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描けなかった絵

初note。

フェイスブックやインスタではなぜか良い面をと構えてしまうので、そうならない場にて綴ってみたかった思いや考えを形にしていけたら。

そう思っていたら、noteが目に入るようになって。

特別これといった目標はないけれど、自分のモチベーションを上げていけるように、ここで表現してみることにした。

飽き性の私なので、いつまで続くかな?という不安もありつつ(笑)


書きたいことは実はたくさんあるけれど、それは追々と書くことにします。

ますは、「noteに書きたい!」と思った出来事から…。


タイトルに入れた「描けなかった絵」のことについてを今回は書いていこうと思う。


まず、私にとっての絵は、幼少期からの自己表現だった。

幼児期は独り言をペラペラ言いながら絵を描いていた。

おばあちゃんが家に遊びに来て横に座った時、自分の独り言を聞かれるのが急に恥ずかしいと思うようになった。照れ臭かったから、だと思う。

小学校になって、自由休みの時間はひたすら絵を描いていた。

友達と遊ぶ時間もあったけど、とにかく描いているのが楽しかった。

高学年になると自分で漫画も買うようになり、ますます絵を描いている時間が長くなった。

ところが友達のライバル心からマウントを取られたり、男子に揶揄されたり、中学に入ってからは好きな漫画があるとオタク扱いされるようになった。

漫画イコール オタク。

ちなみにFFやらなんやらのゲームもやっていたから、余計にオタク部類に仕分けられる。

今の時代、どの漫画が好きか、なんて気軽に話せるのは奇跡だとすら思える時があるくらい(笑)

オリンピックの開会式でゲームサウンドが流れた時は、ちょっと、いや、かなり感動した。

あの素晴らしさを気兼ねなく語れる時代が来たんだなぁって。


さて絵について戻ると、中学からは部活が美術部一択となる。

オタク先輩もいて、気兼ねなく絵を描けたから。

放課後に友達と二人で創作小説なんかも書いたりして、想像力全開だったと思う。

ただ私は努力をしなかった。

ちょっとやってみて、周りより下手だな、とかうまくいかないことに嫌気がさしていたから。

勉強でもなんでもそうだが、やってみてできたものはやるものの、できないものは早々とあきらめてしまう性格なのです…。

だからデッサンが苦手でも特にやらず、感覚だけで楽しんでいた。

とくに画力も上がらないが気にしない。

親の恩恵といろんな奇跡を重ねて大学に進学。

友達のバースデーカードにイラストを添えるのがいつか私の役目になっていた。

卒業論文は論じるものがないので、卒業制作に転じて好きな絵ばかり描いた。

「あなたは表現することの方が好きなのよ」と言ってくれた大学の先生、本当にありがとう。

社会人になり、仕事で創作好きな面は生かされた。

パンフレットやプログラムに挿絵することもあった。

ここまでの私の人生の中には、「絵を描く」という事は自然に存在していて、特に悩んだこともなかった。

ところが働き盛りの年齢に達したある時から、急に絵が描けなくなっていったのだ。

経験を積み重ね、管理職になった私は、特に努力もしないで生きてきた人生スタイルとは真逆の生き方を強いられるようになる。

(ほんと強いられた)

てきぱき仕事をこなし 現場の状況を把握し 的確な指示を出し

時には責任を負うこともある。

そしてびっくりしたのは「大人が言う事を聞いてくれない」だった。

職業が保育だったので、子どもたちは素直に受け入れてくれたものが、管理職になって大人を相手にすると、大人は全然受け入れない。むしろ歯向かってくる。なんなんだ?と大混乱した。

そしてこちらが弱気でいると攻撃してくる。虚偽を働く。最悪だ。

後にそれは「管理職としての実力不足」から発生する現象と思えるようになるのだが、当時はそう思えず辛かった。

なぜ昨年まで温かく接してくれていた人たちが手のひらを返してくるのか分からなかった。

負けないように「管理職らしく」なるように先輩がアドバイスをくれた。

そうだ、「私には実力が足りないから」だ。「管理職にならなければ」となる。

でもそれは私にとって、「別人格になる」と等しいことだった。


できない効率をこなすために毎日夜遅くまで残った。

嫌な話も笑顔で聞いた

「どんな時にも笑顔で 親切に てきぱきと」


これはもう、自分にかけられた呪いだったと思う。

呪いをかけられて半年後から体に異変が出始める。

まず大事な会議ほど、急激な眠気に襲われる。意識を失うレベルの眠気。

そしてたまに文章が読めなくなる。目が文字を追っても全く理解できなくなる。日本語なのに、だ。

あとはお風呂で結構泣いてた。

そうなった頃、すでに絵は描けなくなっていて。

それから呪われた時代は2年続き、いよいよ退職する。

呪いから解き放たれたのち、偶然行ったナオト・インティライミのライブでめっちゃ楽しむ。

ライブらしいライブはほぼ初めてだった。

そこからナオトのファンと仲良くなり、ライブで会う時に手渡す「おみや」(手作りグッズなど)を作ることにした。

特に何が作れるかもわからなかったので、とりあえずナオトの絵を描いてカラーコピーした。

だれがいるんかこれ?と思いながら描く。

ところがライブ直前、友達にすっぽかされて会場までの足を失う。(悲劇)

