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教育のプロが夢見た子ども達の遊び場・自然体験村「ケロンの小さな村」

昨年12月4日の日本農業新聞を見ていたとき、こんな記事に目が止まりました。

受賞された上乗(じょうのり)さんは、個人で故郷の里山を再開発して、子ども向けの自然体験村を創設し、隣接する耕作放棄地を復旧し、稲作に取り組み米粉を製粉。パンやピザに加工し、大人も楽しめる場所にして、年間5千人もの方が訪れる人気スポットになっているそうです。
地域づくりに大いに貢献した点が評価されたそうで、個人でここまで取り組まれることに大変興味がわきました。
上乗さんは、石川県能登町のお方とのことでした。
能登町といえば、信濃町と同じく千葉県流山市と姉妹都市をしておられ、そんなご縁で何かと交流がある自治体です。

個人的にやりとりがある役場職員の灰谷さんに上乗さんと言う方をご存知かと伺ったところ「上乗先生ですね。とてもよく存じています。お会いになりますか?」とのお返事をいただきました。
上乗さんは元高校教諭で石川県教育次長(教育委員会のナンバー2)まで務められた方。いくつかの高校で校長を歴任され、平成17年にご退職とのこと。
そんな方が、どうして里山開発なのか、さらに興味が湧いたのと、これから取り組もうとしている地域での活性化策のヒントになるのではと、冬の能登半島へ行って参りました。こういうのは、公務の出張になりにくいので、休暇をいただきの行程となります。

1月22日の朝6時に自宅を出発。
この日はマイナス10度を超えるこの冬一番の冷え込みでした。

能登半島の中心の里山に、童話の世界から抜け出したような景色が広がる

村松さんと役場で合流し、上信越自動車道から北陸自動車道を経由し300km、約4時間をかけて、待ち合わせの「道の駅桜峠」に到着。
上乗先生との調整をしてくださった能登町役場ふるさと振興課地域戦略推進室の灰谷さんと綱谷さんへのご挨拶もそこそこに(すみません。。)、ケロンの小さな村へ移動。

能登半島の真ん中って感じに位置するケロンの小さな村。

道の駅桜峠から珠洲方面へ車で5分ほどで、道路脇にカエルのあしらった看板が見えてきます。
看板の脇から細いあぜ道を上っていくと小さな谷間に、まるで絵本の世界から抜け出したような景色が広がる、そこが「ケロンの小さな村」でした。

面積は約1000坪で、小さいながらも棚田や畑、庭園、あぜ道脇には沢が流れ、中心部には清らかな水が湧き出し、ビオトーブもあります。

元から流れる沢も砂利を敷いて子ども達が遊びやすいように整備。陽の光が入るようになって、ホタルの幼虫の姿も見られるようになったとのこと。ホタルの餌のカワニナもいるのかと訪ねたところ「専門家の方からはどこからか持ち込むのではなく、自然に繁殖するように見守るべきだと言われています。」とアドバイスがあったそうです。

ツリーハウスや水車、小屋などもあり、ログづくりのパン工房には、「ヘラクレス」と名付けられた大きな石窯もあります。
この地に住む昆虫を観察したり清流で水遊びをしたり楽しみ方は人それぞれ。
子ども達が楽しそうに過ごすと大人もなにかしたくてなります。ガーデニング体験や自家製米粉を用いて石窯「ヘラクレス」での、パンやピザ作り体験も大人気とのこと。

4〜12月の週末のみ営業ですので、この日は冬ごもり中。奥に「ヘラクレス」と名付けられた石窯が見えます。しかし、まあ、カエルだらけw。
入村無料で毎週沢山の人が訪れる人気スポットとなっていて、昨年は約5000人の方が来村されました。


グリーンシーズンはこんな感じで、緑の中にカラフルな施設がとても素敵な空間になっているのが伺えます。これは行きたくなります。(朝日新聞webから拝借)

