アニメの映像文法〜ラブライブ!スーパースター!!TV アニメ 2 期第9話を読み解く〜

はじめに


映画に代表される映像表現には100年以上の歴史があり、様々な技法が生み出されてき ました。それらはある種の原則・文法として定着していて、映画に限らずアニメなどでも活 用されています。今日のアニメでそれらがどのように用いられているのかをラブライブ! スーパースター!!TV アニメ 2 期第9話を題材に考察しました。一話まるごとを扱うのは大 変なので12分25秒ごろから15分5秒ごろ、すなわち練習場所の屋上ですみれとかの んが口論を繰り広げる場面に注目します。このシークエンスを選んだ理由は会話で進行す るドラマをどのように映像で表現するかに興味があったからです(個人的に好きな場面だ という理由もあります)。表1でこのシークエンスの内容をおおまかにまとめました。カッ ト番号はシークエンスの頭を1番として便宜的につけました。各カットに登場するキャラ クターは名前の頭文字で示しました。キャラクターは2年生がかのん(か)、すみれ(す)、 可可(く)、恋(れ)、千砂都(ち)、1年生がきな子(き)、メイ(め)、四季(し)、夏美(な) です。各カットの秒数はストップウォッチで計ったので正確ではないです。本文では触れて いませんが、表1ではカメラの動きをパン(P)、ティルト(T)、トラッキング(TK)、ショッ トの種類をロング(L)、フル(F)、ミディアム(M)、クローズアップ(C)で分類してあります。 興味があれば調べてみてください。

表1

ストーリー

Liella!はラブライブ!地区予選を突破したが優勝するには1年生の実力が足りないことが 明らかになる。2年生は練習を厳しくするべきか話し合うが、可可は1年生が頑張りすぎて 辛くなることを避けるために従来の練習を続けることを提案し、決定される。すみれだけは 可可がラブライブ!で優勝できないと故郷の上海に帰らなければならないことを知ってい るので不満をもつ。翌日、いつもどおり屋上で練習を始める前に、すみれは次のラブライ ブ!東京大会に2年生だけで出場することを提案する。実力が確かな2年生だけならレベ ルの高いパフォーマンスをおこなえるからだ。1年生は実力不足を実感しているためそれ を受け入れる。かのんは全員で出場しなければ意味がない、と強く反発する。かのんとすみ れの口論はエスカレートし、すみれはその場から逃げ出す。

カメラの位置とキャラの位置

図1、2にはキャラクターの位置を丸で、カメラの位置と方向を実線の矢印で、キャラクタ ーの動きを点線の矢印で示しました。矢印についた番号は対応するカットの番号です。図1 は C1 から 18 まで、図2は C19 から C37 までの内容です。

図1C1からC18のキャラとカメラの位置
図2 C19からC37のキャラとカメラの位置

まずはキャラクターの動きに注目します。動いているキャラクターは主にかのんとすみれ の二人です。C5 ではすみれが屋上に現れ意見(東京大会には2年生だけで出場するべき) を主張します。C14 でかのんが1年生の方へ歩み寄り、1年生が出場辞退を受け入れよう としていることに反対します。C19 でかのんはすみれの方へ向き直りすみれの主張に反対 します。C36 で口論の末すみれは屋上から逃げ去ります。ここで注目してほしいのはかの んとすみれに対するカメラの位置です。図1の C13 まで(かのんが動く前まで)カメラは 図上では常に二人を結ぶ線に対して右側にあります。一方図2の C19 以降(かのんがすみ れの前に移動してから)カメラは図上で常に二人を結ぶ線の下側にあります。かのんとすみ れを結ぶ線は、イマジナリーラインと呼ばれるカメラが超えることのない想像上の線です。 もしカメラがイマジナリーラインを踏み越えると画面内の位置関係が逆転し視聴者が映像 を理解しにくくなるとされます。イマジナリーラインの位置を変更するためには登場人物 かカメラが移動する必要があります。C19 ではかのんが移動することですみれとかのんを 結ぶ線も移動し、新しいイマジナリーラインが発生しています。なお、C14、C36 でのかの んとすみれの移動は二人の会話が後に続かないのでイマジナリーラインを形成していませ ん。

