雑誌『対抗言論』1号について

 ご報告です。

 『対抗言論』という「反ヘイトのための言論誌」をはじめることにしました。

 編集委員は私(杉田俊介)と櫻井信栄。

 編集協力に川村湊先生。

 出版元は法政大学出版局。

 また法政大学出版局の編集者G氏も積極的に企画に参加しています。(ただし編集委員は2号以降、増える可能性があります)。

 さしあたりは年に一回ほどの刊行で、3号までは企画書が通っています。

 現在、1号の年内(12月末)刊行を目指して、最後の作業に入っています。

 色々と準備している間に、2年ほどの時間が経過してしまいました。

 私個人の書き物の中ではもちろん差別やヘイトの問題も扱ってきましたが、それだけでいいのだろうか、これでいいのだろうか、というもどかしさを感じていました。

 日に日に悪化し腐敗していく状況、「これがどん底であり最悪だ」と思えること自体がまだ幸運であり、どん底よりもさらにずっと底なしに悪くなっていくこの状況に対して、マジョリティである自分(たち)にも何かできないか。

 仲間たちと相談し、議論し、対話しながら次第に形になっていったのが、反ヘイトのためのささやかな拠点、交差路(雑誌)を作る、ということでした。

 もちろん、すでに様々な当事者や支援者、ジャーナリストなどが最前線で日々戦っています。私たちにできることは微力かもしれません。しかしそれでも、少しでも状況を変えていく、変えられないとしても悪化をわずかでも押しとどめるための力になれば、と考えました。

 ろくに資金もなく、名前もなく、生活に余裕もない人間たちが協働のみを頼りに、試行錯誤しながら実践することである以上、さまざまな方々の協力が不可欠であると考えています。

 1号の誌面は下記の通りになります。名だたる方々(あるいは無名ながらも現場で力を尽くしている方々)の執筆協力を得られることができました。それだけですでに感謝の念にたえません。

 しかし非力で微力な我々は、さらに多くの皆さんの協力を仰ぎたいと考えております。それについては今後、具体的に、お声かけしたり、SNS上でご相談することになるかと思います。

 どうぞよろしくお願いいたします。

 杉田俊介

 ★クラウドファンディングについて→

https://camp-fire.jp/projects/view/206457

 以下に1号用の「巻頭言」と「目次」を添付します。

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 『対抗言論』1号

 巻頭言

 私たちは今、ヘイト(差別扇動)の時代を生きている。

 現在の日本社会では、それぞれに異なる歴史や文脈をもつレイシズム(民族差別、在日コリアン差別、移民差別)、性差別(女性差別、ミソジニー、LGBT差別)、障害者差別(優生思想)などが次第に合流し、結びつき、化学変化を起こすようにその攻撃性を日増しに強めている。

 さらにデマや陰謀論が飛び交うインターネットの殺伐とした空気、人権と民主主義を軽くみる政治風潮などが相まって、それらの差別や憎悪がすべてを同じ色に塗りつぶしていくかのようである。

 こうしたヘイトの時代はきっと長く続くだろう。

 SNSや街頭でヘイトスピーチ(差別煽動)を叫ぶ特定の者たち以外に、ヘイト感情や排外主義的な傾向をもった人々がこの国にはすでに広く存在する。私たちはその事実をもはや認めるしかない。

 在日外国人や移民を嫌悪し、社会的弱者を踏みつけにしているのは、日々の暮らしのすぐ隣にいるマジョリティのうちの誰かなのだ。いや、私たちの中で差別加害を行っていないと断言できる者など、どこにいるだろう。

 本誌『対抗言論』は、ヘイトに対抗するための雑誌である。ここでいう「ヘイト」とは、歴史的な差別構造に基づく差別扇動、憎悪表現、そしてマジョリティの無意識に根ざした侮蔑的な感情、そして無関心や沈黙の総体が作り出すものである。

 ヘイトに対抗し抵抗するための行動は、日本社会の皆が気負いなく行うべきことだろう。ゆえにそれはもちろん、差別を被る被害者やマイノリティの人々「だけ」の課題ではない。無関心・無感覚でいられる「私たち」=マジョリティこそが主体的に取り組むべきものであるはずだ。すでに様々な抵抗や対抗を積み重ねてきた人々の実践に学びながら。

 しかしマジョリティのうち少なくない人々は、このままではいけない、よくない、と感じつつも、差別反対の行動やリベラルな主張の「正しさ」に十分に乗り切れず、ある種の躊躇や無力感の中にとどまっているのではないか。様々な問題が複雑に絡み合った複合差別状況がすでに当たり前になり、その中で戸惑い、認識や感覚が追い付かなくなってしまっている、ということもあるだろう。

 とはいえ、そうした戸惑いや困惑をただちに消し去るのではなく、それらが自分たちの中にあることを認めながら、構造的に差別やヘイトを維持・強化してしまうマジョリティ=「私たち」が内在的に変わっていける取り組みが必要なのではないか。自分たちが内側から変わり続けていくことに喜びを感じていいのではないか。