最初はとにかく子ども達と顔を見たり畑を耕したりガーデニングをしたりといった遊べる場所を作りたかった

冬場の防寒作業着に身を包んだ上乗さんにお出迎えをいただき、お話を伺うために「ふれあいサロン」に。能登町役場の灰谷さん・綱屋さんにも同席いただきました。

高校教諭から教育委員会で教育行政に関わり、石川県教育委員会教育次長まで勤め上げた方が、個人としてこのような取り組みをされているのかに、とても興味を持ちました。
「同い年の人達と退職してからの話になって。農業をやったりゴルフにいったりと、様々な道を歩んでいくと行ったりと様々だった。自分は何がしたいのかを考えたが、ただ農業をやるのは面白くないから、子ども達が遊べる場所を作りあげたいと思ってしまった。」

そう思い立った上乗さんは、長期計画の構想を練り上げ、役場職員となった教え子に3つの条件を備えた耕作放棄地を紹介するよう依頼します。
「1つ目は海が見える場所であること。2つ目は道路に近いこと。そして、3つ目は近くまで電気が来ていることでした。」

いくつかの候補地を巡りましたが、谷間のこの場所は道路から見た時も全体が見渡せ、脇にある山の中腹にある杉のなんとも言えないシルエットに惹かれ、この地に決めたそうです。
海は見えない場所ですが、道路から近いことと、近くまで電気が来ている条件は満たしていました。
こういうのは、直感やフィーリングが大切なのかもしれませんね。。

難航した農地の取得(農地あるある話)

土地の取得の目処が立った上乗さんの前に、「農地法の壁」が立ちはだかりました。
農地は、誰でも勝手自由に売買することができません。売買は制限されており、各自治体の農業委員会の許可が必要になっています。
農地の権利取得における下限面積要件は次のとおりとなっています。

○耕作を目的として農地の権利を取得する場合には、農地法第3条に基づく許可が必要であり、この許可の要件の1 つとして下限面積要件(農地の取得後の経営面積が、原則として都府県50a、北海道2ha以上必要。)がある。
○ 下限面積の基準については、平成21年の農地法改正により、地域の実情に応じて農業委員会の判断で別段の面積 を定めることが可能となっている。

簡単に言うと、農地を取得したことで、借りて耕作している面積を含めて、50a(5反歩)以上にならないと売買ができないのです。(ただし、H21の法改正で各農業委員会の判断で下限面積は変更できます。)

当初、上乗さんは約30aの農地を取得したいと思っていましたが、当時の下限面積要件を満たしていないため、農業委員会の許可がおりなかったそうです。
「こういう取り組みをするために農地がほしい。何か悪いことをするためじゃなないのに。「なんでだめなんだ!」という気持ちがとても強かった。」
せっかく良い場所と巡り会えたのに農地を取得できないという現実に、落胆した上乗さんは、同じ能登町で農家民宿群を運営する「春蘭の里」実行委員会の多田さんに相談にいったところ、「うちの農地を少し貸してあげるから、あんたが経営すれば良いよ。」といってもらい、晴れて下限面積の要件をクリアすることとなりました。
農業委員会も意地悪をしているわけじゃないのは理解されていたそうですが、
「とても苦労したよ(苦笑)。」と本音も(いまでこそ、笑い話w)。

開墾開始早々に、思わぬ出来事が

これまでに約2年がかかりましたが、目標である「子ども達の遊び場を作る」のために作業をはじめることができるようになった上乗さん。
現地で改めて見回すと、農地はすっかり草木に覆われ、どこが農地かあぜ道かもわからない有様で、草木を切り自ら小型バックホウ(ユンボともいう)を操作して、道を設置していたら、突然、水が湧き出たそうです。

最初は泥水だったものが1時間もするときれいな水になってきたため、昔のことを知る人にこのことを話したところ、当時この辺りで田んぼ作業をしながら湧き水を飲んでいたと言う話を聞きました。
水道屋さんに頼んでいた配管作業を一旦停止し、水質検査を行ったところ、営業で必要な22もの検査項目すべてをクリアするとても良い水だということが判明。
ポンプを付けて「ケロンの小さな村」の貴重な水として利用されています。

湧き出た水は村の中心部を流れています。水のなかの緑の植物はクレソンで、ソースにしたりして楽しんでいるそうです。子ども達が体験の中からいろいろなことを感じたり学んだりできる工夫が随所に散りばめられています。

