結婚をするために一人暮らしを始めた話
※わたしの家庭の話やお付き合いしている人の話ですので、興味がなければ読まなくてもいいと思います。
PUBG mobileをはじめました。現在SOLOでシルバーⅠランクです。
MacではPUBGできなかったので、モバイル版が出たのはめちゃくちゃ嬉しかったです。FPSはスプラトゥーンしかしてなかったんですが(スプラトゥーンはFPSかと言われたら多分違う)(PUBGmobileも簡単っちゃ簡単だけど)それなりに当てられたり戦場で度胸が付いたの、多分スプラトゥーンのおかげだと思うんですよね。
で、夜中12時なるとLINEが鳴ります。「今日はどうする?」Fくんからです。今日はどうする?は、「PUBGする?」ということです。わたしとFくんは深夜0時から1時までの1時間、PUBGをしてドン勝を狙います。
Fくんとは8年付き合ってる彼のことです。
私がTwitterでnot同居ニキ、SPさん、ぴっぴ、と呼んでいる人です。この記事では便宜上Fくんと呼ばせてください。Fくんは専門学校の同級生です。三兄弟の長男ですが、弟基質のある人。いい人だと思います。ちょっとわがままだけど。
Fくんとはめちゃくちゃ気が合うんですよね。友達の延長線上の付き合いだということもあったからだとは思うし、わたしが男子高校生みたいなことばっかり言うからだと思うんですけど。旅行とかのときも話は全然尽きないし、2ヶ月に1回会うときも、全然ギクシャクしないです。PUBGでなんの打ち合わせ無しに服装がかぶるということが3回あるということもあるので……8年付き合いがあるにしても、多分気が会うと思うんですよね〜。
8年付き合っていると言ったんですが、実際付き合っているという感覚がないです。そもそも私は彼の名前を呼ばない(本人を呼ぶときは「君」だ)し、毎日連絡を取っていないし、彼は鹿児島に居て、私は福岡に住んでいるので会えるのは2ヶ月に1回くらいです。
その前は、一緒に住んでた時期もあったし、旅行とかにも行くし、ふわっと入籍の話もしていたりしました。でも今は、お互いがお互いの生活でいっぱいいっぱいでそんな話がでなくなりました。PUBGをしているときに、ライフルで敵を狙いながら、そういう話はできないものです。
現在までの状況を説明するとめちゃくちゃ長くなるので、端的にまとめると
①専門学校在籍中、20歳秋に付き合う
明確な記念日というものがない。いつの間にか多分付き合っていた
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②Fくんが一人暮らしをする
Fくんはこの時点で新人切りに遭い、2回ほど転職している
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③実家が勤め先から片道1時間かかり、終電を逃したりしてF宅に住み着く
実家がめちゃくちゃ遠い
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④なんだかんだ4年一緒に住む
週一で実家に帰ってたりしてましたが、相変わらず日付超えるギリギリに帰っていたので、家事を一切していなかった
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⑤25の春、突然福岡に行くと言い出し、福岡に一緒に住むことを決める
このとき、ふわっと籍を入れる話をしていた
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⑥すぐに福岡に行けないので、1年後に福岡に行く段取りをする
デザイン事務所でチーフになり、後輩がみんな経験が無い人だちだけだったので辞めに辞められなくなってた
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⑦Fくんが一人暮らしとブラック企業勤務で体調と精神を病んでしまい、正月に帰ってきたあと自分の実家に滞在
病院にも行ったりしてたし、薬も飲んでたし、Fくんの体重は減りっぱなしだった
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⑧その年の6月、一足先に私が福岡へ
Fくんが住んでいた場所に住む、半年ほどFくんは無人の家に家賃を払い続けていた。この時点で福岡に戻ってくる気はあったらしい
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⑨お盆が明けたら来ると言っていたはずが、「実家(農家)を継ぐ」という話になっていた
