メンタルスケッチ

日記を書くのは頭に穴を開けるのに似ている。
悩みで重たくなったら書くと、少しは楽になる。
こめかみに、トムとジェリーに出てくるチーズの穴を開けて、そこから悩みをぞろぞろ取り出してみる。
取り出したものをしげしげ眺めてみると、そのほとんどが考える価値のないものだと気づく。
ただ、すぐに溜まるので何度も取り出さなくちゃいけない。
取り出して、見つめてみて、それは悩む価値のないものだと分かったとしても、また同じことが頭に浮かぶ。
同じ内容が何度も忍び込むので、何度も取り出して「それは酷く瑣末な問題だ」と自分に言い聞かせる。
人に話すのは怖いから、自分が自分のカウンセラーになってあげたい。
何で人に話すのが怖いんだろう。
それは話すことによって、苦しみが増幅することを何度も経験したからだろう。
母は優しい善人だ。ただ、味方になってくれない。
それでも母に話したいと思う、他でもない母に肯定されたい。
だから私は何度も母に話す。その度に母は反対のことを言う。
否定されるのは分かっているから、話さなければいいのに。
母に理解してもらえない苦しみを、他の人にぶつけてしまう時がある。
できるだけ自制しようとしているけれど、彼氏が相手だと難しい。
他の人に対して待つ肯定的な諦め(適切な言葉が見つからないからこう表現する)が、彼氏には抱けない。
そして母に感じている怒りを上乗せして、彼氏にぶつけてしまいそうになる。
頭では、人間は他者の悩みを理解できないと分かっていても、理解してもらいたいと願ってしまう。
悩みを話すときは感情的になるから、泣いてしまったり、筋の通らないことを言ってしまったりする。
それは人間として当たり前のことだと思う。
同時に大人としてやってはいけないとも思う。
私は大人になりたい。素敵な大人でいたい。いい人でありたい。好きな人の前ではなおさら。
だから、感情的になるところを、面倒な女のレッテルを貼られることを恐れて何も言えなくなる。

言わなくていいと思う。
こうやって書き出していこう。
ただ、彼氏が何も知らないでいると思うと、つい逆恨みしてしまう。
それに、いつかは手を借りなくちゃいけなくなる時がある。
その時まで隠しておくと、彼氏は準備ができなくて困るだろうから、不安だってことは少しずつ伝えている。
感情を乗せないようにして。

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