PERSONALITY ver.2.0 完全版
脚本:白田まもる
大分鶴崎高校 舞台映像研究部
(0-1MOVER)
脚本を使用したい方は白田まもるのDM(X)
もしくは大分鶴崎高校0-1MOVERまでご連絡ください。
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【Dからの電話】
THS放送局のラジオスタジオ。椅子に座り、組んだ足をぶらぶらさせながら葵が一人で座っている。
時折スマホに目をやり、壁の時計に目をやり、ドアに目をやりと、誰かを待っている様子の葵。
また少しして時計に目をやった。
葵 やんさん、遅いなぁ……。来る気配がないんだけど……。
ってか、どういうこと? ディレクターなのにパーソナリティより遅いって!!
ぶつぶつ言っていた葵は、何かに気が付いた様子でハッと顔を上げる。
葵 これはもしかして、またやんさんに振り回されるやつ? いつもの?
え~~~もう嫌だよ! だって森崎、今までも散々やんさんに振り回されたもん!
この前の放送だってさ、急に打ち合わせも台本も無しで番組CM録らせてきたし、その前もマイクと中継用の機材だけ持たせて放送局から閉め出してきたし、長文のアンチメール送ってきたリスナーと電話つなげた瞬間にこっちに丸投げした時もあったし! 顔をあわせるたびにムチャぶりしてきて! ありえないって…! あの人、きっと森崎になら何やらせてもいいとか思ってるんだ!!いや森崎も人ですしね!? あんなことされ続けたらこっちの寿命が持たないんですよ!!やんさんみたいに心臓に毛が生えてないんです! 普通の人間なんですよこっちは!!
そう言いながらスタジオ内を歩き回る葵。
そして足がもつれ、何もないところで躓く。大きな声を出して葵は倒れた。
葵 ふえ~~…バチがあたった~……やんさんの悪口言ってたから……。
あ! やんさんが遠隔で森崎に何かしたんだ! きっとそうだ、やんさんはそんなことでもできそうだもん!
間。
ドアの方を見る葵。誰もドアを開ける気配がなく、肩を落とす。
葵 あ~あ、やんさんまだかな~~……。
もう、森崎一人じゃ寂しいですよ……。
突然電話がなる。
机の上に置いていたスマホをとって耳に当てる葵。
葵 もしもし……あぁ、おはようございます…。
……じゃなくて! やんさん、どこにいるんですか!? もう集合時間すぎてますけど!
葵 ……はい……今日収録するって、やんさん先週言ってたじゃないですか……。
いつもの時間よりおっそい時間に呼び出しておいて! 今何時かわかってます!? 午前0時、
葵 …はい、……え、収録するんですよね?
葵 はぁ!? 今から会議!?
葵 (壁の時計を見る動作をして)え、ホントに今からですか!? どんだけブラックなんですかこの局!
はい……。え、じゃあ私はもう帰る感じですか? 今日は収録しない感じ……?
葵 え!?一人で!!?
森崎一人で今から収録しろと!?
葵 ……いやいやいや! 無茶ですよ!!
葵 え~!? そんなこと言われても……。
そもそも、いつもと違うスタジオだから、機材の使い勝手とか、私わからないですよ?
葵 「だよね!ごめん!」じゃなくて!!
も~……やんさんはいつも勝手なんだから………。
葵 ……無責任なこと言わないでください!!
葵 ……「じゃあよろしくね!」じゃないんですよ!
大体やんさんはいつも直前になってこっちに相談もなしに無理難題を、
突然、葵は固まる。
葵 ……え? …何ですか……?
葵 噂? このスタジオ、出る…。
出るって……え、おばけ……とか?
間。
葵 「頑張って!」じゃないんですよ!
なんでそんなことをわざわざ言うんですか!? 今からここで収録やるって人間に!!
葵 ……あっ、ちょっと! やんさん!!
耳からスマホを離す葵。
葵 切れた……。
不満げにスマホを机の上に置く葵。
葵 おかしいでしょ……。普通言う…? 人にムチャぶりした後にそんなこと……。
(おびえた様子でスタジオをぐるりと見まわして)えぇ……出るんですか…?
葵がそう呟いた直後に、どこかからか大きな物音がした。
短い悲鳴をあげる葵。
葵 びっくりした……なんだ、ドアが閉まっただけか……。
やんさんが「出る」とか言うから……。もう! ビックリするじゃないですか!!
すると今度は何かが崩れたような音がした。悲鳴をあげる葵。
固い笑顔で自分に言い聞かせる。
葵 あ、あはは……あの、あれは、CDが棚から落ちただけ、落ちただけ……。
葵 落ちただけ、だよね?
直後、スマホのアラームが大音量で鳴りだす。また叫ぶ葵。
葵 (スマホを手に取り)あっ、これは自分で設定したやつだ……。
あ~~落ち着け葵ちゃん、最強パーソナリティあおいちゃん……。
スマホを机に置く。
葵 あ~だめだ、もうさっさと収録始めよう……なんか怖くなってきたし……。
急ぎ足でワンマンDJ用の卓に戻って座り、ヘッドホンをつける葵。
突然、照明がチカチカとついたり消えたりしはじめる。
葵 ギャーッ!!
――えーと、こ、これは! 電気の調子が悪いだけーーっ!!
