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映画感想「スリー・ビルボード」

Three Billboards Outside Ebbing, Missouri 
2017年
監督 マーティン・マクドナー

 アメリカの片田舎、ミズーリのとある街でアンジェラ・ヘイズと言う若い女性がレイプされ、焼き殺された。喪失感にさいなまれる母親のミルドレッドは、犯人が捕まらないことに業を煮やし、三つの立て看板を立てる。
「RAPED WHILE DYING」(娘はレイプされて殺された)
「AND STILLING ARRESTS?」(犯人は野放しなの?)
「HOW COME, CHIEF WILLOUGHBY?」(どうしてなの、ウィロビー署長?)
 それはその土地の警察トップであり、人格者として知られており、そして末期の膵臓癌に冒されたウィロビー署長へのメッセージだった。この三つの立て看板を巡って狭い田舎の住人たちの間でもミルドレッドへの反感とウィロビーへの同情が巻き起こるが、ミルドレッドは挫けることがない。そんなミルドレッドを敵視し、排除しようとする悪徳警官のディクソン……。

 2019年度大河ドラマ「いだてん」脚本の宮藤官九郎が「どこかにアラがないか」と三回見て、三回とも唸ってしまった名作であり問題作。

 キリスト教圏内の文化としての見立てとして、「三」と言う数字は父と子と神の三位一体を示し、「赦し」を描いていると言えるでしょう。ネタバレですが、ウィロビーは厩で自殺します。これはキリストの自己犠牲への暗喩ですね。ミルドレッドに立て看板の資金の援助をひそかにしていたのは、非難されていた当のウィロビーです。悪徳警官であるはずのディクソンは、
警察に立て看板を燃やされたと勘違いしたミルドレッドが、警察署に投げ込んだ火炎瓶の炎の中で、ウィロビーからの「お前はいい警官になれる」と言う手紙を読み、アンジェラ事件の資料を抱えて火だるまになりつつ飛び出します。そのディクソンに暴行されたはずのゲイのレッドは病院で怒り狂いながらも、ディクソンにオレンジジュースをくんでやります。

 ミルドレッドは立て看板のそばで子鹿と出会います。その子鹿をアンジェラの生まれ変わりかのように、ミルドレッドは語りかける。
 実のところ、もっとも罪悪感を抱いていたのはミルドレッドであり、最終的にディクソンとミルドレッドは「アンジェラ殺害」の犯人ではないものの、レイプを繰り返している「悪人」退治の旅に出ます。誰もが痛い部分を抱えながら、確かに人格者であったウィロビーの魂と行為に支えられ、赦されるのです。

 しかし、それだけでしょうか。この物語は複層的に構成されており、優れた作品はすべてそうですが、誰しもが「自分のはなし」と感じられるつくりになっています。

 ミルドレッドは周囲の反感を買いながら娘のために戦い、ウィロビーは病と闘い、ディクソンは自分の性癖(ゲイ)であることと戦っています。ただし、すべて当人たちの内面の問題であるのに、外への暴力として発散されている。そこにあるのは「彼らの暴力によって傷つく存在」です。

 ウィロビーは確かに人格者でしたが、彼の自裁によって、ミルドレッドは追い詰められる。ミルドレッドの行為によって、住人たちや元夫や息子は傷つけられる。ミルドレッドを愛し、警察からかばってくれた小人症のジェームズも、ミルドレッドに傷つけられる。その円環の輪から、ディクスンもミルドレッドも抜けだそうとして、犯人を捜し当てたつもりが、まったく別人であったと言うのも救いがありません。そして二人は旅に出るのです。「本当に殺す?」「それは道すがら考えたらいいじゃない」と。

 その一方で、このはなしは「旅の始まり」を意味するものでもあります。小さな片田舎で様々な思惑が渦巻く中、娘を結果的に殺すきっかけを自らがつくってしまったミルドレッドの拭えない心の痛み。警察を追われ、体を張ってアンジェラ殺害犯の証拠を摑んだはずのディクスンの苦労。すべて、報われることがありません。最初に提示した説の「赦し」と反して「報い」がこの映画にはないのです。
 その結果として、反目しあっていたミルドレッドもディクスンも生まれ育った街を旅立ちます。まさに「さまよえるユダヤ人」のように。
彼らは別の視点から見ると、決して「赦されて」も「救われて」もいないのです。

 とにかくミルドレッド役のフランシス・マクドーマンドが凄い。そこに立っているだけで女ひとりで子どもを二人育て、人生の粋も甘いもかみ分けてきたと感じさせる名女優です。あんなばあさんになって、火炎瓶を警察に投げ込みたいと思わされました。(やらない、多分)

 私も「スリー・ビルボード」の数字にあやかって三つの説を提唱してみました。何度も見たいかと言うと、NOですが、確実に一生、心に残る名作です。

「さまよえるユダヤ人」に関しては、こちらの怪談集をおすすめします。
「ラテンアメリカ怪談集収録」収録
「魔法の書」
アンデルソン=インベル
鼓 直 編
河出文庫
https://www.amazon.co.jp/dp/4309460801/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_822kCbH31J2VA

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