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夏目漱石「坊ちゃん」を読む

"親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている。”で始まる小説「坊ちゃん」。何度もドラマや映画化されてはいますが、どうも物語は松山の学校教師として活動した破天荒さが強調されています。確かにそのエピソードが作品の中心になっていますが、私はどうしても実家の下女、清と坊ちゃんの心の繋がりに注目してしまいます。

坊ちゃんの家族は、父、母、兄、坊ちゃん、そして住込みの下女、清で構成され作品が始まります。無鉄砲で暴れん坊、勉強嫌いな坊ちゃんと色白でガリ勉風な兄がいつも比較され、両親から叱られっぱなしの坊ちゃんといつも庇い続ける清の姿があります。坊ちゃんはあるとき清になぜいつも庇うのかと訊きます、すると「あなたは真っ直でよいご気性だ」と褒めます。母が亡くなった後、清は父親に気付かれないようにおやつや夜食、小遣いまで坊ちゃんに与えます。坊ちゃんは贔屓は嫌いだというと清は、お兄様はお父様からいつも貰っていると動じません。また兄は色白でとても役に立つ人にはなれないと言い、一方坊ちゃんは立派な人になると言い続けるものだから坊ちゃんはだんだん自分もその気になったとも。父も亡くなり、兄が就職で九州へ行くことが決まり、家屋敷を売り坊ちゃんも一人で生活を始めます。清は甥っ子の世話になります。清は、坊ちゃんが結婚して家を持ったら一緒に住まわせて欲しいといつも懇願していました。

その後、職を得て松山でのエピソードが始まります。赤シャツ、山嵐、マドンナなど色々なキャラクターが登場します。ここが作品の中心になっています。学校を辞職して東京に戻った坊ちゃん、この小説の最後に付け足すように書かれた部分、、

”清のことを話すのを忘れていた。-おれが東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄を提げたまま、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊ちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙をぽたぽたと落とした。おれもあまり嬉しかったから、もう田舎には行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。
その後、ある人の周旋で街鉄の技手になった。月給は二十五円で、家賃は六円だ。清は玄関付きの家でなくても至極満足の様子であったが気の毒なことに今年の二月肺炎に罹って死んでしまった。死ぬ前日おれを呼んで坊ちゃん後生だから清が死んだら、坊ちゃんのお寺へ埋めて下さい。お墓のなかで坊ちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。だから清の墓は小日向の養源寺にある。”

これで小説は終わります。明治39年の作品です。多分10代の頃より読んでいるこの作品、松山のエピソードばかり印象に残っていましたが、年齢を重ねてから読み返すと、清の一貫した坊ちゃんに捧げる愛の深さに感動してしまいます。坊ちゃんの清への信頼の深さ、彼女だけは坊ちゃんの味方だと子供の頃からの自然な思いが朴訥とした語り口の中にも表れています。明治の文豪の作品は、素晴らしいです。

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