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アマゾンの街で障害事件として訴えられる

ペルーの地方の職業訓練学校の教師として授業を持ってた時、当地の中国人蔑視の影響を受けました。学校の特性上、職を持たない若者(と言っても15〜40歳くらい)が学生でした。ほとんどの学生は、リスペクトを込めてプロフェ(プロフェソール=先生の略)と私のことを呼んでくれましたが、1人の年長の学生がいつもチーノ(中国人=イントネーションで蔑視とも愛嬌とも取れる)と私のことを呼んでました。

何度か注意して国籍で呼びたければハポネス(日本人)で良い、チーノは教師に対して使う言葉では無いことを告げていました。ある時、懲りずにチーノと呼びつけてきたので、「再三そのような呼び方をしないように言ってるのに改めないのなら、今度言ったら鉄拳を喰らわす」と本人に告げました。すると、後ろにいた友人に向かって「このチーノが俺を殴るって!」と、ふざけて笑いながら応えました。思わず顔面に1発言った通りに鉄拳を喰らわしました。

当たりどころが良かったのか悪かったのか、口元が裂けて血が噴き出てくるのが分かりました。本人も慌ててシャツで止血しようとしましたが血がなかなか止まらずにシャツが血に染まってしまいました。

後日、近くの警察署から私に事情聴取のため出頭するようにと学校へ電話がありました。校長は、私が着任して数ヶ月しか経ってなく、言葉も不自由だろうからと誰かを付き添わそうと申し出てくれましたが、自分のことは自分でやると断り1人で警察署へ向かいました。警察署では、経緯をそのまま伝えました。

それから1〜2週間くらいして裁判所から出廷するよう通達が来ました。これも1人で行って事前聴取を受けました。どうやら裁判にするかどうかを審査する場のようでした。加害者(私)と被害者(学生)の両方から直接意見を聞いて判断するようでした。先方は、母親を同伴して来てました。私は警察署で話した経緯を繰り返しました。審査官は、なぜここに住んでいるか?と質問したので国際協力ボランティアとして自動車整備を教えていると応えました。すると「君、若いのに偉いね」そして、相手になぜ先生をそう呼んだのか?と質問すると無言で応えません。

ちょっと間を置いて審査官は、「この国の発展のために来てくれてる先生に対してリスペクトも無い態度はけしからん、そんなことを裁判で取り上げる訳ないだろう」、母親へ「息子の教育くらいしっかりやりなさい」と言い出しました。母親は息子に怒りながら、「だから言ったでしょ!こんなの裁判にならないって!」と直ぐに息子を引き連れて帰って行きました。

審査官は私に肩を組むみ顔を近づけて小さな声で、「今度やるときはボディを狙え、顔は目立つからなぁ」と言ってニヤリとしました。

着任してあまり時間が経ってなく、見るもの聞くもの職場の雰囲気、同僚たちの怠惰な姿すべてにイライラを募らせていたため、半分どうにでもなれ的な気分で裁判所へ行ったのですが、意外な対応にペルー人も話の分かる奴が居るんだな〜と一気に気が楽になったことを覚えています。その後は、それまで以上に同僚と学生からリスペクトされるようになりました。

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