【何かおかしい】
[番組ジングル]
葵 11月9日木曜日、時刻は23時になりました!
『森崎あおいの木曜夜だし喋らナイト!!』お相手はTHS放送局イチの最強パーソナリティ、森崎あおいです!
「明日が最強な金曜日になるようにあおいちゃんから元気をいっぱい貰ってもろて!」というマインドでお届けしていきます! 今週も木曜最後の30分間、あおいちゃんと最強の夜を過ごしましょ~!
葵 さて、今の君はどんな感じ?
リアルタイムでの番組の感想などは、ぜひXで『#もくもり』をつけてポストしてね~!
……って流れでいつもはみんなのポストを見るんだけど。先週も言っていた通り、今週は生放送じゃないんだよ~! 番組のタグ見てもみんないないの、なんかさみしいなー…。
しかもね、今日はなんとスタジオ内もあおいちゃんオンリーです……。誰もいない!
ディレクターでいつも放送に入ってくれてるやんさんが、今日はあおいちゃんのこと放り出して会議に行っちゃったんで! まぁ、やんさん忙しいからね。スーパーディレクターですから。
葵 そんな感じで今日は一人でやっていきます~。
葵 (スマホを見ながら)え~やっぱりポスト無いよね、そうだよね……。
……あ! 先週の放送をタイムフリーしてる人のポストあるじゃん!
えーと、Xネーム「チョコミン党次期党首」さん、え~ありがとう~! 今週のも聴いてくれたら、名前呼んだの届くよね!
いつもの生放送は皆とリアルタイムでお話できるから楽しいけど、たまにはこんなふうに時差でメッセージを届けるのもいいね~。――えーとあれだ、そう! タイムカプセルみたいな感じで!
葵 じゃあ今日は、最強な夜をタイムカプセル方式で皆にお届けしていくよ!
キミの夜の30分間、今週もぜひあおいちゃんにちょうだい!……数日前の!
葵 じゃあここで一曲。
Adoで『私は最強』。
カフを下げ、音響機材のボタンを押す葵。
ボーカルが入ったのを確認すると手元の台本をめくりだした。
葵 曲のあとに先週募集してたメール紹介して、CM流して、破竹室のコーナーか……よし!
台本を机の上に置き、大きく伸びをする葵。
葵 ん~…いざ収録を始めてみたらあんまり怖くなくなってきたな……。
葵 やっぱり、「何か出る」なんて嘘でしょ! ――だとしてもやんさんのことは許さないけどね!
やんさんがあんなことわざわざ言わなきゃ、あんなちょーっとの物音で怖がることもなかったし……まったくもう……。
メールの着信音。
葵 おっ、メール来た! どれどれ~?
葵 RNキンセンカさん。知らないラジオネームだな……初投稿の人かな?
『あおいちゃんこんばんは。今夜も最強な夜をありがとう。生放送じゃないのを「タイムカプセル」って言葉にしてポジティブにとらえちゃうの、さすが最強パーソナリティだなって思いました。今夜も楽しみます』
葵 え~~嬉しい~!
これ曲明けに読もうかな。文章も放送で読んでもよさそうな感じのやつだし!
ふと、葵のマウスを動かす手が止まった。
葵 ……ちょっと待って?
ゆっくりと顔をあげる葵。
葵 なんで生放送でもないのに、さっきの私の話に合わせたメールが今来るの?
急に襲い掛かってきた恐怖に、指一本動かせなくなる葵。
少し間があり、メールの着信音がスタジオに嫌に響いた。無言でビクッとする葵。
おそるおそるマウスを操作し、メールを開く。
葵 ……『聴いてるよ』………。
思わず椅子から立ち上がる葵。声も出せないまま、パソコンから目を離さずにドアまでゆっくりと後ずさりをする。
パソコンからある程度距離をとれると、パニックになったように葵の口が動き出す。
葵 …も、もうだめだ! さすがにおかしすぎる!
やっぱりこれ、心霊現象ってやつ……?が、起こってる! 起こってるよね!?
え、無理! 怖い怖すぎる無理無理無理!! とにかく早くこのスタジオから出よう、収録は~~まぁ、やんさんにリスケしてもらば…!
葵の後ろに伸ばした手がドアについた。
その瞬間、半年前に矢島からかけられた言葉が葵の脳裏をよぎった。
[照明 回想シーンに切り替え]
*
矢島(声) いい? 葵ちゃん。君のラジオを毎週楽しみにしている人は必ずいるんだ。たとえ目に見えなくても、君の声は必ず誰かに届いている。これだけは私が保証する。
――だから、何が起こってもマイクの前から逃げ出さないで。リスナーと必ず、真正面から向き合い続けるんだ。
そうしたら、――放送をする中で君が守り続けたことが、いつか壁にぶつかった時に、強い背骨となってくれるから。
*
[照明 通常に戻す]
ドアに手をつけたままぽつりと葵はつぶやいた。
葵 やんさん……。
葵 何が起こっても、私は……。
しばらく黙っていたが、一つ頷いて自分の頬を両手で叩いた。
葵 よし!
こぶしを天に突き上げて声を張り上げる葵。
葵 収録は始まってる! ならば、このTHS放送局イチの最強のパーソナリティ・あおいちゃんは喋り続けなきゃいけない! たとえ一人ぼっちでも、わけのわからん幽霊がいるスタジオでも!!