視線と動きの方向性

イマジナリーラインの役割は画面内の登場人物の位置関係や行動の方向性、すなわちドラ マの展開の方向を一定に保つことです。表1の「す」「か」の列に各カットでのすみれとか のんの動きや視線の方向を示しました。R と L はそれぞれ右と左に視線や動きが発生して いることを表します。F と B はカメラに対し正面を向いているか背中を見せていることを 表します。
すみれは C5 でフレーム内に現れます。すみれは画面右側に向けて真っすぐ歩き、視線は右 側に向いています。これ以降、C19 でかのんがすみれに向き直るまですみれは画面の右側 に存在し続けます。すみれが画面右側に移動したことでかのんたち2年生は画面の左側に 存在することになります。C14 でかのんは1年生の方へ移動することで、すみれよりも右 側へ移動し、C19 ですみれに向き直ることで左向きの方向性を獲得します。その後すみれ は C21 でのかのんの言葉に反応し、C22 でかのんに向き直ることで二人の視線の向きは逆 転します。キャラの移動に伴うイマジナリーラインの更新によって画面内でのキャラが持 つ方向性が逆転しており、この逆転はそのままドラマの方向性の転換とも一致しています。 今回取り上げた映像では、最初はすみれが一方的に自分の主張を繰り出しますが、かのんに 反論されることで優位性を失ってしまうことが二人の映像上の方向性の逆転で表現されて いるのです。

フレームに映るキャラ

ここからは各カットで画面に映るすみれとかのん以外のキャラクターについて考えてみます。 まずは1年生についてです。表1で1年生は太字で示しました。1年生はかのん以外の2年 生と写っているカットが存在しない事がわかります(C2 は状況説明、C13 は腕だけでこれ も状況説明)。また図1,2からは1年生を写すカメラはかのんとすみれのイマジナリーラ インと無関係の位置にあることがわかります。これにより1年生がすみれの主張を受け入 れてしまい、かのんとすみれの間で展開されるドラマに積極的に関与できない受動性が表 現されています。
つづいて恋と千砂都です。この二人がメインのカットは C15 のみで1年生と同じくドラマ には加わっていませんが、その役割は異なります。C6,8,13 で二人はかのんの後ろで同じ方 向に視線を向け、かのんと同様にすみれの主張に困惑していることが表現されています。 C24 では二人はかのんと一緒にすみれを取り囲む位置にいて、すみれの主張がかのん、恋、 千砂都に受け入れられず、すみれが追い込まれた状況にあることを表現しています。二人が 移動する描写はなく、カメラの移動でも位置関係は変化しないためかのんと異なり積極的 な行動には出ず、状況に困惑したままであることがわかります。ちなみに、図1と図2を見 比べるといつのまにか恋と千砂都が移動していることがわかります。ドラマに関与してい ないため二人の移動もドラマ内で意味を持たず、それよりも画面内での位置を C24 ですみ れを包囲する背景状況として活かすことが優先されたためだと考えられます。 最後に可可です。可可がメインのカットはシークエンスの最初と最後にだけあります。かの んとすみれのドラマに関与できない状態が続くのは他のキャラと同じですが、序盤の可可 単独のカットで存在感を出しています。しかし、C13 は2年生が集団で写ったカットにも 関わらず可可は隠れて見えなくなり、可可の存在がかのんとすみれの間のドラマから排除 されていくことがわかります。可可は C22 でカメラのパンによりすみれの後ろから再登場 し強い印象を視聴者に与えますが、C24 で可可はほとんどすみれの後ろに隠れ、すみれの 身振り手振りとともにその姿をわずかにのぞかせるのみです。すみれが可可を背後におい て主張することは C19 でかのんが1年生を背後においていることと対照的です。C19 では かのんの後ろにいる1年生は全員姿が見えていますが、C24 で可可の姿がほとんど見えな いことは、C22 での劇的な再登場と合わさり、すみれが可可の思いをわかっていない一方 でかのんは1年生の隠した気持ちを理解していることを表現しています。C32 で可可はカ メラの高速のティルトアップとともに劇的に再登場し、以降のドラマに大きく関与します。

