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社会主義的な「平等」の危険性

張陽さんのYouTubeでGame Stop株取引に於ける機関投資家と個人投資家の戦いに証券会社が介入して買いを停止して売りだけにしたことを大統領選挙と同じだと言及しました。民主党は選挙で勝てないと見るとルールを変えてトランプ票を奪うことにしたと。証券会社は極端に機関投資会社が損失を被らないよう平等性を考慮したと弁明したそうです。

この「平等」と言うのは耳障りが良く、もっともらしく響きます。しかし、この証券会社の言っている「平等」は「結果」の平等なのです。彼らが提供すべきは「機会」或いは「ルール」の平等でなければならないのです。例えば、信教の自由とは、どの宗教を信じようがそれは個々人の自由であることが平等の権利であること、機会の平等です。言論の自由は、あなたと意見が違ってても私は私の意見を述べる自由があること、機会の平等です。

張陽さんは鋭いことを言ってました。日本は赤化(社会主義化)が進んでいると、。それは親中派の政治家が居るとか、政府が中国に忖度しているとかではなく、一般国民の感覚がそうだと言います。なぜなら税金は金持ちから多く取ることに9割以上の日本人は当然だと思っていると彼は言います。しかし、金持ちは盗みをやったり法律違反をして金儲けをした訳ではないハズなのに、所得格差の是正の名の下、金持ちから多くの税金を徴収することを当たり前だと思っていると、。

皆、やってる仕事が違えば所得は違ってくるのは当然ですが、結果を平等にしようとする力が働くようです。これが社会主義化へのマインドだそうです。これは個人的にもずっと気になっていたことです。事例として、繁忙期に労働者を雇用するとします。最初に雇った人の日当が1000円だとします。それに労働者は納得して働き始めます。ところが会社側は、まだ人手が足りず求人を続け後から雇った人の日当が1200円だったとします。最初に雇われた人は、同じ作業をやっているのだから自身も平等に1200円にするべきだと主張したとします。これをその通りだと思う人とそれぞれの契約は双方が納得したのだから別の契約内容を比較して平等を主張するにはおかしいと思う人の違いがあると思います。

よく考えれば、これらは全て非支配層レベルでの話で、支配層は全く違う論理で動いていることは社会主義、共産主義の歴史が証明しています。それ故に米国の言論抑制や民主主義の根幹である選挙の不正は大きな危険性を示しています。

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