斜め上をビシッと指差す葵。
葵 そこのあんた! 見えないからそこにいるかどうかわかんないけど、あの〜……幽霊!!
生きていようと死んでいようと、番組を聴いている時点で、あんたもあおいちゃんのリスナーだもんね~!!
なぜか勝ち誇ったような顔をしながら、声高らかに笑う葵。
薄く『私は最強』のラスサビが聞こえてくる。
葵 ……あっ! 時間!
バタバタとマイクの前に戻る葵。
ヘッドホンをつけて機材を操作し、カフをあげた。
【OAを止めるな】
葵 お送りしたのはAdoで『私は最強』でした。
葵 さっそくメッセージ紹介します!
葵 えー、RNつまみはさきいかで決まり!さん。40代の日田市から聴いてくれている男性です!
突然、スタジオ内を早足で通り抜けるような足音が響いた。葵が素早くヘッドホンを外し、スタジオを警戒した様子で見まわす。静寂の中、葵はヘッドホンをつけなおし、机の上に放り投げたメールの紙を持ちなおした。
葵 (震えた声で)……えー、『あおいちゃん、こんばんは☆ (*´ε`*)チュッ』
あっ……(苦笑)今日も絵文字がいい味出してるね! こんばんは!
葵 『おっちゃんは最近、何もないところで転んじゃうことが多いです。今日は外回りの途中に道で転びかけました。年だからかな~。』
え! いや、わかる!! これ葵ちゃんもよくやっちゃうんですよね! 年齢関係ないです、これは!! だって普通に歩いてもコケちゃうもん! あおいちゃんなんて、今日も局の廊下で靴が床につっかかってこけちゃったんですよ。「うわーっ!!」とか言いながら! しかも今日だけで2回も! ……あ、さっきもコケたから3回だわ。
でね、昼にコケた時にたまたまその場にいた技術班の保村さんって人からね、すっごいニヤつかれながら「ダイジョウブデスカ~?」って言われたんです~!
葵 本当はこんなこと会社の先輩に言っちゃいけないんだけど、ああ~! ムカつく〜〜〜!!
もうあおいちゃん、泣きそうでしたよ!!
葵 誰か、さきいかさんと私にこけない歩き方を教えてくださ~い!
なんかこう、『簡単にできる5分エクササイズで足腰がしっかりに!』とかあったらいいんだけどね~。でもあおいちゃん、5分でも毎日は続けられないかもしれない…。
突然、ドアを手のひらで激しく叩くような音が響き渡る。
苛立った顔をした葵はすぐにカフを下げ、ドアの方に向かって大声で呼びかけた。
葵 あのぉ! さっきから音が出るようなやつばっかりやってきて、どういうこと!?
収録中はお静かにお願いします! 常識じゃないですかぁ!?
音が止む。
葵はカフを上げて話し始めた。
葵 ……ま、皆さんは、いっぱい転ぶありのままのあおいちゃんを愛してくださ~い。それで全部解決ですので!
葵 じゃあ~次! え~、RN豊後のりんごちゃん、大分市から聴いてくれている10代の女の子です!
『あおいちゃん、こんばんは!』
こんばんはっ!
『実は11月9日、私の誕生日なんです!』おぉ!『でも今週って、事前収録じゃないですか。先週の放送でそれが発表された時に、『あぁ〜せっかくあおいちゃんから当日に直接祝ってもらえるチャンスだったのに、めちゃくちゃ残念だなぁ〜』って、悔しくて。メール送っちゃいました。』
うわぁ~ごめんね、そしてメールありがとう!
『収録だとしても、あおいちゃんからお祝いしてほしいです! お誕生日のお祝い、おねがいします!!』
おっけー!!
葵 豊後のりんごちゃん、お誕生日おめでとう~!!
[お祝いのSE]
葵 あおいちゃんと一緒に、最強な一年にしていきましょ~。
ってことで豊後のりんごちゃんには、番組特製の『天下無双ピンキータオル2023ver.』をプレゼント!あおいちゃんの好きなピンク色のタオル、豊後のりんごちゃんが最強な一年を過ごせるお守りになってくれるから、届いたらぜひ使ってね!
葵 引き続きメールお待ちしております! メールはmokumori@ths.co.jp、mokumori@ths.co.jp! 放送内で紹介したメールを送ってくれた方には番組特製オリジナルステッカーをプレゼントします! 必ず本名と住所も一緒に書いてくださいね!
それでは『森崎あおいの木曜夜だし喋らナイト!!』、このあとも引き続きよろしく!!
[番組ジングル]
機材を操作し、カフを下げる葵。
葵 よし、次の破竹室のメール……メール、の紙………。
台本をめくっていた手がぴたりと止まる。突然、焦ったように机の上の紙をガサガサとめくりはじめ、顔をあげた。
葵 無い! ヤバい、印刷し忘れてた!!
うわぁ~~印刷しなきゃじゃ~~ん!!
葵はそう言うと、PCを軽く操作した後に水の入ったペットボトルをガッとつかんで立ち上がる。プリンターまでせかせかと歩き、電源を入れて印刷開始ボタンを押した。プリンターが稼働音を出しはじめる。
葵はキッと振り向いて上の方を向き、口を開いた。
葵 ってか、ちょっとあんた! マジでいい加減にしてくんない!?
