Re: と Fw:

この文章は2005年に書いたものの再録です。

メールに返事を書くとき、または転送するときに、大抵のメールソフトでは、件名の先頭に「Re:」ないし「Fw:」が自動的に添付されるように作られています。

いままで僕は、ずっと「Re:」はreply（返事）の略または「～に関して」という意味をもつラテン語の「re」のことで、「Fw:」はforward（転送する・回送する）の略だと思っていたんだけれど …なんかね、そうじゃないみたいなんですよね。

どうもこれらの略号は、ネットワークの初期にメールシステムを構築した２人の研究者の名前を記念してつけられたものらしいんですよ。

1. Re:

インターネットが生まれるずっと前・1960年代の後半に、米国防総省の研究開発部門であるARPA（高等研究計画局）にて、初めての分散型コンピュータ・ネットワーク、「ARPAネット」が作られました。

ソビエト連邦（現在のロシア）との冷戦を背景に、特定箇所を核攻撃されても生き続ける電子計算機システムの開発が、当時のアメリカにとって急務だったんですね。

まだ実験段階のARPAネットは、軍や研究施設そして大学のコンピューター50台をつないだ小規模なものでした。「国防総省」といえば重く冷たくお堅いイメージ、しかも冷戦による国家的要請を背景にしてはいましたが、その場所は若い研究者や学生たちが集まり、昼夜を問わず、物理的な距離をこえたコミュニケーションの面白さに没頭していた素朴で楽しい世界でした。

なかでもミシガン州立大学の学生だったリック・エドワードは、今で言う「ネット廃人」のような状態でした。あらゆるメールに速攻でメールを返す彼の名前はARPAネットの全ユーザーに知られ、「返事のリック」というあだ名で呼ばれていたそうです。

陽気な性格で冗談が好きで、誰からも愛されたリック。ちなみに、世界で初めてナンパメールを書いたのも彼だとされています。そんなリックは、彼のイニシャル「re」を必ずメールの先頭に書いていました。

そして時が経つにつれ、いつしか「Re」はARPAネットの世界でメールの返事を表す符牒になり、ユーザー数が10,000のオーダーを越えた頃から、やがて正式なマナーになっていきます。

今もメールソフトに残る「Re」は、愛すべき「返事のリック」の名前が起源なのです。

2. Fw:

「返事のリック」こと陽気なリック・エドワードの名前を起源にもつ「Re:」。しかしその一方で、「Fw:」の起源には悲しいストーリーが存在しています。

「Fw」は、Reがリック・エドワードのイニシャルだったのと同じく、カリフォルニア州立大学の日系人研究者、フミタカ・ジョン・ワカクラ（日本名・若倉文隆）のイニシャルです。そしてフミタカもリックと同じく、後のRFC822（＝ARPAネットの標準テキストメッセージプロトコル）の研究をしていた一人でした。

良くいえば日本人らしい実直なスタイル、悪くいえば地味で目立たない研究を続けていたフミタカ。その名前は、当時のARPAネット内でもほとんど知られていなかったのですが、ある日突然、彼は全ARPAネットで一番の有名人になります。

1971年5月12日。それは彼が、深夜のフリーウェイで事故死した日の７日後でした。

大学から帰宅する際の運転中、ひどい酒酔い運転のトレーラーによってフリーウェイの壁面に叩きつけられた彼（即死でした）の死後、７日目。教会での葬儀も終わり、研究室がまた以前の落ち着きを取り戻しつつあったその日に、カリフォルニア州立大学のコンピューターから全ARPAネットのユーザーに向けて、あるテキストメッセージが送信されました。

　親愛なるARPAネットの皆さんへ。

　このメッセージを皆さんが読んでいるということは、わたしはもうこの世にはいないのでしょう。
　
　おそらく皆さんがこのメッセージを読んだ日の７日前、わたしは何らかの原因で、突然の死を迎えているはずです。

　親愛なるARPAネットの皆さん。私たちのネットワークはまだ小さいですが、この技術は戦争以外にも、必ず世界を幸せにする可能性をもっていると思います。
　
　なぜなら私は、こうして私自身の死後も、カリフォルニア大学のコンピューターに密かに忍ばせた自動プログラム（わたしが７日間ログオンしなかったら起動するよう設定しました）を通じて、私が愛するARPAネットの皆さん、そして誰よりも好きなクレアに、感謝の気持を送信することができるからです。
　
　皆さん、本当にありがとう。
　私が成し遂げられなかった仕事を、どうか世界の人たちの幸せのために、完成させてください。

　そして愛するクレアへ。
　日本にはね、サンズノカワという伝説があり、人は死んでから７日目で、死後の世界を流れているサンズノカワという川を渡るといわれているんだ。
　
　その川は君のいるこの世界と天国との間に流れる川で、僕はその日を境に、大好きな君のいるこの世界と本当にバイバイしなくちゃならない。
　
　でもねクレア、僕は何も心配していない。
　誰よりも賢くて強い心を持つ君だから、君は必ず僕の死もしっかりと乗り越えて、すぐに幸せを掴むことができると思う。

　クレア、いままで本当にありがとう。天国から、いつまでも君を見守っているよ。　

　愛をこめて。
　誰よりも幸せだった、フミタカより。

転送・回送を表す略号『Fw:』。それは、天国からお別れのメールを転送したフミタカの名前を記念して、作られたものだったのです。

＊以上、単なる妄想でした。