 私たちはそのような形でヘイト的なものに「対抗」するための一つの試行錯誤の結果として、ここに、批評・歴史・文学・運動などを往還するための場を作ることとした。

 思えば私たちは、不要な「壁」を作ってしまっていないだろうか。

 たとえば現在、政治的な右派と左派、保守とリベラルの間に「壁」ができ、分断が生じているようにみえる。しかし「ヘイトを認めるべきではない」という点では、ほんとうは、お互いに課題や問いを共有できるし、協調していけるはずなのだ(共有可能なところを共有した上で、はじめて、本当に譲れない政治的立場の違いや差異が見えてくるだろう)。

 あるいは、学問的知性と現場感覚、言論人と大衆、有名と無名の間をたえず往還していく、ということも重要になってくるだろう(そのために本誌では、運動現場・支援現場の声も取材やインタビューなどによって取り入れていく。また「市井の生活者へいかに言葉を届けるか」ということを意識した誌面を目指す)。

 長期的には、レイシズム、性差別、障害者差別などが重なり合う場所において「複合差別社会」「複合ヘイト状況」に対抗していくような、反ヘイトのための統一戦線や総合理論が必要となり、横断的なプラットフォームが必要になってくるかもしれない。

 もちろん私たちのささやかな雑誌によって可能なことなど、たかが知れているだろう。しかし無力感や冷笑、諦観こそが私たちの内なる敵であり、最大の敵なのだ。

 「私たちが変わること」と「社会を変えること」、それは無力感や諦観に苦しめられつつも、多くの人々の取り組みや試行錯誤によって、漸進的に、少しずつかちとっていくべきものである。どんなに小さな歩みでも、どんなに時間がかかっても、それぞれの歩みをはじめるべきだろう。私たちのこのささやかな雑誌も、そのための小さな一歩である。

 私たちはこの小さな雑誌が、誰かに救いを求めたり現状を嘆くのではなく、またわかりやすい「敵」を批判して憎悪の連鎖を強化してしまうのでもなく、偽物の対立の枠組みそのものを解体し、外に向かって開かれた言論と実践の場となり、一つの共通基盤となっていくことを願っている。

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 【目次】

〈座談会〉日本のヘイト社会にいかに対抗しうるのか(中沢けい+川村湊+杉田俊介+櫻井信栄)

【特集①】 日本のマジョリティはいかにしてヘイトに向き合えるのか

 〈われわれ〉のハザードマップを更新する──誰が〈誰がネットで排外主義者になるのか〉と問うのか (倉橋耕平)
 あらゆる表現はプロパガンダなのか?──汎プロパガンダ的認識の世界のなかで (藤田直哉)
 〈小説〉二〇一三年 (櫻井信栄)
 分断統治に加担しないために──星野智幸氏インタビュー(聞き手・杉田俊介)
 被差別者の自己テロル──檀廬影『僕という容れ物』論 (赤井浩太)
 「ネオリベ国家ニッポン」に抗して──テロ・ヘイト・ポピュリズムの現在 (浜崎洋介)
 差別の哲学について (堀田義太郎)
〈紀行文〉アジアの細道──バンコク、チェンマイ、ハノイ、ホーチミン市 (藤原侑貴)

 【特集②】 歴史認識とヘイト──排外主義なき日本は可能か

 歪んだ眼鏡を取り換えろ (加藤直樹)
 戦後史の中の「押しつけ憲法論」──そこに見られる民主主義の危うさ (賀茂道子)
 沖縄の朝鮮人から見える加害とその克服の歴史 (呉世宗)
 『わたしもじだいのいちぶです』をめぐって (康潤伊)
 われわれの憎悪とは──「一四〇字の世界」によるカタストロフィと沈黙のパンデミック (石原真衣)
 アイヌのこと、人間のこと、ほんの少しだけ (川口好美)
 ヘイト・スピーチの論理構造──真珠湾とヒロシマ、加害者と被害者のあいだで (秋葉忠利)
 やわらかな「棘」たち (温又柔)

 【特集③】 女性/LGBT/在日/移民/難民

 不寛容の泥沼から解放されるために──雨宮処凜氏インタビュー(聞き手・杉田俊介)
 フェミニズムと「ヘイト男性」を結ぶ──「〈生きづらさ〉を生き延びるための思想」に向けて (貴戸理恵)
 黄色いベスト運動──あるいは二一世紀における多数派の民衆とヘイト (大中一彌)
 収容所なき社会と移民・難民の主体性 (高橋若木)
 LGBTの現在──遠藤まめた氏インタビュー (聞き手・杉田俊介)
 NOT ALONE CAFE TOKYOの実践から──ヘイトでなく安全な場を

 『対抗言論』1号のためのブックリスト (協力:ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会)

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