今日はスタッフがいなくて私一人だからって何やってもいいと思ってるんでしょ!? ナメないでよね、私だって一端のパーソナリティなんだよ! リスナーだってあんた一人じゃないの! 放送続けなきゃいけないの!!
私にならいくらちょっかいかけても~、まぁいいけど……。次、放送の邪魔したらマジで許さないから!!
一気にまくし立てた葵。
そして、ペットボトルの水を一気に呷って一息ついた。
葵 (ペットボトルの蓋を閉めながら)……本気で言ってるからね!!?
荒々しくペットボトルをプリンターの上に置いた。
そしてまだ印刷の音が鳴りやまないプリンターを数秒見つめていたが、しだいにそわそわしはじめる。
葵 ……紙! 止まらないんだけど! ねぇこれどうすんの!?
おかしいな、こんなに出すようにしてないのに……。
首を傾げた葵は、出てきた紙の中の一枚を取り上げる。
紙に目を落とすと、悲鳴をあげて紙を放り投げた。
葵 キャーッ! な、なんで知らない女の人の顔が印刷されてんの!?
誰! マジで知らん人!
葵 はー……、紙めくった瞬間にバァン!って出てきたからめちゃくちゃ叫んじゃった……。
――って、怖がってる場合じゃないって! メールじゃなくて全然違うの印刷されてるじゃん!
焦ったようにコピー機を叩く葵。
葵 ちょっとプリンターくん、しっかりして! 幽霊に負けないで! ね、葵ちゃんのほうがかわいいでしょ!?
だから葵ちゃんが印刷してほしいやつを出して! 早く! メール出して! あ~~~お願いだから!!
葵が一生懸命訴えかける間もプリンターは稼働音を出して紙を吐き出し続ける。
新しく吐き出された紙を手に取って見て、葵はいらだったように言った。
葵 やっぱり女の人の写真!! 全部!! ……そんな気は正直してた!!
あーもーーー邪魔すんなって幽霊! 急いでんのこっちは!!
突然、プリンターがピピピッと音を立てる。
葵 ん?
プリンターをのぞき込む葵。
葵 ……えっ! 紙がきれた!
おい幽霊、あんたが余計なものばっかり印刷させるからじゃん!!
(周りに散らばる紙を見ながら)ってかどうすんの、こんなに紙使って! やんさんに怒られるの私なんですけど!?
葵 あ~~~もういいもん! 画面から直接読むもんね!!
泣きそうな声で言いながら、急いでマイクの前に戻ってヘッドホンを付ける葵。
腹を決めたような顔をして水を一口飲み、カフを上げた。
葵 それでは次のコーナー!
(エコー)破竹のお悩み相談室!
[破竹室テーマ]
葵 このコーナーでは、最強のパーソナリティのあおいちゃんが悩める皆のお悩みを、竹を割るように最強出力でスパーン!と解決していきます!!
葵 それでは今夜もリスナーのお悩みを聞いてみましょう!由布市にお住いの、RN2日目のケーブルさん!22歳男性の方です!
『あおいちゃん、こんばんは』
こんばんは~!
『僕には一つ下の彼女がいます。先日その彼女とデートをしていたのですが、めったに会うことはない偉めの上司と鉢合わせしてしまいました。その時に上司から話しかけられなかったので僕からも上司に声をかけなかったのですが、あれは明らかに僕に気が付いていました。めっちゃ気まずいです。職場でもし上司と顔を合わせたら、あの日のことを話に出されるのではないかと、仕事中も生きた心地がしません。あおいちゃん、どうしたらいいと思いますか?』
耐えきれずに笑いだす葵。
葵 うわぁ、気まずー! その場で声をかけられるほうがまだいい時あるよね。時差攻撃が一番キツいときない?(笑)
葵 そうだな、とりあえずその上司さんが今後どんな行動をとってきたかによって変わるよね。上司さんから「この前かわいい子と歩いてたじゃん。もしかして、彼女?」とか、そういうことを言われたなら「彼女です!」って潔く言って、あとは面白がられないように話をいい感じに流す!
で、もし上司さんが何も言ってこなさそうなら、デートを目撃した上司さんのことは許してあげましょう! ほら、水に流す! サラーーッと!!(笑)
まぁ、見ちゃったものはしょうがないからな~。上司さんから何も言われないといいですね!
葵 じゃあケーブルさん、これでがんばってみてください! これにて、お悩み解決!!
[破竹室解決SE]
葵 このコーナーではリスナーからのお悩みメールを随時お待ちしております! メールはmokumori@ths.co.jp、mokumori@ths.co.jpです! お悩みが採用された方には番組特製ステッカーをプレゼントしますので、必ず本名と住所も一緒に書いてくださいね!
それでは『森崎あおいの木曜夜だし喋らナイト‼』後半もよろしくお願いします!
【私の背骨は】
葵だけのスタジオに、メールの着信音が何度も鳴り響く。
カフを下げてヘッドホンを外して机の上に置いた葵は、椅子の背もたれにべったりと背をつけ、うんざりした顔でPCをにらむ。
一息つくと前かがみになり、マウスを片手に画面を見つめる。
葵 うわ、メールやば……めっちゃ送られてきてる……。うえっ、次のページにもいっぱい……。
なんだよぉ~暇かよぉ~~!! まぁ死んだ後にできることとかあんま無さそうだしな!!
