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117回医師国家試験 循環器内科医の視点から

循環器内科医として117回の医師国家試験の循環器分野の問題を解いてみました。細かいことも聞かれていますが押しなべて正答率が高く、年々学生が優秀になっているなあ、という感想でした。
今回はそのなかで正答率が50-80%程度だった、所謂割れ問に関して勉強がてら解説を書いていきたいと思います。

※解説に関しては個人的な視点のものであり、正確な解説に関しては成書などをご参考ください。


【117A71】若年男性の失神・心電図異常

22歳の男性。失神を主訴に来院した。中学生のころから健康診断で心電図異常を指摘されていた。5年前に失神した際に救急外来で頭部CT、脳波検査を受けたが異常は指摘されず、経過観察となっていた。本日、朝食後、失神したため当院を受診した。外来の処置室でも動悸と気が遠くなることを訴えている。既往歴に特記すべきことはない。母方のおじが14歳時に死亡している。身長153cm、体重46kg。脈拍64/分、整。血圧106/72mmHg。胸腹部に異常を認めない。血液所見:Hb 13.5g/dL、白血球7,600、血小板31万。血液生化学所見:アルブミン3.3g/dL、AST 24U/L、ALT 24U/L、CK 34U/L(基準30~140)、尿素窒素11mg/dL、クレアチニン0.5mg/dL、血糖94mg/dL、Na 136mEq/L、K 4.1mEq/L、脳性ナトリウム利尿ペプチド〈BNP〉27.2pg/mL(基準18.4以下)。心筋トロポニンT迅速検査陰性。来院時の12誘導心電図(39 A)と発作時の心電図モニターの波形(39 B)とを別に示す。
初期対応で行うのはどれか。2つ選べ

a β遮断薬静注
b ヘパリン静注
c ジゴキシン静注
d ループ利尿薬静注
e 硫酸マグネシウム静注


解説:
若年失神の現病歴、常染色体顕性遺伝形式をとる遺伝性不整脈を疑わせる家族歴、12誘導心電図のQT延長、モニター波形のR on T の心室期外収縮から非持続性心室頻拍(torsades de pointes)に移行している所見から、先天性QT延長症候群と判断します。

先天性QT延長症候群は、QT間隔の延長とtorsade de pointesとよばれる多形性心室頻拍を認め、失神や突然死を引き起こす症候群です。心筋イオンチャネルの細胞膜蛋白をコードする遺伝子変異によって発症する遺伝性疾患で、実臨床ではなかなかお目にかかりません。実際、過去の日本人の有病率は約1,100人に1人であり珍しい疾患ですが(Circ Arrhythm Electrophysiol 2013;6:932-8)、循環器を専門にしていればどこかで遭遇する疾患でしょう。

急性期治療:
TdPは多くの場合自然停止しますが、VFに移行した場合はただちに電気的除細動が必要となります。TdPの停止と急性期の再発予防には硫酸マグネシウム静注が有効であり、すぐに投与します。ほかβ遮断薬(プロプラノロール)静注も有効です。使用したことはありませんが、患者によってはリドカイン, メキシレチン, Ca拮抗薬(ベラパミル)が有効なこともあるようです。徐脈傾向でQT延長しハイリスクの場合はテンポラリーペースメーカーを挿入して、一時的にペーシングを行い心拍数を増加させることもあります。ほか一般論として低カリウム血症があれば、催不整脈性回避のため補正します。
⇒解答:a, e

予防のための薬物治療はβ blockerがメインとなりますが、実際は原因遺伝子にもよります。

本症例はClassⅡaで植え込み型除細動器の適応となりますが、若年であり、不適切作動含む合併症の観点からは、安易には勧められません。皮下植込み型除細動器だったとしても侵襲性は高く、徐脈に対するペーシングができないため、いずれにせよデバイス挿入に関してはリスクとベネフィットを評価のうえで本人・家族とよくよく相談することになるかと思われます。

遺伝性不整脈の診療に関するガイドライン(2017年改訂版)


【117A73】心房中隔欠損症

50歳の男性。動悸と息切れを主訴に来院した。高校生のころ、学校健診で心雑音を指摘され、心房中隔欠損症と診断されたが、投薬治療は受けていない。半年前から動悸と息切れを自覚するようになり、当院を受診した。脈拍80/分、整。血圧122/78mmHg。SpO2 97%(room air)。呼吸音に異常を認めない。経胸壁心エコー検査の傍胸骨短軸像(大動脈弁レベル)(No.40)を別に示す。心臓カテーテル検査で平均肺動脈圧30mmHg、Qp/Qs 3.1であった。
この患者の病態で正しいのはどれか。2つ選べ

a 肺高血圧を認める。
b 心房細動を合併しやすい。
c 肺血流量は体血流量より減少している。
d 抜歯時に感染性心内膜炎の予防的抗菌薬投与が必要である。
e 提示した心エコー図では右房から左房への血流が認められる。


