Barsaat 雨季のラーガ3
前項から引き続いて雨季のラーガの特集です。こちらも有料記事の体裁ですが、有料なのは投げ銭のためなので、実質最後の一文字まで無料でお読みいただけます。
さて、これまでずっとラーガの話をしてきましたが、Barsaat3はインド古典音楽のリズムの話です。インド古典音楽は、ラーガ(Raga 旋律)とターラ(Tala リズム)を軸として展開します。
前回、「午後の4つの色」のライブでは、1曲の中で4つの午後のラーガを演奏しましたが、ターラはすべて16拍子のTintalでした。
Tintalは4+4+4+4の16拍子。北インド古典音楽で最もポピュラーなターラと言っていいでしょう。図で Dha とか Dhin とか書かれているのが「口タブラ」としてもお馴染みの「ボル(bol)」、このボルで表されたリズムパターンをターラの「テカ(theka)」と言います。
区切り線の上に書かれた「+」は1拍目「サム(sam)」、周期のアタマの記号です。
「○」の方は「カーリー(khali)」と言って、これはちょっと説明が難しいのですが、日本語では「空拍」と訳されます。「区切り線ごとに手拍子を打ってリズムを示す時カーリーでは打たない」「カーリーではタブラの低音の音が入らない」等の特徴はありますが、これが何かという問いに真摯に答えるならば、「遠日点」というのが近いかな。つまり、サムが近日点でカーリーが遠日点です。こう、太陽から遠ざかっていった彗星が、遠日点を通り過ぎ、また太陽に向かってグンッと加速しながら近づいてくる感じ。もちろん、ターラの中で1拍ごとのテンポは変わらないので、これはあくまで比喩なのですが、テンポは変わらなくても拍の重みが違ってきます。Tintalや後述のJhaptalの場合、カーリーの節でふわっと軽くなっていき、そこからサムに向けて緊張感が高まっていく。あるいはグラフで書くと、y = -sin x みたいな感じ。三角関数なんて学校出たら使わないだろなんて聞き捨てならないことを言う大臣がいたので、ちゃんと使ってるところをお見せしとこうと思って。こんな感じで緊張と弛緩の間をうねりながらリズムが進んでいきます。
「カーリーのところでふわっと軽くなる」というのが重要で、これによってTintalがただの4拍子の連続ではなく、それぞれの4拍の重みが変わります。その重みの変化によって、16拍毎のグルーブが生じる訳です。
北インド古典音楽で使われるターラには6,7,8,9,10,11…16,17,18…といろいろな拍子があって、それぞれに決まった分割とテカがあり、カーリーの場所が定められています。カーリーは1つとは限らず、例えば28拍子のBrahmatalの場合は、2+2+2+2+2+2+2+2+2+3+2+2+2+1 = 28 で、3拍目、9拍目、17拍目と28拍目がカーリーになります。また、トータルの拍数が同じでも、この分割が違えば違うターラになります。DhamarとDeepchandiとAda Chautalはどれも14拍子ですが、それぞれ分割が違い、リズムのキャラクターも異なります。ラーガが単なる音階ではないのと同様に、ターラも単なる拍子ではないのです。
演奏時、ひとたび始まったターラはそのセクションが終わるまで変わることはなく、主奏者はその決まったリズムサイクルの上でラーガに基づいた即興演奏を繰り広げ、主奏者が即興を終えて最初に提示したメロディ(ガットとかバンディッシュとか呼ばれる)に戻ってくると、今度はタブラ奏者が即興の旅に出て、その間主奏者がリズムをキープ。それを繰り返しながらだんだんテンポを上げ、演奏が白熱していきます。
さて。
はー、長かったー。ここまでがターラの説明。ここからようやく本題です。
今回のライブでは、「3つの雨のラーガを3つのターラで」という企画を立てました。1つは先程の16拍子Tintal。では残りの2つは何か。これ実はラーガの選択とも関係してくるのですが、それは10拍子のJhaptalと、7拍子のRupaktalです。どちらも北インド古典音楽ではとてもポピュラーなターラです。
Jhaptalは 2+3+2+3 = 10拍子で、6拍目(3つ目の区切りのアタマ)がカーリーになります。ラーガに様々なムードやラサ(感情)があるように、ターラにも性格があって、Jhaptalは象です。象のように重々しい歩みのターラ。
Raga Meghの、実は定番とも言えるのがこのJhaptal。「雨季のラーガ1」で紹介した最初のリンクでもJhaptalが演奏されてました。人間の力のはるか及ばない自然現象の雄大さ、力強さ。それがこのターラの象的なキャラクターとマッチしているのでしょう。
一方、3+2+2 = 7拍子のRupaktalは孔雀の足どり。「サム」が「カーリー」という一風変わったターラです。涼やかで軽やかでどこか楽しげなこの拍子がマッチするのは、雨の中でもしっとりと情感豊かなRaga Desh。MeghでJhaptal、DeshでRupaktal。おそらくこれがどこからも文句の出ることのないキャスティングでしょう。
これは別にこうと決まっている訳ではなく、ラーガとターラは自由に組み合わせることができます。だから、例えばこの組み合わせを逆にすることももちろん可能です。ただしその場合、それは「敢えて」そうしているのだと受け取られるでしょう。例えて言うなら、学芸会でドラえもんを上演する時に、ジャイアン的なキャラクターの生徒にしずかちゃん役をやらせるようなものです。そこには当然何らかの意図があるだろう。その意図は果たして成功しているのか否か、そこが見所となってくる訳です。まったくインド音楽の世界は奥が深いですね。
という訳で今回もインド音楽夜話に長々とお付き合いいただきまして、どうもありがとうございました。コロナ禍の下での日々も15ヶ月を数え、今や飲食店もライブハウスも映画館も出演者も企画者も総じて皆青息吐息、かろうじて息をしているという状況だと思います。いろいろな考え方があるとは思いますが、僕にはどうしてもこの状況で「俺のオンガクを聴きたければ金を払え」「俺の作文を読みたければ(以下略)」みたいには考えられなくて、ライブも原則無料配信、作文も実質無料でお送りしています。お金はある人からいただければいいや、という。経済的に困窮の極みにある人にも音は届けたい。言葉も届けたい。ですので「俺にはこいつに払うだけの金がある!」という方は、どうかこの記事を買っていただけると助かります。あるいはこの下のサポートボタンから100円単位で任意の金額を設定することができます。ワクチンが行き渡り、コロナ禍が沈静化した暁にはまた大手を振って堂々と有料チケットを販売したりできるようになると思いますが、それまでどうか、何卒どうぞよろしくお願いいたします。
寺原太郎
2021.6.25 Khaliのスペル訂正しました
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