そう言うと机に突っ伏し、大きく息を吐く葵。
メールの着信音が鳴る。けだるそうに顔を上げ、画面をにらむ葵。
葵 『メール、見えてるんでしょ。無視しないで。』
葵はため息をついた。
葵 無視なんかしてないじゃん。
メールの着信音。
葵 『やっぱり私なんか相手にもしてもらえないんだ。どうして??私はこんなに苦しんでいるのに』
はぁ~…めんどくさい彼女みたいになってるよ…。あんたも私の大事なリスナーだから、そこまでして私に聴いてほしい話があるなら話してよ。聞くからさ……。
続けてメールの着信音。
葵 『いや、話してもどうせ葵ちゃんにはわからないと思うので大丈夫です』?
は?え、なに急に。それは、まぁ聞いてみないことにはわからんけど……。
でも、ある程度は話聞いてあげられると思うけどね。――ってかなんでそんなこと言うわけ? やってみないとわからないじゃん?
着信音。
葵 『わかったような口をきかないでください。あなたに私の何がわかるんですか。』
……わかるもん。
着信音。
葵 『適当なこと言わないで』
違う。適当なんかじゃない…。私は本当に思ったままのことを、
葵の言葉にかぶせるようにして着信音。
葵 『話を聞いたって、あなたにはどうせ何もできないくせに。』
何も言い返せない葵の唇が小刻みに震える。
葵の発言をこれ以上許さないと言わんばかりに、着信音がしだいに多くなっていく。責め立てるようにスタジオに着信音が鳴り響く。
たまらずに葵は叫んだ。
葵 違うっ!!!
着信音がピタリと止まる。
葵は、息を切らして黙り込んだ。そしてうなだれて、やりきれない悲しさをこらえた顔をして力なく首を振った。
葵 違う……。
違うのに……。
少しの間。うつむいたままで葵は言葉をこぼした。
葵 ううん、違くないね……。あんたの言う通りだよ。
ゆっくりと顔を上げながら静かに碧は言った。
葵 たしかに、私らパーソナリティには何もできない。
葵 「君のことを救いたい」って口で言っても、直接守ってやることはできないし。
「そばにいるよ」って言ったって、放送を聴きながら泣いてる子のことも抱きしめてあげられないし。
その子が何かを背負っててしんどくても、それを肩代わりしてあげることもできない。
葵 なのに、そうだよ、私は何を言っているんだ? たった30分間しか皆に向かっては喋らないくせに、人を救いたいだとか。誰かに寄りそいたいだとか。
自分のことで手一杯なのにさぁ!自分のことすらままならない時だってあるのにさぁ!
葵 ……結局リスナーの誰のことも、助けてやれないしさぁ……。
顔を上げる葵。勢いよく喋りだす。
葵 あぁそうだよ、めちゃくちゃ歯がゆいよ!!
何もできないもん、私には! そんなの知ってるよ!!
葵 そして幽霊、あなたの苛立ちも痛いほどわかるよ!
なんでだよ、口だけのあんたに何がわかるんだよ、あんたに私をどう助けられるって言うんだよって! 口だけならなんとでも言えるって!! じゃああんたは私に何をしてくれるんだ、何もできないなら黙ってろよ、構うなよ、期待をさせないでくれよって!!
葵 ……そう思っちゃうんでしょ。それをどうしてもやめられなくなっちゃって、自分から「助けて」って言えなくなっていくしんどさも。 わかるよ!!!
葵 わかるのに、……こっちは、何もしてやれない!
それが本当に悔しいの!!
葵 そもそも、ここで喋りだして半年経った今でも自信の欠片もつかないし、「これってやってる意味あんの?」って訊かれたら自信もって言い返せるような自分にもなれていないしさ! それでも毎週喋らなきゃいけないしさ! もう泣きそうでしょうがないことばっかりで!!
泣きそうになりながら叫ぶ葵。
葵 それでも…! どうしようもなく愛おしいと思ってしまうんだよ! この場所が!!
葵 リスナーなんてさ、言い換えちゃえば、顔も知らない、住んでるところと名前と年齢ぐらいしかわからない、もはや他人といってもいいぐらいの相手なのに!そんな相手を愛さずにはいられない、この「ラジオ」という世界を! そこまで私を引っ張り上げ続けてくれるリスナーを! どうしたって愛おしいと思ってしまうんだよ!!
静かなスタジオに向かって訴え続ける葵。
葵 私だってさ、リスナーからこの居場所を貰ったんだよ!
ここに来て、ラジオの中で息をして、ようやく自分から愛せるものを見つけることができたんだよ!
それは間違いなくこの場所があるからだし! しんどいこともあるけど、毎週新しいメールも来るし、たまに直接「聴いてるよ」って言ってもらえるから、ああ本当に私の言葉は届いてるんだなって、ちゃんと思えるし! ――そうやって、ずっと「私がここにいる意味なんてない」って自分で思っていた私を、リスナーの言葉が支え続けてくれたんだよ…。
葵 じゃあ私も、言葉でリスナーに何かを返したいと思うのは当然じゃないか!
