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Spetsnaz サロン 第37夜

第37夜 あのスニーカーはもう捨てたかい

翌朝、買ったばかりのソフトバンクの携帯に一通のメールがたんぽぽから送られた。そのメールはお別れを示唆する内容だったが、あまりに表現が稚拙だったので、一瞬高度なアメリカンジョークかと見紛ったが、どうやら本気のようであろうことは、絵文字もなにもない飾りっ気皆無の文面から察した。初デートの翌日に一方的な破局宣言。何を間違ったのか、何を失敗したのか、その答え合わせをする気にもならずに私は、ソフトバンクの携帯とフォトビジョンを窓から放り投げ、返事もせずにパチンコへ向かった。結果的に私は、僅か1か月の間に二人の女に振られたわけだ。私という人間は、よほど気持ちが悪いのだと思われる。

全く回らないパチンコを打ちながら、この時まだ30年も生きていないが、私は初めて人生がクソであることに気が付いた。人生もこのパチンコと同じだ。クソみたいなリーチ、クソみたいなチャンス演出。帰り際に彼女からのキッスという信頼度★★★★★のストーリーリーチでこの私は振られたのだ。小太りからDoCoMoの携帯にメールと着信が止むことなく来ていたが、見もせず無視して電源をOFFにした。小太りを憎んでいるわけではないが、ちょっともう何も無かったことにしてほしかった。こんなどん底の私にもプライドがある。天気予報は雨と言っていたのに、いつまでたっても曇天の空は嫌がらせのように雨を落としてこない。いっそ雨が降って、降って、降って、降り続いて、放り投げたソフトバンクの携帯も、フォトビジョンも、世界も滅んでしまえばいいとさえ思っていた。

※BGM

爆風スランプ「大きな玉ねぎの下で」

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閉店まで打って5万くらい負けただろうか。だけど何の感慨もなかった。帰宅すると、アパートの部屋の扉に今朝がた捨てたソフトバンクの携帯とフォトビジョンが、ご丁寧にビニール袋に包まれてドアノブにかけられていた。隣人か、大家の婆さんか、誰がやったのかいまだにわからないが、ハンマーでたたき割るつもりで部屋に持ち込むと、新着メール及び着信が大量に来ていた。この携帯の番号はたんぽぽしかまだしらないはず。ハッとして開く。

着信 小太り
着信 小太り
着信 小太り
新着メール 小太り
着信 小太り
着信 小太り
着信 小太り
着信 小太り
新着メール 小太り
新着メール 小太り
着信 小太り
着信 小太り
着信 小太り
着信 小太り
着信 小太り
着信 小太り

契約直後に一応小太りに教えていたことを忘れていた。私からの返信がなく、DoCoMoにソフトバンクに連絡をしまくっていたようだ。死んだと思われても恥ずかしいので、素直に電話をかけなおすと、私は小太りにパチンコに行っていたと正直に伝えた。そして、あくまで私はたんぽぽに振られたことなど右の乳首から生えている長い福毛が抜けてしまった程度にしか思っていないよ、と。何しろ交際期間3日だから、と。紹介した手前君は心苦しいかもわからんけど、気にすることはないんだよ、と大泣きしながら伝えた。小太りは、期待はさせたくないけどちょっと私も頭に来てるから一回連絡してみると言っていた。私の激熱ストーリーリーチは、弱い予告の上に最後の最後のカットインが青だったくらいに、何も期待ができない状況だったのだが、パチンコをやらない小太りにそんなこと理解できるわけもなかった。

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あれから、12年。私はその後まもなく現在の嫁(元職場の部下)と結婚し今はタイに住んでいる。嫁との結婚の経緯にはまた別の物語があるのだが、たんぽぽの事件でひどく人生に対して自暴自棄となった私は、タイミング良く職場で持ち上がった海外進出プロジェクトの立ち上げメンバーに手を挙げた。もう結婚は諦めていたし、この先の人生どうなろうが構わないので、何かを急激に変えたい衝動に駆られたのがその本当の理由だ。今思えばただの逃避だし、思考が死に向かわなかった点も含め、腑抜けである。立ち上げ故に赴任期間は明確にされなかったが、長くても5年くらいで帰れるだろうと高をくくっていた私は、腰掛感覚で日本の携帯を解約せずにタイに赴任した(結果的に今年10年目を迎え、未だに帰国の目途は立たない)。

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そう、フォトビジョンは今も私の手元にある。そして、契約も生きている。毎月、たんぽぽしか知らない番号に470円の金額を、これ以上なく無駄に支払い続けているのだ。それは2年契約のせいでもあるが(契約切れの月のタイミングでソフトバンクショップにて解約する必要があり、海外赴任中の私にはそれができない)、それ以外にももう一つ理由がある。完全に未使用のこのフォトビジョンだが、実は1件だけ電源を付けていなかったがために受信することがなかった写真がサーバーに送られている。それはたんぽぽが私の前から去った日から、1か月くらい経ったころだった。小太りが責任を感じて何かをしたのだろう、同時にソフトバンクにも「写真見てくれた?本当にごめんね、待ってもらえる?」という簡潔なメールが来ていたが、一言「うん」という返事をしたままそれから連絡を取っていない。私も若かった。彼女にもおそらくあったのっぴきならない事情というものに、もう少し目を向けられていたら、もっと違う結果があったのかもしれないと思うと、この「フォトビジョン」を捨てる気にはならなかった。国外故に受信することすらできないことを知ってタイに持ち込んだのを、私の未練というのならば否定はしない。今となっては、私はたんぽぽに感謝をしている。それは前の彼女に振られたあの強烈な痛みを、確かに忘れさせてくれたのはあの日帰り際にたんぽぽがくれた愛であるのは間違いがないからだ。

※BGM

コブクロ「赤い糸」

驚くべきは、フォトビジョンというサービスが10年以上経った今も打ち切られることなく継続していることだ。私以外のユーザーが本当にいるのだろうか。サーバーの保管期間など知りもしないが、十中八九もう残っていないあの時送られた写真を見れるかもしれない細い細い可能性だけが、今、たんぽぽと私をつなぐ糸。交際期間3日。そんなものにしがみついているわけでもない。意味も期待もない。ただ、そこにあるだけの「フォトビジョン」が、時折あの日あの時のたんぽぽの愛を、年々濃度を薄めながら思い出させてくれる。その愛は、浦和や川崎で死ぬほどお金を失ったとき、ミッドナイト競輪で死ぬほどお金を失ったとき、ばんえい競馬の第二障害で膝をついたオレノココロのその背中に打ち込まれる鈴木恵の鞭のように、私に明日を向かせる愛の鞭なのである(私と言う人間は本当に気持ちが悪い)。

《了》

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