私は泣いた
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⑩結局Fくんは戸籍等を鹿児島に戻し、私は晴れて福岡市民となり、事実上遠距離となってしまう
入籍の話も延期となる
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⑪Fくんの福岡の家は勤め先から1時間半離れていたので、今の家に引っ越す
一人暮らし自体は初めてだし、せっかく時間もできたのでいろいろ挑戦してみようと思い、福岡生活を続行した
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⑫現在に至る
1年目は同人誌に狂い、2年目はTRPGに狂っています
⑤〜⑨は約1年の話です。人生っていろいろあるんだなあと思います。しかもこの期間、Fくんは大殺界だったので私は手を叩いて笑ってしまった。
過ぎたこと、起こったことはしょうがないと思うし、それでFくんを責める気は全くないし、今までもそうやってきた。だから喧嘩とかをしないというか、キレる前に対処をしていたので喧嘩をしなかった。
でも流石に「実家継ぐわ〜」みたいなことを言われたときは初めてキレましたね。泣きながらキレた。「じゃあわたしはなんのために福岡に来たの!?君と一緒に暮らすためじゃないの!?」みたいな気持ち。2年前ではあるけれど、多分お互い若かったし(今も若輩者ではあるけれど)Fくんは療養中っていうのもあって、わたしのことなんて考える余裕がないのもわかる。けれど、それにしても、じゃあ先に言ってくれ!という気持ちで。
今となっては別にこれでよかったなあと思ってるんですけど、いやよくないか。よくはない、結婚しようと思って福岡に来たら彼氏は鹿児島に戻って実家を継いでいた、って話は、全然良い話ではない。
良くはないけど、でもまあいい経験ではあったし、一人暮らしをきちんとするのは初めてだったし、本当の意味での自分の時間ややりたいことぜーんぶできる!っていうのはすごいいいことだったとは思います。
Fくんと離れて暮らして始めたときに、1つだけ決めたことがあります。
「30になるまでは修行。満を持して入籍をしよう」
これがあるので、お互いにお互いの生活を感じながら、週に1回連絡を取るか取らないかという生活ができているんだと思います。だって30になれば多分一緒にまた暮らせる。多分なのは1度そうならなかったからなんですけど。状況やタイミングが合えばなあといつも思う。
だから、30までに一人暮らしでしかできないことをやりたいなと思っています。別に結婚してからできることもあると思うんですけれど、それでも一人暮らしよりも生活リズムは不自由になる。子どもができたらもっとそうだろう(というのは周りのママを見てそう思う…)
あと、今まで深夜までの残業や労働でキマってた生活をある程度矯正しないといけなかった。普通にできることができなかったので、一人暮らしの内でいろいろなことに慣れておかないといけなかった。
30までにでしたいこと、具体的にいえば下記の通りなんですけど
・お金を100万貯める
→定期預金を始めた。でもあんまり貯まってない
・旅行をたくさんする
→去年は1ヶ月に1回は他県に足を運んでた
・新しいことに挑戦する
→TRPGやイラストを描くことを始めた
・料理のレパートリーを増やす
→お昼はあんまりだけど、夜はほぼ毎晩するようになった
・部屋の掃除を定期的に行う
→休みの1日は掃除ができる体力を温存できるようになった
・借金(カードローン等)を返済する
→がんばって返済中
しないといけない、というかしておかないといけないことというか。わたしが人と暮らすまでに慣れておかないといけないことを、あともう2年の間に済ませおきたいです。もちろん、それからも。
鹿児島で休みは週に1日しかなく、夜は日付が変わる前に帰っていた私が、福岡に来て6時には家に帰り着くという生活で得たのは「時間がなくては家事は無理」という事実でした。
何故か福岡に来て一人暮らしをすることになったのですが、今はそれで、それがよかったんじゃないかと思えるくらいには、いろいろなことができるようになりました。
それで、まあ結婚はまだ先の話になってしまったんだけど、ただもう8年も付き合っているので、周囲の目はそれなりに見ているのは事実。私もFくんもだいぶいい歳になりました。ので、そろそろ別居婚を…とは考えていて、そういう話も出ました。