これまで繋がりから広がる支援の輪

上乗さんが開墾作業をしていたある日のこと、教育次長時代の教育長だった方が、ふらっと遊びに来られたことがあったそうです。

談笑し、湧き出ている水が流れていく様子を見ながら「上乗さん、もっと何か地域に貢献できることをしてはどうか。」という提案を受けました。
最初は、町も振興していた、清らかな水で育つ「ホンモロコ」という淡水魚の養殖を提案されましたが「生き物を相手にすることに戸惑いがあった。」とのこと。

それでは、得意なことは何かと聞かれ、「パンやピザを作るのが得意。」と答えたところ、「それでいこうっ!」ということで話が進み、焼き上げる窯をどうと聞かれ、「パンやピザを作るのが得意。」と答えたところ、「それでいこうっ!」ということで話が進み、パンをつくる機械を購入することになりました。

当時、石川県では能登振興基金を財源として、能登半島でいくつものコミュニティ・ビジネスの立ち上げ支援を行っていてその対象になったそうです。
まだ開墾中の場所にテーブルをおいて、県の地方課長や役場の方々が集まって、ワイワイと相談会が始まったときの様子を昨日のことのように話される上乗さん。
「最初は、不安だったが、行政の強さかもしれないが、とにかく各方面の担当の職員をどんどんと投入してくれて。」

各方面、ということであれば、能登町の行政広報誌「広報のと」への取材記事も地域において、大きな支援になったのではないかと、川口は感じています。

地域の理解が広がった、地元広報誌による特集記事

ケロンの小さな村を特集した「広報のと2011年7月号」。今回の訪問にあたり、灰谷さんから事前に紙面データを頂き、理解を深めた上で、伺うことができました。当時、広報のご担当は能登町役場の道下さん(現在は財政係長)。実は、道下さんは、私が広報担当していたときに写真撮影術を伝授してくださった心のお師匠さんで、企画力・取材力・撮影テクニック等々をDTPを用いて恐ろしくレベルの高い行政広報を生み出されておりました。
「取り組みをはじめて、周りからは(なにか山の中で変なことをはじめた奴がおる)という風に思われていたけど、広報で特集を組んでもらってからは、周りも理解してくれて、非常に助かった。(上乗さん)」とのこと。

地域のためになればとがんばる人を行政が様々な形で応援する。
当たり前な姿ですが、なかなか出来ないことが多くなっています。
原点に立ち返った思いがしました。

夢を実現するために欠かせないお金のはなし
奥さんに誓った”ケロン村3つのコンセプト”とは

ケロン村の開村に向けて、上乗さんは次のコンセプトを掲げました。

①自力開発
②ノー借金
③長期計画

友人達からも「よく奥さんが協力してくれるな」という上乗さんですが、このコンセプトは「女房対策だよ。」と笑いながら話してくださいました。

ケロン村の取組を進めるにあたり、奥様にお金の事で心配しないで、安心感を与えているようにしていたそうで、このコンセプトもそのひとつ。
最初にこの誓いを立て奥様に伝えたところ「そこまで本気だったら、やってみたら。」ということになったそうです。
それでも、必要なものにはお金がかかるわけで、段々と減っていくのを見て最初は不安だったそうですが、この誓い立て、守っていることが妻からの信頼を得ている基本になっているとおっしゃいます。
女性は日々の家計や子どものこと、病気のことなど考えたり不安になることが多いわけですが、一つの安心がするところは「お金」だったりするわけですから、しっかり考えておくことはとても大切なことだとおっしゃいます。

上乗さんは、これまでの勤務からの年金の一部と退職金の3分の1を自分の好きなこと、つまりケロン村に使っています。
奥様に不安を与えたくないので借金はしない。
作業を人に頼むからお金がかかるので自力で開発する。
慌てて全てを一度に作り上げようとするからお金がかかる。
退職した自分には時間があるから、焦らずに長期計画で時間をかけてつくりあげる、年金だって2か月ごとに入ってくるのだから。

いらない物をドンドン再利用

ケロン村を作るにあたっては、とにかくいらないようなものを活用してきた上乗さん。
解体屋、設備屋、水道屋、造園屋等々、本当に不要になったものは処分に費用がかかるということで「持っていけや」と、声をかけてもらっています。
先日も、知り合いの土建屋さんが来て「ここの施設はとても金がかかっているな。数億円はかかっているんじゃないか?」といわれ、ほぼ自分でやったので、ほとんどかかっていないと伝えるといつもとても驚かれるそうです。
廃材で小屋を組み上げてみたり、不要になった庭石を譲り受けて、沢の周りにおいてみたり。
廃材を見事にリユースすることをとても楽しそうに話される姿が印象的です。

