燻めや憤怒


毒親は私を物理的に傷付けずに暴力を働いた。11の歳に漠然とした死に向かう道が見えて辞世の句を書いた。緩やかな自死の為に喫煙を始めた。19の冬に堕胎した。精神疾患と診断が降る以前から自傷を行っていた。大量服薬で4回ほど自殺未遂をしICUにぶち込まれた。摂食障害、アルコール依存、性交依存、現行は買い物依存。以上の文章を羅列して解って頂けるのは、これから並べられる内容も明光ではない事。そして自分の所謂死生観と呼ばれるものは疫病の流行と共に変化した。









✳︎


堕胎の他で言えば、私は全く自分の体を大切に思わない。重んじずして何か減るだろうか、この体は自分のものなので自分がどう使おうが他人に関係は無い。他の命の方が尊いのに、先ず自分を守る必要性を昔から感じない。
記憶朧げに勝手に産み落とされ、記憶朧げにその場凌ぎで生き、目標や夢を持つことを嫌い続けてきた。恐らくその点では何にも期待していなかったのであろう。「自分の人生に希望が無い」という認識をも持ち合わせていない。むしろ幼い頃から、生の実感も無いように思える。忘却したのかもしれない。それすらわからない。

コロナ禍付近で、何もわからなくなってしまった。単刀直入に言えばそういう感覚だ。
もっと内心を細分化して表すと、憤怒も悲哀も嬉々も他人からの汚濁も情報過多による混乱も、全ての感情や事象が飽和したので、全てを磨り硝子の奥に封じ込めた。一切は遠くぼやけている。
猫への愛情のみが鮮明に浮き上がり、残るは時の流れと共に誠に速いスピードで流れ去っていく。楽な「生き」方だ。

頭痛薬の副作用だかで全面的に酷く荒れた肌、醜く積まれる脂肪、猫を赦し引っ掻き傷だらけの腕、年齢は30を超えて白髪は増え、部屋には大量の服が散乱している。
しかしながら上記の何を変えても、自分が精神障がい者であり社会的に最底辺の身分であること、自分に何の特別性も成していないことから、将来だの金銭だのと外部から言われてもピンと来ない。俯瞰して見れば自暴自棄の状態であるが、それより先ず“暴”や“棄”すら面倒臭い。

ただ目の前にある娯楽と事務処理、最低限の生活と荒川のような気分の変調を受け流しては過ぎていく日々。この時点で最早「生きて」などいないのだが、戸籍上は仕方なく「存命」しているので、脳の細胞に異常が起きれば「死に」たくなる。非常に簡易なシステムだ。
「死に」たくなった時、生涯の記憶はやはり一切合切モザイクがかかり、誰が居たか、誰がどんな顔をしていたか、誰と何を話したか、ぼんやり宙に浮いては泡のように即座に消え去る。

予見すると、
あれだけ誰かしら何かしら憎み切っていた私は、その感情の輪郭を暈すことで省エネし、そののちに全て呆けて縁から足を踏み外すように自死するのだろう。そんな気がしている。
確固たる死生の美学と呼べる表現と言えば、自分がいかに他人に影響を及ぼしたかなど微塵も考えず、自分の為に自分の記憶も知識も体も塵のように“破棄”する、それが1番で唯一の「自分を大切にする」行動なのだろう。




✳︎

「強くなれよ、◯◯」。
これは永遠の呪いの言葉である、という記述をしてから何回模倣されたか。
お前に私がかけられた呪いの、何が解ってたまるものか。
憤怒は絶対に動く活力だ、復讐心は絶対に蘇るバネだ、恨みは絶対に忘れない。
殺伐としたマグマは燻んで立ち上ってこそ「生きる」ことだと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?