キミのことは私が見てるって、頑張ってることも知ってるって、私はありのままのキミが心の奥底から大好きだって言ってやりたいだけなんだよ!! どんなに届かなくても言い続けたいもん!! どんなに自分でわからなくても、人からわかってもらえなくても、自分の口で言い続けたいの!!
葵 それを続けていけば、もしかしたら誰かを救えるんじゃないかって、そこまではいかなくても明日からちょっと前に進める勇気をあげられるんじゃないかって、そんな期待を捨てたくないだけで! ――そうだよ! 誰がなんと言おうと、言葉は確かに誰かを救える力があるんだよ!!
私がそうだった! ラジオを通して、たくさんの人と言葉でつながれたからこそ、私は初めて唯一無二の私になれたと思うし!!
それがふとわかった瞬間、めちゃくちゃ救われたし!!
額を押さえて涙声で言う。
葵 ……救われたし!
そして顔を上げ、座りなおしてヘッドホンをつけた。
音響機材とカフに手をかける葵。
葵 だから、誰にも奪われてたまるか!!
私の背骨は最強なんだ!!!
そう叫んで、機材のボタンを押した。
【まだここに】
[ストロンゲストのジングル]
葵 このコーナーでは、最強のゲストに登場してもらって、リスナーの皆さんに最強マシマシなトークをお届けしま~す!
最初の方で私さ、「今日はスタジオも私一人です」って言ったじゃん?
なんとね、あおいちゃん、全く一人じゃなかったです。実は今夜、このスタジオに幽霊が来てます! ガチ幽霊です!
明るい声で喋りだした葵の小さな拍手の音が一つ。
異様な光景とテンションであることを考えた葵は思わず笑ってしまう。
葵 あのね、私が変なこと言ってるんじゃなくて! これマジの話だから!
放送前にも、ポルターガイスト? みたいなのとかめちゃくちゃ起こってたし! 本当にスタジオにいるの!!
……えーとね、「キンセンカ」ってRNでメール送ってくれてたから、キンセンカさんって呼ぼうかな!
さすがにずっと、幽霊、幽霊って呼ぶのもあれだしね~。
葵 じゃあ改めて、今夜は最強の幽霊のキンセンカさんとお話していきます~!
どうぞよろしくお願いします!
当然ながら返事は返ってこない。
困ったように天井を仰ぐ葵。
葵 えーと、お話していくって言ったって、どうしよっかな……。さすがに声出して喋ってもらうのは、リスナーが怖がっちゃって良くないだろうし…。
まぁワンチャン、キンセンカさんが超絶なカワボの可能性もあるけどさ。(笑)
そうじゃなかった時にガチ心霊回になるから……う~んどうするかな~…。
机に肘をつき、人差し指で軽く頭を叩きながら考える葵。
葵 ……あ、そうだ! メール!
キンセンカさんさ、さっきまでバカみたいな量のメールを番組宛てに送り付けてたじゃん! ってことは、メールは使えるんでしょ? それでやりとりしようよ! 決まり! いや~、やっぱりあおいちゃんは大天才だね!!
すかさずメールの着信音。
葵 お、来た!
えーと、『私の話、聞いてくれるんですか?』
もちろん聞くよ~。だって、こうやって番組にメールを送ってくれたんだからね。放送中もずっとアピールすごかったし。(笑)
葵 それに、たとえ姿が見えなくたって、言葉があれば、思いがちゃんと誰かに伝わるのがラジオのいいところでしょ?
キンセンカさんがこんなにも私にちょっかいかけてくるってことはさ、やっぱり私に何かを伝えたいんだろうなって思って。でも私が感じ取れるのはそこまでなんだよ。具体的に何を伝えたいかまでは、どうしたってわかんないから。
…まぁ、そんなのは生身の人間同士であっても同じなんだけどね~。
葵 だから聞かせてよ。キンセンカさんの伝えたいこと。ちゃんと言葉にしてくれたら、私も思いを受け止められるから。
私にはそれぐらいしかできないかもしれないけど、それでも力になりたいの。
前をまっすぐと見つめる葵。
少し間を空けて、メールの着信音が鳴る。葵はマウスを操作してメールを開いた。
葵 うおっ、長文。思いがあふれまくってる~。
葵 じゃあ読むね! 何々……。
『放送の邪魔をしてごめんなさい。』
おっ? やけに素直になったじゃん。さては、この私のすばらしすぎるトークが荒ぶる霊魂も鎮めてしまったのか~! さすが最強のパーソナリティあおいちゃんだわ!
