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高知刑務所で芝居をする

高知市に住んでた時、当地の“劇団ゆまにて”に所属してました。偶然ラジオで劇団員募集を聞いて、元々趣味で8mmフィルムで映画を作っていたので演出の勉強が出来ないかと、劇団の練習場所へ行って代表に訊ねました。代表は演出家の武市哲夫氏でした(現在は、吉本智佳子さんが代表)。演出の前に役者を経験することが早道と言われ役者で参加する事になりました。

芝居の稽古は週2回、夜に行われていました。演出の武市氏が、つかこうへいと交流があった為、過去には「熱海殺人事件」などの芝居をやってました。ペースとしては年2回公演。私が参加した時は、次の公演に向けてのメンバーを募集してた時でした。演目は「四万十川絶えむ日にこそ」、武市演出のオリジナル作品でした。タイトルは、万葉集の「わたつみの海に出でたる飾磨川(しかまがわ)絶えむ日にこそ我(あ)が恋止(や)まめ」を捩って付けたものです。物語は終戦間際の土佐中村を舞台にした文学青年の兄妹の反戦活動と軍事訓練の間での葛藤を描いたもの。私の役は、戦地で負傷して帰省した復員兵で村人に竹槍訓練を教える正造でした。

公演は、高知県民文化グリーンホールで行い(1回のみ)。結構評判が良かったのか、後日劇団に高知刑務所から慰問で所内で「四万十川絶えむ日にこそ」を演ってもらいたいと依頼が来ました。移動の足と昼食は刑務所が提供するとのことでした。

高知刑務所での芝居の当日、約束通り刑務所からバスが迎えに来ましたが、窓が金網で覆われた所謂、護送車でした。劇団員共々顔を見合わせて笑いながら乗り込み高知刑務所まで移動しました。初めて入る刑務所は興味深かったです。全ての扉にドアノブが無く、刑務官はポケットに入れた鎖で腰のベルトに繋がれている鍵をドアの鍵穴に挿し込んでドアノブの代わりにしてました。

公演準備が整い会場が暗転した状態で受刑者が会場入りしました。ステージからは顔は良く見えないようになってました。芝居は練習通りに進み、笑うところでは笑ってもらい、悲しい場面では啜り泣きの声も聞こえました。最後の感動する場面では、シーンとするのですが「ファ〜ハ」とこれ見よがしにあくびをする受刑者もいました。芝居の終了後は、直ぐに幕が閉じられましたが、幕の向こうから盛大な拍手を受けました。

これも事前の約束通り、別室で昼食をご馳走になりました。刑務官から本日の食事が刑務所で出される食事としては比較的良いものと言われましたが、びっくり。スーパーで普通に売ってるようなビニール袋に入った茹でたそば(冷たい)をそのままプレスチックの皿に載せて、ツユはただの醤油。出されたものだから我慢してでも食べましたが、臭いメシとは良く言ったものだと思いました。

後日、劇団には受刑者による感想文が多数届けられました。所々黒く墨で塗りつぶされてましたが、どれも綺麗な字で芝居の内容を深く理解した感想で劇団員皆感心してしまいました。どうやらあくびをした受刑者は暴力団関係者のようでした。感想文には、記憶が曖昧ですが犯罪名も載っていたと思います。

新加入でしたがいきなり2つもの公演を演って(主役じゃないですが)、要領を掴み始めました。そして、武市演出から次回作の題名と主役を含む配役が発表されました。なんと私が主役になっていました。驚いくと同時に大丈夫かとも思いましたが、受けることにしました。しかし、これから練習が始まると言うタイミングでY社の本社転勤が決まったのでした。希望してた海外部門でしたから当然転勤を優先して主役の交代をお願いしました。その芝居の公演当日は、会社で休暇をいただき静岡から高知まで行って芝居を観て、後の反省会に参加させてもらい盛り上がりました。今、思い出すと良い経験だったと思います。

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