グリーンシーズンの週末のみ営業で、その他は営業のための準備に費やす

ケロンの小さな村の営業は4月から12月までの期間限定で、かつ週末のみ営業している。
その他の日は、ほとんどを週末の営業に向けた準備に充てています。

ピザ窯などの燃料は全て薪を使用しているため、薪を作る必要があります。
パンやピザの生地は自家製の米粉を使っているため、村内の小さな田んぼでお米の栽培もしています。
トッピングや具として使うための野菜も作っています。
こうした準備で、週末は沢山の子ども達を迎え入れています。

夢は里山整備で環境教育の実践

いま、上乗さんがやりたいことの一つにあげているのが「里山での環境教育の実践」です。

教育委員会時代、ドイツの環境教育に感銘を受けた石川県知事が石川県でも実践するべく、ドイツ先進地視察が計画され、上乗さんもドイツのメルディンゲン村の学校へ渡航されます。

メルディンゲンでの環境教育は、こちらの本で詳しく紹介されているようです。

ゴミとして捨てられていたものをミミズに食べさせて、食べられるもの(分解されて土に帰るもの)と、そうでないものを子ども達に見せて考えさせるというような教育のようです。
このことで、子ども達の意識が高まり、この小学校にはゴミ箱は一つしか存在せず、親もゴミについて考えるようになり、大幅なゴミ減量を成し遂げました。

上乗さんは、とても感銘を受けましたが、現役時代に大きく実現させることが叶わなかったと思われます(聞きそびれました。。)。

そこで、ケロン村を挟む山林のうち、まずは片側を買い取りました。
うっそうとした茂みでは子ども達は不安がって足を踏み入れないため、ユンボで山道をつけて、陽の光を取り入れて森を明るくし、山林のなかにベンチやツリーハウスなどを設けて、探検したくなる仕組みを散りばめました。

そのような子ども達を動かすノウハウはどちらで学ばれたのですか?と、質問したところ

「ずっと、教員をしていましたから、子どもの行動心理について、自分なりの解釈があります。」との、至極ごもっともの御回答、、、愚問でした。。。

いろんな子ども達が思い思いに過ごしてほしい

ケロン村には、いろんな子ども達が訪れると言います。
「引きこもってしまった子どもなども、よく来ます。最初はベンチに座っていたりブランコに乗っていたりしていますが、そのうちに、田んぼや沢を覗き込んで、虫を見つけると、「おじちゃん、見てっ見てっ!これ、なんて名前?」って嬉しそうに話しかけてくれたりもします。思い思いに過ごして、何かを感じ取ってくれたらうれしい。」

経営的には、一緒に運営されている奥様へのお給料を支払えるところまで来られたそうですが「わしの取り分は、無しだよ。」と笑いながらおっしゃいました。
これからも、ケロン村を続けていくために、色々な展開を考えておいでのご様子で、まだ道半ばのように感じました、うらやましい。。

訪問を終えて

いや、ほんと、想像以上の熱意をお持ち方でした。
なんというか、本当に好きなことに取り組んでいると、周りの人を引きつける魅力を持つことにつながるんだと、そんな人生を切り開いている姿を羨ましく思い、憧れてしまいます。

ちょっと理屈っぽく抽象化した雑感です。
ドイツ視察で感銘を受けた環境教育への思いが芽生えたと思われます。
海外視察を契機にしたまちづくりというところでいえば、徳島県神山町グリーンバレーさんの、アメリカ人形の送り主に会うためにみんなでアメリカへ。
とか、ふるさと創生1億円で、イングリッシュガーデンを町民で視察に行った小布施町。
お隣飯綱町で農家民宿や農家レストランなども経営されている、山下フルーツ農園さんの、フランスのグリーンツーリズムなどを連想させられ、本物にふれることの大切さを認識したところです。

やはり行ってよかったし、絶対に夏場にも再訪させていただきたいと思います。
ケロンの小さな村のエッセンスを地域の取り組みに活かしてまいります。

ケロンの小さな村共有アルバム

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