解説:
先天性心房中隔欠損症(ASD)の問題です。欠損孔20mm程度?

a 平均肺動脈圧が20mmHgを超えており、肺高血圧を認めます。
b ASDは高率に心房細動を合併する疾患として有名です。普通に考えれば右房負荷によって右房側に基質が形成されると考えますが、どうやらそう単純な話ではないようです。実際私が経験した症例でも、肺静脈隔離術のみでその後も洞調律を維持していました。
c 体循環(Qs)と肺循環(Qp)は脇道=シャントがない限り同じであり、Qp=Qsとなります。ASDではアイゼンメンジャー化していなければ左房→右房シャントとなり、左房→右房→肺動脈→肺静脈→左房のループを作ることなるため、Qp>Qsとなります。
d (二次孔型)ASD単独では感染性心内膜炎のリスクとならないため、先天性心疾患では例外的に不要とされています。感染性心内膜炎は何らかの傷害を受けた内膜に細菌がコロニー形成ことが原因と考えられており、ASDはおそらく心房という低圧系内でのシャントのため内膜に障害を起こしにくいためと考えられます。

感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン. (2017 年改訂版)
感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン. (2017 年改訂版)

e ドップラーは近づけば赤、遠ざかれば青色付けされるため、シャント血流の方向は左房→右房となっています。アイゼンメンジャーにはなっていないようですね。

⇒解答:a, b

手術に関して:
一般的にはQp/Qsが1.5を超え、肺血管抵抗が高値でなければ手術適応となり、開胸でのパッチ閉鎖術かカテーテル的閉鎖術(主に二次孔欠損型)になります。カテーテル手術は認定施設が少ないものの、ある程度の解剖に対応できるようになってきており、開胸術とするかカテーテル手術とするかはハートチームで相談することになります。

心房細動に対しては開胸術であればMAZE術が追加となりますが、最近はカテーテル閉鎖術の場合はアブレーションが検討されます。一応カテーテル閉鎖術後も心房中隔穿刺は可能なようです。


【117B29】心不全の身体所見

76歳の女性。高血圧と慢性心不全のため入院していた。退院後は自宅近くの診療所に通院し、かかりつけ医の指導により自宅で毎朝体温、脈拍、血圧および体重の測定を行い、下腿浮腫の有無を確認している。体液の過剰状態を早期に判断するために最も信頼度が高い項目はどれか。

a 体温
b 脈拍
c 血圧
d 体重
e 浮腫


解説:
正直悩ましい問題かと思います。
基本的に下腿浮腫はうっ血がある程度進行してから出現する所見です。なので早期に判断するという観点からは体重変化のほうが信頼度が高くなります。
ただ体重は心不全以外の要因でも変化するため、現実的には下腿浮腫のほうが " 心不全らしさ " は上がりますし、疑わしければ身体所見だけでなく他の検査と合わせて多角的に評価します(レントゲンや採血でBNPなど)。
指標としての体重の重要性を言いたい問題なのだと思います。
⇒正解:d


【117D2】 低心機能に注意すべき薬剤

左室駆出率が低下した心不全を増悪させる薬剤はどれか。

a スタチン
b ベラパミル
c ACE阻害薬
d SGLT2阻害薬
e プロトンポンプ阻害薬


解説:
意外と正答率の低かった問題ですが、実臨床では結構重要な知識です。
ベラパミルは非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬であり、降圧目的に使用されるジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬とは異なり、主に不整脈に対して使われます。
ベラパミル感受性心室頻拍などの特殊な条件を除けば、頻脈性心房性不整脈(主に心房細動)に対するレートコントロール目的に使用されます。救急外来では点滴IVできる " 切れ味のよい薬剤 " として頻用されていますが、循環器内科医であればこのベラパミル投与で痛い目にあった経験、もしくはそのような現場をみた経験があるのではないでしょうか。
ベラパミルはそこそこ強い陰性変力性作用を持っており、もともと心機能低下を伴っている症例や高齢者では、血圧が下がったきり上がってこなかったり、心不全になることがあります。安易に使用されていることも多く、個人的には怖いなと思っています。必ず心エコーで心機能評価してから使用を検討し、不安であれば最近は貼付薬の選択肢もあるビソプロロールで十分だと思います。
⇒正解:b

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