得意げに笑いだす葵。話を進めろと言うように、ドンドン!と壁を叩く音がスタジオ内に響く。
葵が首をすくめた。
葵 わかったわかった、読むから……。えー、
『私、誰にも気が付かれずに一人で死んじゃったんです。この放送局が立つ前、ここにはオフィスビルが建っていたの、あおいちゃんは知っていますか。私はそこで働いていました。』
葵 へぇ~そうだったんだ。知らなかったな…。私、ここに来たのは半年ぐらい前だからな~。
[照明 キンセンカON]
キンセンカ(声) 『死因は過労死だったかと思います。別にブラック会社ってわけじゃなかったんですけど。とにかく、ここで死んでから私は、オフィスビルもつぶれ、この放送局が建ってもなお、ずっと動けないままなんです。』
キンセンカ(声) 『働き続ける毎日の中、体が徐々に限界を迎えていたことはわかっていました。それでも休むことができなかったんです。無理に仕事を振られていたとかじゃなくて、何ならその逆で。仕事が手元にないと落ち着かない状態になってしまっていて。仕事をしていない、何の役にも立っていない自分に、誰か価値を見出してくれるだろうか?要らないと思われてはいないだろうか。――そう思うと、自分から休むことができなくなってしまいました。』
キンセンカ(声) 『そしたら、いつのまにか体が限界を迎えて、デスクに座ったまま死んでいました。』
キンセンカ(声) 『職場の人たちは、私が職場で死んだってことを聞いて「見ていない間に仕事を一人で抱え込んでしまってたんだな。早く気がついてやればよかった、助けてやればよかったな」と、口々に言っていました。』
キンセンカ(声) 『「違う」って叫んだんです。仕事量が多すぎたとかそんなんじゃなくて。ただ、私を認めてほしかっただけだったのだと。たくさんの仕事をこなす私なら、必要としてもらえるかもしれないと思っていただけだったんだ、と。』
キンセンカ(声) 『それでも、私の声に誰も振り向いてはくれませんでした。当然ですよね。もう死んじゃってるんですもの。それで痛感したんです。誰かに言いたかったことも、死んだ後では何も伝えられないんだと。こうなってしまっては、どうしたって私の声は誰にも届かないんだと。そんな当たり前のことを、私は死んだ後に気が付いてしまって。』
キンセンカ(声) 『あおいちゃんはずっと無理せず自分のありのままを出しているのに、どうしてたくさんの人から声を聴いてもらえるんだろう。メールで話しかけてもらえるんだろう。――いいな、うらやましいな、ずるいなって。どうして私はそうなれなかったんだろうって。すごく妬ましくなってしまって。』
キンセンカ(声) 『それで、どうしようもなくつらくなって。あおいちゃんに当たることしかできなかった。あおいちゃんがここから逃げ出せば、私の気も少しは晴れると思っちゃったんです。迷惑かけてしまって、本当にごめんなさい。』
[照明 通常に戻す]
PCから顔を上げる葵。
葵 ほぁ~そっか……。
う~ん。私はね、「なんでこんなに頑張ってるのに休んじゃダメなの!? 私を認めない社会が悪い!」って思っちゃうタイプだからさ、完全にキンセンカさんの気持ちがわかるわけじゃないけど……。それでもあなたがすっごくつらかったことは文面からめちゃくちゃ伝わってるよ。
誰かに見限られるのが不安だったんだね。……でもね、そんなに不安にならなくてもさ、あなたは…。
指を組みなおし、一瞬、あ~…と言いよどむ葵。
矢島の声が頭に響く。
矢島(声) リスナーと必ず、真正面から向き合い続けるんだ。
葵は目を閉じて、軽く息を吸った。
葵 キンセンカさん、あなたは……あなたは、充分がんばっていました! すごいです!! えらい!!――でも、肩の力を入れすぎです!!
例えば深呼吸するのだってさ、一回息をぜーんぶ吐ききらないと、目一杯まで息吸えないじゃん? たぶんそれと一緒。頑張るのも大事だけど、同じぐらい休むことも実は大事なんです。
葵 ま、最強のあおいちゃんでもそれに気が付くのにめちゃくちゃ時間かかったしさ、気が付かなかったことは悪くない。それを知らなかっただけだから。人に助けを求めるのって怖いもんね~。なかなかできないよ。今回、あおいちゃんに言ってくれた、まずはそれが偉い! なので、あなたは休んでもいい。あなたは必要以上に頑張りすぎなくても、きっと大丈夫だったんです。
葵 もし、もしですよ?あなたが自分らしく生きてみたとしてですね。それでいくら職場の人があなたを見限ったとしても、あなた自身ですらあなたを認められなくても、あおいちゃんがあなたを好きでいます! ずっとあなたのそのままの姿を認め続けます! だって、あなたは十分すごいんです! がんばる方向は違ったかもしれないけど、それでも歯をくいしばって頑張ったんです!
――そこは紛れもない事実だから、あなたは誇っていいの。あおいちゃんが言うんだから間違いないでしょ?
葵 だから、「自分には何もなかった」だなんて思わないでほしいな。
もしそう思っちゃうときがあったらさ、また話しかけてよ。その時も今日と同じようにあおいちゃんが、あなたのことを認めるので! だから、あなたは誰からも見てもらえなかったことはないからね。たしかに今、あおいちゃんが見つけたから!!
そこまで言った葵は、頬杖をつき、椅子に座ったまま足をふらふらと動かした。
葵 でも、嬉しいな。
キンセンカさんがこんな話をあおいちゃんに打ち明けてくれたってことは、「あおいちゃんに話してもいい」って思ってくれたってことだよね。
それだけでも、私がここで喋っていた意味は、ちゃんとあったんだなぁ、って……。
思わず涙ぐむ葵。泣きそうになるのを吹き飛ばすように、底抜けに明るい声で言う。
葵 ……あぁ! ラジオやっててよかったなぁ、って!!
そう思えて本当に良かった。
葵 キンセンカさん。話を聞かせてくれて、本当にありがとうございました!