が、ここでTwitterでちょっとだけやり取りしていたお友達が私の悲劇を見かねて、高速バスにお誘いしてくれた。

地獄から天国である。

このお友達に救われ、誘われ、ライブに足を運ぶようになる。

お土産はいつしかイラストが定番となっていく。

喜んでくれる方もいて、本当にありがたいものです…。

「絵を描いて 誰かが喜んでくれる喜び」をちゃっかり感じていたわけです。


そんななか、ふとしたきっかけから私はまた呪いの現場に復帰します。

今思えば相当なチャレンジャーじゃないかな…?

しかも また 管理職(笑)

本当は違ったはずが色々あって管理職。

また大人と戦います(笑)

けれど、一度うまくできなかった立場を、もう一度やってみたら違うんじゃないかな?と思って復帰を決意。

復帰後は3日目からオバサンの意地悪の洗礼を受けるなど、まぁすごかったわけですが、支援してくれる味方がいたこともあり、前向きに頑張れていたと思う。

でもやはり管理職。

まわりから「こうあってほしい」という要望はつきもので、私は再び呪いにかかることになる。

ドラクエで言うとこの「呪いの防具を装備しちゃってる状態」になるわけです。

そうなると絵が描けない。

その頃書いていたイラストを、「要望を受けて描く」スタイルにしていて、呪いに復帰する前は良かったものの、復帰しだしてからがやはり描けない。

何も思い浮かばなくなるのだ。


よく考えたらあの瞬間とか多分、鬱に近い感じだったと思うんですが、それがまた近づいてくる。

どす黒いもやみたいなのがきたら、「あ、なんもできないわ」ってなる。

さすがに2度目の呪いの現場なので、周りの助けも借りながらなんとかこなせるようにはなったものの、その時には自律神経が崩壊しているというオチ。

できても体に影響が出るならそれは私には必要のないものなんだな、と思い、今年初めにようやく離別の成功に至る。

でも呪いはとてもやっかいで、時間差でやってくる。

立場を離れたりしてもしばらく続く。

しばらくはたまーにやってきて、描きたい気持ちはあれど、ほとんど進まない。

こればかりは時間の解決が必要なのかもしれない。


そう思っていた春、ふと見たアニメから宇宙兄弟にハマる。

漫画を大人買いして、日も浅いのにオンライン部に入部する。

いままでの呪いの時間を払拭するように、部のイベントやらなんやらに参加する。

当然そこは呪いの現場とは違う人たちがいて

それぞれが歩みつつも、同じ目的地を目指しているような

そして目的地の発見を楽しんでいる人たちがいた。

私にとってそれは新境地で、衝撃だった。

そしてなぜ衝撃だったのかと振り返った時、私はずっと呪いに頼って生きてきていたことに気づいてしまった。

「いい子になる呪い」「笑顔でいる呪い」「従う呪い」

いやだいやだと思いながら、呪いの中で生きることを選んで進んでいた。

誰かの意志のもとで生きようとしていたな、と気づいた。

呪いは辛くとも、認められるからだ。


たとえるなら、「本当はいいやつなのに敵側に所属する憂いたキャラ」で、必要とされるから敵側に所属してる奴。

だからずっと呪われてる。


でも、本当は、呪いは嫌だ。


だったらどうするのか?

呪われていない人たちはどうしているのか?

それをオンライン部のメンバーの姿から知ることができるような気がしている。


やりたいことをやる 実現する その思いが自分の先にある


呪いのない人生を、自分の足で歩いてみたい。

そう思いながら過ごしている そんな日に。


「絵を 描いてもらえませんか?」


という一言を頂く。

これはもう、衝撃だった。

雷が落ちたような、とは正にこのこと。


料金が発生するようなものではないけれど、誰かのためになる絵を描くことは久しぶりで、嬉しくもあり、恐怖だった。

描けるのか?今、私は描けるのか??

でも、今私はどうしたいか?

応えは「描きたい」だ。

なら、描いてみよう。


この時の気持ちに気づいたとき、呪いは私のところにはいなかった。

プレッシャーは多少あったけれど、まぎれもなく「描きたい」だった。

ここでちょっと後悔する。もうちょっと努力して練習しておけばよかった!と(笑)

今から焦ったところで実力が上がるわけではないので、精いっぱいの下書きを描いた。何回も消しゴムで消した。でも上からまた描いた。描けた。

描けた。


私は不思議なもので、自分のためと思うと全然やる気が出ないのに、誰かのためとなると途端にやる気を出す。

それは承認欲求かもしれないけれど、誰かの喜びになれたら幸いだ。

まだ下書きなので、完成はしていない。

でもきっと完成まで行けるだろう。

そう思うことにしよう。

カレンダーに書いておこう。

今日は絵が描けた日と。

明日もどうか 描けますように。


初note こんな感じで。


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