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Spetsnaz サロン 第36夜

第36夜 若かった 何もかもが

私の乏しい人生経験から申し上げると、携帯ショップの店員さんには2種類のタイプがいる。異常なまでにフレンドリーなタイプと、異常なまでに機嫌が悪いタイプだ。「フォトビジョン」に初めに食いついたのは、たんぽぽの方だった。私が機種選定に真剣になっている間に、何やら店員と話しこんでいるなと思ったら、前者のタイプの店員による「フォトビジョン」のプレゼンに洗脳されかけていたのだ。店員のプレゼンは秀逸だった。「フォトビジョン」無くして未来はない、「フォトビジョン」こそ至高、「フォトビジョン」は希望、、などとまくし立てては、世の中の喜も悲も知らぬ小娘ではイチコロだろう。その様は、隣で懐疑的に聞いていた私ですら、一家に一台「フォトビジョン」と最終的に判断させるくらいであった。たんぽぽはすっかり「フォトビジョン」にほれ込み、買おう買おうと私の腕をゆすってくる。私は体をゆすられたので、その反動で不本意ながら触れてしまった感じを装いつつ、(いつものように)たんぽぽの乳に触れようと試みたが、たんぽぽは意外にも乳触れに対してノーガードで、私はいともかんたんに乳触れ(がっつりパターン)に成功してしまったものだから、私は席をスックと立ち上がり


「こんなもん、契約に決まっとるがや(キツめの名古屋弁で)」

と叫んだ。

赤裸々に打ち明けるならば、私は「フォトビジョン」の性能や機能に舌を巻いたわけではない。「フォトビジョン」というツールで未来永劫育まれる、私とたんぽぽとの愛(LOVE)にときめいていたといった方が妥当であろう。お互い2人しか知らない番号であんな写真を送ったり、送られたり。これから数多と作られる二人の思い出を共有デュフフみたいな具合で、契約書に判を押した次第だ。2年契約については判を押した後に聞かされたが、半勃起した男根の前ではそんな縛りは無意味でしかなかった。こうして私はソフトバンクの携帯と「フォトビジョン」を契約し、たんぽぽと2人で秘密の番号を共有した。私たち二人だけの番号。二人だけの秘密。胸が高鳴らないわけがなかった。

その夜、たんぽぽの家で手作りハンバーグを食した。硬めのウレタンのような味わいだったが、幸せでおなかは満腹である。食事中、たんぽぽが北海道出身であること(色白で華奢、北の女は美しい)、大学の為に名古屋にやってきたことなどを話した後、徐にたんぽぽは留学によって別れることになった元カレへの未練話をしてきた。正直、どういう神経しとるんだて(キツめの名古屋弁で)と内心は思ったが、私は大人である。晴れた摩周湖を撫でる風のように穏やかな表情で「辛かったね(でもそんな男のことなんか忘れるくらいこの俺とLOVEしようぜ)」と言った。それでもたんぽぽは元カレの話をやめない。正直、頭おかしいんかと内心では思ったが、どこまでも続く北海道の地平線のような穏やかな表情で「うんうん(そろそろキスしていい?)」と言った。それでもたんぽぽは元カレの話をつづけるので、喉まで出かかった「セックスしよ!」の言葉を硬めのウレタンバーグと一緒に飲み込んだ。今夜はこれでいい。若い二人には未来しかない。

帰り際、たんぽぽは駅まで見送りに来てくれた。たんぽぽの事を愛しすぎて、別れを惜しむ私にたんぽぽはそっとキスをした。「またすぐ会えるよ」とはにかむたんぽぽを、私は一生守ると誓った。

結局のところ、貴方が受け取る愛は貴方が与える愛と等しい

アルバム「Abbey Road」の最後の曲でビートルズが歌ったフレーズである。私はこの日、たんぽぽから与えきれない愛を受け取ってしまったのだが、この日を最後に私がたんぽぽと再び会うことは無かった。

《続 次回完結》

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