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「ある」世界と「ない」世界で

夜。
道を歩いていると、初見で「好みだ!」と感じる男性(浅田)を見つけたミキ。さっと歩み寄り声をかけ、彼の家に転がり込んだ。
肌を重ね合ったあと、眠そうな目で浅田がつけたテレビを眺める。昔観たことのある再放送のドラマだったが、だんだんイライラしてくる。

ミキ「あ〜もう、もどかしいなぁ! ちゃっちゃと『すき』って言やぁいいじゃん!」
 ふとんの上にあぐらをかき、テレビに向かって悪態をつく。
 浅田、おどろいてミキの横顔を見る。

浅田「なにそれ……?」
ミキ「は?」
浅田「だから、さっきの言葉、なに?」
ミキ「さっきのって、どれ?」
浅田「『ナントカって言えばいいじゃん』って」
ミキ「あぁ、『すき』? だってもどっかしーんだもん、このドラマ!」
 浅田、テレビに視線を向ける。

 テレビ画面が映る。男女の告白のシーン。

ミキ「だって、告白のシーンだけでもう何分放送してるわけ? 『月がきれいですね』? 『君の髪はまるで、流れる天の川のようだよ』? くどくどくどくど、おんなじようなことばっか! 『すきだ!』っつって抱きしめりゃいい話、それで終わりじゃん。このドラマ、昔にも観たことあるけど、こんなんだっけ?」
浅田「だから、ソレ、なに?」
ミキ「だから、なにって、なによ?」
 眉間にシワを寄せる
浅田「聞いたこともないんだよ、そんな言葉」
ミキ「は?」
 互いにまじまじと見つめ合う。
 しばしの沈黙。

ミキ「聞いたことがないって……『すき』を?」
 浅田、こくりと首を縦に振る。

ミキ「意味わかんない!正気!? そんな人間いるの?」
 ミキ、ふとんの上に立ち上がり、声を張り上げる。
 浅田、ミキを見上げる。
浅田「(なだめるように)と、とりあえず、服着よ?」
 ミキ、不機嫌な表情に。ふとんの上に座り直し、脱ぎ散らかした服を身につけはじめる。
ミキ「あんたも着なさいよ」
 浅田、自分の身体に視線をやり、ハッとして服を着る。

ミキ「(いぶかしがる表情で)ねえ? 冗談で言ってんじゃないよね?」
浅田「そう見える?」
ミキ「出会ったばっかだから、よくわかんないよ」
浅田「僕は正気のつもりなんだけど。そこまで言われたら自信なくなってきたよ」
 鼻を鳴らし、浅田をにらむ。
ミキ「自分のことを、簡単に疑うなっ」

 ミキ、浅田の部屋を見まわし、本棚から漫画を抜き取る。

ミキ「じゃあ、この漫画はなに!?」
浅田「(困惑しながら)なにって……」
ミキ「『すき』だから買って置いてあるんじゃないの!?」
浅田「だから、それがわかんないんだって……」
ミキ「じゃあ、この漫画はなんで買ったの? なんで売らずにとってあるの?」
浅田「う〜ん。僕、その作家のばっかり集めてんだよね。なんでかって……なんだろう、普通の人があんまり描かないような暗さがあって……。実は僕の中にも同じものがあるなって思って。見透かされてるようなこわさが、なんかクセに」
ミキ「(浅田の言葉をさえぎって)要するに、この人の描く漫画が『すき』ってことなんじゃん!」
浅田「……って、言われてもなぁ、ピンとこないよ」
 ミキ、どんどん表情がくもる。

 ● ミキモノローグ
 「すき」が通じないことなんてあるの? さっき頭打って、私変になっちゃった……?

 ● ミキ回想
 よそ見して道を歩く。電柱に頭を強く打ちつける。視界がぐらつき、数分座り込む。ぐるぐるする身体。状態が良くなると再び歩き、浅田と出会う。

 ● ミキモノローグ
  直感でなんとなく「すき!」と思ったから声かけたのに。もしかしてそれもあんまり伝わってない……?

ミキ「ちょっとトイレ借りる!」
 ふとんの上を抜け出し、トイレへ入る。
 トイレの本棚にある漫画を手に取る。
ミキ「なつかし……」
 ページをぱらぱらめくる。
ミキ「ん……?」

  ● ミキモノローグ
 なにこれ! 「すき」って言葉が入る箇所、空欄じゃん? えっ、このページも。ここも。ここも!?

 ミキ、すごい勢いでトイレから出る。早足で浅田の本棚へ寄り、CD、本など次々と手に取る。
浅田「(おどろいた表情で)待って、ほんとなんなの!?」
ミキ「このアルバムも、この小説も、私だって全部知ってるのに、なんで全部、「すき」も「LOVE」も消えちゃってるの!? 本当になくなっちゃったの!?」
 涙目になるミキ。
浅田「(慌てながら)なにも泣かなくたって! 落ち着いてよ! さっきから言ってる意味わかんないけど!」
 浅田、慌てる。

 部屋の真ん中で見つめ合うふたり。
 困惑する浅田の顔。 

* * *

・ミキ目線と浅田目線で、交互に話が進んでいく
・「すき」がない世界の謎を解くため、会話や一緒にいる時間を重ねていく中で、お互い惹かれ合う。
・「すき」を他の語彙で伝えられないミキと、「すき」以外の言葉で表現する浅田にすれ違いが生じる。
・互いに気持ちを通わせるため、「すき」の意味を考えはじめる浅田と、「すき」以外の語彙力を磨くミキ
・ふたりは無事、気持ちを確認し合い結ばれるのか……!?

* * *


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