アングル

アングルは俯瞰、ハイアングル(H)、アイレベル(EL)、ローアングル(L)、斜角(O)がありま す。俯瞰は上空からの視点、ハイアングルは高いところからの視点、アイレベルは人の目線 の高さ、ローアングルは下からの視点、斜角はカメラが地面に対し傾いた視点です。表1に 各カットのアングルをまとめました。表1から殆どのカットはアイレベルであることがわ かります。アイレベルは人の自然な視線に近い映像となるため標準的な映像であるといえます。今回はカメラの高さがキャラの腹から頭までのカットをアイレベルと判断しました。 ローアングルは C 9,18,21,24,26,27,29,37 で用いられています。ローアングルは対象を見上 げることで大きく見せ、主題の重要性を増大させると言われています。一連のシークエンス ではキャラが悲しんだり苦しんだりして感情的になっているカットでローアングルが用い られており、キャラの感情を強調し視聴者の共感を促しています。C18 以前ではすみれと 可可以外は状況を理解できず混乱しているので感情的な反応が発生しておらず、彼女たち にローアングルは用いられていないと考えられます。
ハイアングルは C2,23,31 のみです。ハイアングルでは登場人物は見下されて小さく見えて 背景や舞台に飲み込まれたような印象を与え、無力に見せるとされます。C2 はハイアング ルの意味を活かすというよりも位置関係を説明するためのカットでしょう。C23 はすみれ が組んだ腕を写してからカメラがティルトアップしすみれの顔を見下ろすカットです。C23 ですみれは Liella!の結束を強調するかのんの言葉を、自分の目的(可可を帰国させない)の ために否定することを決意します。すみれは夢中になって嘘の理由を激しく主張しますが、 かのんの激しい反発を引き起こすことになります。ます。C31 ではすみれの言葉を受けたかのん が(思わずすみれを殴ろうとして)腕を振り上げます。C23、C31 ともに追い詰められたす みれとかのんが間違った行動(嘘、暴力)をとる弱さが強調されています。ローアングルで キャラの苦しい心情への共感を促していたのとは対照的です。
斜角は C26,27,37 で用いられています。斜角では画面の水平面が不安定な対角線となり、 登場人物は滑り落ちるかのような印象を与えます。C26,C27 は斜角によりかのんとすみれ が決定的に対立する不安定な状況を描き、共感を促すローアングルとも組み合わされて強 い印象を与えます。かのんとすみれの角度も対照的になっています。C37 はこのシークエ ンスの最後であり、すみれが逃げ出した後に取り残された Liella!全員が呆然とした不安定 な状況を表現しています。

おわりに

長い記事になってしまいましたが最後まで読んでくださりありがとうございます。この記 事で取り上げた映画の技法の一般的な意味付けはそのほとんどを「映画技法のリテラシー 〈1〉映像の法則」という本を参考にしました。個々の作品はマニュアル通りに作られるも のではなく、はたして一般的な技法がどこまで一般的なのかは疑問です。一方で、今回取り 上げた作品の演出は一般的な映像技法の解釈とも矛盾しないように思えます。同じ作品を 見ても解釈は見た人の数だけ存在しますが、様々な映像作品に映像の定石と呼べるような 技法とそれに収まらない個性が同居していること、定石も個性も多くの人間の経験によっ て形成されてきたこと、そして必然的に多くの制作者と視聴者を要求する故に多様な経験 を内包しうる商業映像作品という存在に私はとても心を惹かれます。 個人的な興味に基づいて書いた記事ですが、読んでいただいた皆さんの興味を掻き立てら れたら、そしていつか皆さんの解釈を聞かせていただけることがあれば嬉しいです。

参考
映画技法のリテラシー〈1〉映像の法則 Louis Giannetti 著 堤和子 堤龍一郎 増田珠子 訳 METHODS 押井守・「パトレイバー2」演出ノート 押井守 著
スカイ・クロラ-The Sky Crawlers-絵コンテ―ANIMESTYLE ARCHIVE 押井守 著 映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック) 富野由悠季 著

編集部註

この記事は2023年度夏コミ号に掲載された2020年度入学かにたま によるものです。

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