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コロナ(中共)ウィルス感染顛末記

コロナウィルス感染の経験をシェアします。

まず、初めに軽い悪寒を感じ出したのは12月5日(土)の昼食後でした。当日の午前6時5分の体温、36.5℃。土曜出勤でした。定時後、いつも土曜日の夕食で訪れるマラテのタナベへ移動しました。夕食には何か暖かいものを軽い悪寒を感じていたので注文しました。夕食を食べ終える頃には悪寒は悪化しているように感じ急いで帰宅しました。

翌日の予定はキャンセルして自宅療養を行いましたが、12月7日(月)の朝に5時17分には体温38.3℃になり会社を休み産業医の指示に従ってカルモナ病院でswabテストを受けました。
翌日12月8日(火)は体温は37.4~5℃で推移し、9日(水)は午後2時50分頃38.3℃になりました。発熱に伴って頭痛が酷くなり、両こめかみから締め付けられるよう感じる痛み。

9日(水)にはテスト結果の陽性が判明し10日(木)にSt.Luke’s病院へ入院しました。救急窓口でもコロナ陽性検査を行い、胸部のレントゲン写真を撮りました。肺炎と診断され、病室へと移動しました。

当日からアビガン投与が始まりました。入院した当日か翌日か覚えていませんが看護師から高額治療(10万ペソ)を選ぶかどうかを尋ねられましたが、今何をやってるのかも分からないので分からないと答えました。12月15日(火)までアビガン投与が続けられましたが、胸部のレントゲン写真を撮ると肺炎が悪化していると医者から言われ、レムデシビル投与へ切り替えると言われました。入院当初から体温は37.7℃位を維持してましたが12日(土)には38.3℃に再び上昇しました。その後、36〜37.9℃を上下しながら13日(土)に38.1℃になりました。

多分15日(火)からレムデシビル投与を始めたと思います。医者は5日間投与すると言ってました。投与のその日の夜から一気に平熱へ戻り、深呼吸時の咳も出なくなりました。次の日には、呼吸訓練用のツールを使って毎日深呼吸のトレーニングを始めました。最初は直ぐに咳込んで500mlくらいしか吸えなかったと思います。次の日には1000mlを超え、徐々に増えていき咳も出なくなりました。

レムデシビル投与中も血糖値が異常に上昇する症状が出てインシュリン注射を2回か3回されたと思います。結果、12月23日に退院しました。

入院中はマカティ市のCESUという部署から毎日の容態を尋ねるテキストメッセージを受けとりました。退院時は、Medical Certificateの写真も送付しました。12月27日(日)までは自宅検疫をする医者の指示書になります。

最後に感染について、これは分かりません。基本、自宅と職場の往復、毎週土曜日の夕食は外食で個室或いは広い場所のテーブルを一人で利用するくらいです。職場内もいつも通るルートを決めて、昼食の弁当の受け取りも最短で行うように心がけていました。帰宅後は、直ぐにシャワーを浴びて着替えを終えて夕食を準備したりしていました。このような行動が多少変わったのは12月に入り帰宅時の交通渋滞が酷くなったので定時後に3F会議室を使わせてもらいトランペットの練習を始めたことです。会議室のドアノブを触ったり、トランペットのマウスピースを触ったりしたこと、そして練習後帰宅してシャワーを浴びずに夕食を取り就寝したことが数日ありました。もしかしたらこの間に感染していたのかも知れません。トランペットの練習にはアルコール消毒を頻繁に行う必要があると反省しています。




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