[PERSONALITYが流れ始める]
葵 キンセンカさんと話し終わってさ、皆と聴きたくなっちゃった曲があるんだよね。私がラジオのパーソナリティをはじめた時ぐらいに出会ってから、めちゃくちゃ大事にしてる曲。――それではお聴きください。高橋優で『PERSONALITY』。
[一番Bメロ入りで曲にかぶせてトークイン]
葵 というわけで、あっという間にお別れの時間になってしまいました!
来週はまた生放送なので、みんな、メールとかXでのポストとかでメッセージちょうだいね!絶対!!
[PERSONALITY F.O.]
葵は姿勢を正しながら咳ばらいをした。口を開く。
葵 でさ~、あおいちゃんにもね、いつも言わないで放送を終えてることが実はあるんだけど。なんか恥ずかしくて言えてなかったなってね~。
それでも今日さ、キンセンカさんの話聞いてね、やっぱり言えるうちに言っとかないとな~って思ったの。
葵の声色が変わる。
葵 ……だから、聞いてほしい。
葵 みんな、毎日いろんなことがあると思う。リスナーの中には、つらいことが多すぎて「もう死にたいな」って思ってる子もいるかもしれない。それでも毎週この時間に集まってくれて、ラジオをつけてくれて、あおいちゃんと一緒にいてくれてありがとう。そんなキミのおかげで、私は最強の私でいられているから。本当に。
葵 そしてこれは私のわがままになっちゃうけど。どうかまた一週間生き延びて、ここに集まってほしい。何も助けられないところにいるのに、ラジオでただ「生きて」って言うだけの私の言葉なんて、どうしても無責任に聞こえるかもしれないけど。
葵 それでもキミが大好きだから。顔も見たことないくせに、って感じだよね。でもね、……私にとっては、自分の話を聴いてくれる人間が1人でもいるってのが奇跡レベルですごいことだと思っているし、だからこそ私の話を聴いてくれるキミが消えてほしくない。1人でも。
今ラジオの前にいるキミは、もしかしたら明日が来るのがめちゃくちゃ怖く思ってるかもしれないし、生きてることにもう意味がないって思っちゃってるかもしれない。でも、どうか一週間後も、またラジオをつけて、あおいちゃんに会いにきてほしいんだよ! 来週も再来週もその次の週も、あおいちゃんがここで待ってるから。
葵 ――だから、キミは誰からも必要とされていないことは無いよ。
どうか胸を張って、生き延びてほしい。
葵 そして! キミも、今の私みたいにね、伝えたいことをぜひ言葉にしてほしい。伝えたい相手に伝られるうちに。言えるうちに。
言わなくてもわかるなんてことは、きっと限られているから。
せっかくある言葉を、その思いを! どうか誰かに届けてほしい!!
葵 ――きっとキミの言葉は、強くて温かくて、誰かの支えになるよ。
葵 それでは『森崎あおいの木曜夜だし喋らナイト!!』、ここまでのお相手はTHS放送局イチの最強パーソナリティ、森崎あおいでした!――また来週。
収録中であることを示す、機材のランプが消えた。
カフを下げて録音ボタンを押し、ヘッドホンを外した葵。一息つくと両手で頬杖をつき、スタジオをぼうっと見つめた。
葵 ……これが私の答えなのかなぁ。ってか、あれでよかったのかな。
わかんないや……。
葵 ――でも、やっぱりまだここにいたいなぁ。
そう呟くと、葵は口を閉じた。
その瞳はまっすぐと、何かを見つめているようだった。
葵 ――よし!
[PERSONALITY(4:25~)]
自分を奮い立たせるように声を出した葵は椅子から立ち上がり、後片付けを始める。
その姿は、今の自分自身にしっかりと誇りを持っているようだった。
[曲 4:51までで切る]
突然、葵のスマホから電話の着信が大音量で鳴りだす。
葵 キャーーッ!!
葵 ……あぁ…びっくりした、電話か……。
スマホを見た葵はぐっと画面をのぞき込んだ。
葵 やんさん!
スマホを耳に当てる葵。勢いよく喋りだす。
葵 もしもし? やんさん!!
もう! あとで合流するって言ってたじゃないですか! もうちょっと早く来てくれてもいいじゃないですか!!
葵 ……え? 何度も電話かけてた? 私に?
え、しかもスタジオに一回来たんですか? なんだ、それなら普通に入ってくればいいのに……。
葵 ……今、絶対なんかごまかしましたよね?
葵 はぁ…まぁ、もういいですけど……。
そうですよ! 結局全部、森崎ひとりで収録しましたよ!? もう、大変だったんですからね! いろいろと!!
葵 ……軽っ! ホントに「申し訳ない」って思ってます!?
はぁ……。……はい…下ですね、局前の道路で待ってたらいいですか? はい……。
電話を耳に当てたまま、スタジオを出ようと歩き出す葵。
すぐにピタリと足を止め、咎めるような声で言った。
葵 やんさん、さすがに深夜の外で森崎一人にさせるのはやめてくださいよ?
はい、今すぐ! 荷物をまとめて! 出てくる!! いいですね!?
葵 ……ホントにわかってます!? も~…。
再び歩き出そうとした葵だったが、また足を止めた。
葵 ………え? おばけ? 本当に出たかって?
深くため息をつき、スマホを耳から離して顔の前に持っていく葵。
スマホに向かって思いっきり叫んだ。
葵 しっかり出ましたけど!!
やんさんのバーーーーカ!!!
[完]
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