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なんで地域政党なのか(その2)

おはようございます 今朝の5時21分です。
子どもが目が覚める前に「なんで地域政党なのか?」その2を書き上げてしまえるように頑張ります。

その1では、なんでイマサラ政治なの?についてかきました。
(下線部をクリックするとその1が表示されます)

その2はなんで地域政党なのか?について書かなきゃって思っていたら、昨日偶然にも衝撃の映像を見つけてしまいました。この動画の冒頭の数分程度みてみてください。


太郎さんが何を言っているのかと言うと、

国政はもちろんのことなんですけど、地方の議会に、一番近いところにお金の使い方が決められているっているところに、心ある人たちを1議席でも増やしていくってことが非常に重要だろうというふうに思っています。
一方でれいわ新選組としては、自分たちの看板を地方議員の方に背負っていただくってことはしません。これ、今までの政治とは全く違うんですね。組織を作っていきながらって話なんですけど。
どちらかというとそうではなくて、やはり市民のためにしっかり頑張る無所属的な人だったりとか、そういう無所属的な人が集まっていって地域政党だったりとか、という形になっていきながら連携をしていくのが、私一番、議会に対してもう一つしがらみを持ち込まないっていうようなやりかただろうなあって思っています。
それがうまくいくかわかりません。でも私たちはそれをやっていこうという考えです。

以上、引用終わります。

さすがです。言葉のチカラがすごい。私が書きたかったことが、すっきりと表現されていて、もう私が書く事は何もないって思うくらいです。

でも、拙くても自分の言葉で表現することも大事だと思うので、以下は私の想いを書かせていただきます。

私はずっと地方のことをやってきました。日本青年団協議会の常任理事や、日本青年国際交流機構の東海ブロック幹事など、全国を網羅する大きな団体の役員をやってきて、中央と地方の壁を何度も感じました。中央が地方を理解しようとしていない訳ではなく、むしろ理解しようとしてくれたし、歩みよってくれているのは間違いないのだけど、何かが違ったんです。それは微差なんだけど、とっても大事な微差なんです。靴の中に入った小さな石があるとうまく歩けないような。

あえて言うなら、地方の風景を見ていない。そこに生活していない。当事者じゃないって事は、やはりわかりたくてもわからない事がある。だって人間にとって大事な五感を使ってないのだから。

だから
わかってもらえないと嘆くよりは
さっさと自分たちがやったらいいって
思ったんです


私が御前崎を大事だと思うのは、たくさんの美しい風景を見てきたからです。そこにはカタチがあって色や匂いがある。そろそろあらさわふる里公園で梅が咲いて、浜岡砂丘の河津桜が見事に咲くに頃なってきます。今年はバタバタしていて出遅れてしまっているけど、もうふきのとうが顔を出している事でしょう。筍が顔を出して、どこかからワカメが回ってくる。とれたての苺の匂いなんて最高です。

鍵のかけていない玄関を開けてから「いるかね?」って響く声。そうやって悪気のないおばちゃんに、朝早くに起こされる日々の戸惑いとおかしさ。

この日々に感謝しかないからこそ、ここにある貴重なものをどうやったら私たちや次の世代に託していけるのか?ってのを考えて、できることをやるしかない。このまちが大好きな自分たちで。

そのために今大事な事は、もう一度「しがらみ」を「つながり」に戻すこと。そのために対話を軸にした地域の政治の形をつくり、実際にやってみたいんです。

カタチあるものは壊れます。長く同じ場所にある水は腐ります。もともとはつながりだったものがしがらんでしまったのは、一つのやり方のものが同じ場所に長くいたからではないでしょうか?だからこそ、手入れをしたり、空気を入れ替えたりすることで、本当にいいもの・永く続くものにまた戻っていくと、私は思うんです。

風が吹くことで保存食に変わるっては、芋切り干しもそうですよね(笑)

長くなりましたし、抽象論になってしまったかもです。もうちょっと書きたい気もしますが、そろそろ子どもを起こす時間になりましたので、今日はこのくらいで。

拙い文章をお読みいただき、ありがとうございます。





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