籍を入れるメリットとしては…積立が一緒にできたりとか、あとはケジメが付けられるとか…いろいろな理由はあるんですけど、あと個人年金保険とか、学資保険とか、就業不能保険とかに入りたいという気持ちがあり、それは結婚してからでいいけど若いうちからのほうが1ヶ月に払う負担は減るので……(わたしは今保険会社の事務をしているので…)うーんあとは(もしわたしより収入が少ないのだったら)扶養に入れたりとか……。
もし、もしもすぐに子どもが、万が一にできたとした時の保険でもいいと、わたしは思うんですよね。
結婚して子どもを産みたいというのは、もう20歳くらいから思っていることだったので、結婚したらすぐに子どもを産むのだろうなと思っている。子どもは別に好きではありませんが、お母さんとかおばあちゃんとかは喜んでくれるんだろうなと思う。お母さんのためとかじゃないし、別に「この人の子どもが産みたい!」とかいう話でもないんですよね。漠然と、「子が欲しい」という先入観のようなものがわたしのどこかにはある。
両親がわたしが5歳のときに離婚しているせいもあり、私はひどく「普通の家庭」というものに憧れを抱いていたということもあるかも。ここで言う「普通の家庭」というのは「父と母が居て、家に帰るとお母さんが「おかえり」と言ってくれる家庭」のことを差しています。
今でこそ離婚というのは認知度も上がってきていろんなところで耳にするようになったけれど、わたしが幼い頃は結構、まだそうでもなくて。お母さんは朝から晩まで働いていたし、それがすごく辛かったというか、やるせないというか、ずっとそういう気持ちだったので、そういう気持ちって別に子どもにはいらなくないかな?と思うんですよね。
お母さん、ずっと「片親だからっていう理由で不便をかけたくないし、世間に負けたくない」って言ってて、本当に尊敬しています。でも私がお母さんと同じ立場であったら、多分一人ではできないなって思う。お母さんはやりくり上手だし、手先も器用だけれど、わたしはそうでもないので…。
お母さんは「普通の家庭」を築くためにがんばってくれた。だから今の私が居る。お母さんはすごいなあ。わたしもお母さんみたいになりたいなあ。っていうのが、多分純粋な気持ちなんだと思う。
お母さんはわたしを24歳で産んだ。わたしは今年で28歳。福岡で一人暮らしをしている。この一人暮らしは結婚のためであり、それからの生活のためであり、その基盤のためだと思ってる。
わたしは自分の子どもが「ただいま」と言って扉をあけてきて、それに「おかえり」といえるような家庭を持ちたい。多分それは、きっと子どもが生まれても、生まれてからも思い続けるんだと思う。
30歳まであと2年。それまでに考えないといけないことは多分いっぱいある。
Fくんは今農家をしていて、自分の家族が会社を立ち上げちゃった。最近は市の補助とかも付いてきてなんとかなりそうって言ってた。将来は自分の作った野菜を使ったカフェを経営するのが夢なんだって。わたしはそのカフェのメニューとか、小物とかを作る作家さんになりたいな、なんて思ってる。なんだったら簿記もできるし、映像だって作るから。なんて伝えるとFくんは「一人でなんでもできちゃうね」って言う。そんなことはない、わたしは一人じゃなんでもできない。誰かがいないと、多分何もできないんだと思う。それは多分Fくんじゃなくてもいいと思うんだけど(とか言うとかわいそうなので本人の前では言わないけど)、その場所にたまたまFくんが居るので、わたしはそこに収まっているんだと、そう思うときはある。誰でもいいわけではないよ、ほんとに。
いつになるかわからない夢を抱えながら歩くくらいがいいんじゃないかな。いっぱいやることもあるし、まだ見えていない部分はあると思うけど。
けれどこう並べていくとちょっとずつ進んでいるのかなとは思う。「結婚なんて考えてない」と言っていた22歳の冬に比べて、Fくんは多分ちょっと成長してるんだなと思うし、自分でもそう言っていた。たぶんFくんはもっと大人になる。いや、元々大人だったな、貯金めちゃくちゃ上手だし、でもご飯最近食べてないって聞くので、そういうのを聞いたりすると「なんでわたしは鹿児島に居ないんだろう」って気持ちになる。鹿児島に帰りたいけど、今やっていることを放り出せるほどの熱量もない。だから多分、ままらならなくて不安なんだよな。全部がいっきに何もかもが解決できる方法が欲しいよ〜。
聞いてくれてありがとうございました。
あなたの人生のことも、よかったら聞かせてね。
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