはずだ。このため劇映画に満足できなくなった彼らは、同じ体験を別の場所に求めつつある。その場所とはHBO製作のテレビドラマである。

ケーブルテレビ局としてアメリカでスタートした同社は、1997年からオリジナル・テレビドラマの製作を開始。加入者増加に伴って大作を製作するようになり、『ゲーム・オブ・スローンズ 』や『ウエストワールド』では劇場映画級の映像クオリティで大長編ストーリーを展開して、世界中で熱狂を巻き起こした。HBOは、MCUやDCEUの方法論をテレビで展開したというわけだ。

そんな方法論の近さからか、『ゲーム・オブ・スローンズ 』に出演していたジェイソン・モモアがDCEUでアクアマン役に抜擢されたり、『ウエストワールド』に出演していたテッサ・トンプソンがMCUでヴァルキリー役を演じたりと、もともと人材の行き来が盛んだったが、2020年に入ってからはこうした流れが加速しつつある。

たとえばロバート・ダウニー・ジュニア。MCUの最重要キャラであるアイアンマンことトニー・スタークを演じ続けてきたあの彼が、妻のスーザン・ダウニーとともにHBOのためにテレビドラマ『弁護士ペリー・メイスン』のリメイク版をプロデュースしたのだ。

オリジナル版では放映時と同時代(1957年から66年)だった時代設定を、原作者のE・S・ガードナーが執筆を開始した1930年代に変更。それに伴って法廷ドラマから探偵ドラマへの大胆な改変がなされている。

戦争体験と離婚のトラウマに苦悩する主人公ペリーは、さぞダウニー本人が演じたかったのではと思うけど、主演の座は『ジ・アメリカンズ』のマシュー・リスに譲っている。だがその彼のやさぐれ具合が良い。冒頭にサイレント映画時代のコメディ・スター、ロスコー・アーバックルのスキャンダルを彷彿とさせる事件を描いたりと、クラシック映画好きにはタマらない仕掛けもたっぷりだ。

シェー・ウィガムやグレッチェン・モルの出演、またティモシー・ヴァン・パタンがメイン監督を務めていることもあり、禁酒法時代を舞台にした傑作HBOドラマ『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街』の西海岸版の趣もある。

MCUからもうひとりHBOに参入したのがマーク・ラファロだ。ハルクを演じ続けてきた彼は、『ある家族の肖像/アイ・ノウ・ディス・マッチ・イズ・トゥルー』で主人公の双子の兄弟トーマスとドミニクを熱演している。ウォーリー・ラムの小説『この手の中の真実』を原作にした同作は、もともと長編映画化が構想されており、2000年にはマット・デイモン主演で製作発表されたこともあった。

しかしイタリア系アメリカ人一家の歴史を長い時間軸で描いた同作は、劇映画化されても原作のダイジェスト版にしかならなかっただろう。原作者のラムもそう考えたのか、長年ファンだったラファロにミニシリーズ化を打診。企画に賛同したラファロが自らプロデューサーとして『ブルーバレンタイン』などで知られるデレク・シアンフランスを監督兼脚本家として巻き込んで、今回のHBOドラマ化に突き進んだらしい。

双子をひとりで演じ分けることは、俳優にとって大きな負荷がかかる体験といえるけど、本作の場合は難易度が桁違いだった。精神疾患を患っている兄のトーマスは精神安定剤の影響でドミニクより一回り太めという設定だったからだ。このためラファロは最初に約9キロの減量をしてドミニクのシーンを撮影。その後、5週間のオフ中に約18キロ増量したあとでトーマス役のシーンを撮影したという。鬼気迫る熱演の甲斐あって、ラファロは今年のプライムタイム・エミー賞でリミテッドシリーズ主演男優賞を獲得している。
シアンフランスの重厚な演出にも圧倒される。彼のような著名な映画監督は、通常ドラマの第一回だけを手がけることが慣例になっているのだが、同作では全話を監督。キャストにもメリッサ・レオや、ジュリエット・ルイス、キャスリン・ハーンと演技派が揃っており、これはもはや6時間の劇映画である。一気見を薦めたい力作だ。

一方、DCEUからHBOに参戦したのは、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』のブラック・カナリー役で注目されたジャーニー・スモレット。彼女は『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』で主人公レティーシャを演じている。

ジョーダン・ピールとJ・J・エイブラムスがプロデュースを手掛けた同作は、公民権法施行前の1950年代アメリカを舞台に、アフリカ系市民が遭遇する怪奇現象を描いたもの。現実のアメリカでも50年代はホラー映画がブームだった時代だったわけだが、それは観客の大半を占める白人にとってはソヴィエト連邦との冷戦状態の緊張感を反映したものであった。

そうしたものがアフリカ系にとっては現実に吹き荒れていた人種差別のメタファーだったと解釈した点に本作の個性がある。もちろんそれは今なお解消されていない現代アメリカ社会ともリンクしているのだ。

そんな同作で、スモレットは同胞を助けながら写真家として活動するレティーシャを好演しているのだが、相手役にあたる朝鮮戦争帰りのタフガイ、アティカスを演じるジョナサン・メジャースにも注目してほしい。スパイク・リーの最新監督作『ダ・5ブラッズ』で注目された彼は、『ブラックパンサー』のルピタ・ニョンゴとダナイ・グリラ、『アクアマン』のヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世らを輩出したイェール大学スクール・オブ・ドラマの出身である。

そんなバックグラウンドも影響したのか、メジャースは近日撮影が開始されるMCU映画『アントマン3』でスーパーヴィラン、征服者カーン役に抜擢されている。カーンは原作コミックでは主に『ファンタスティック・フォー』の宿敵だったため、MCU内でリブートされる『ファンタスティック・フォー』への橋渡しを行う重要なキャラクターになることだろう。

ノワール物、家族ドラマ、ホラーとジャンルは様々。でも一回でも観たならMCUやDCEUのスターたちがなぜ時を同じくしてHBOドラマに参入したのか、その理由がわかるはずだ。


文:長谷川町蔵(文筆家) 


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