見出し画像

【✏】えんぴつ堂 #1~#28

使用の手引き…https://note.com/souffle_lyric/n/n0ba1320f658a
ごゆっくりどうぞ!

【1】
【✏】「弱い」の「弱」にふと「やわらか」とかなを振った、そんな先生だった。すぐにあ、と気がついて、小説で読んだんだよ、なんて照れ笑いながら黒板消しを手に取った。
日直は僕だった。他の奴らが先生をからかう声を聞きながら、薄く消え残ったやわらかいを見つめていた。

【2】
【✏】読み終えた本のページを戻して、容赦なく香水をかける。吹きかける。撒き散らす。何を語るでもなく、それが彼女の衝動的な手癖であった。自身の指と首元にも吹きかけ、すぐにかあるいは忘れた頃にか、二回目の読書を始める。ラストノートが香る頃、彼女は何ページ目に立っているのだろうか。

【3】
【✏】“子宮”と雑にマジックで書かれた段ボール箱の中に座る。持ち手の穴から酸素と暗闇を確認したところで蓋が閉められ、作業員の声が響いた。「コンベア動きまーす」がたん「い゛っ」どれだけ低予算なんだよ、ほんとうに思春期地点で出られるのか。不安を抱えたまま、ベルトコンベアは人生を進む。

【4】
【✏】“ごめんね”と“大好き”を混同してしまう女の子だった。僕が帰るまでに洗濯物が乾ききらなかったことにパニックになり、衣類やシーツを撒き散らした部屋にへたりこんだまま「大好き、大好き」と泣いていた。タオルを頭に乗せ、髪を拭く真似をしてやると少しずつ落ち着いた。大好き、ごめんね。

【5】
【✏】ホールケーキを仏壇の前に置く。「…いや、これは」どうなんだ。今イチ物足りない。アバンギャルドなばあさんのことだから、もうひと工夫欲しい。「切り分けて…仏様を包囲するか」人間、ケーキを囲んでもケーキに囲まれることはそうない。バラバラの皿とフォークを6つずつ。たんと召し上がれ。

【6】
【✏】1センチだけ私は中空に浮ける。1cm。JKが巻くスカートの長さにも満たない。見て見てとアピールしないと気づかれないし、気づかれたところで何って感じ。ウケる。鼻でウケる。それでも今日は機嫌がいいからアリとかに慈悲を与えることにする。田園風景の超絶低空をスライドして、登校する。

【7】
【✏】
「家から出てさ、そのままあみだの要領で歩いていったらどこまで行けると思う?」
「最終的には交番じゃないか、保護されて」
「…お前……いつか直線にしか進めないようにしてやる」
「オーケー、お前の家の真ん前から始めて高笑いしながら住居破壊だ」
「お前こそ刑務所行きだよ!」

【8】
【✏】昼休みの風と陽射し。イツメンで囲むボロい机。零す愚痴。ってかやっぱ日々キツくね?生まれる前に人生の説明とかして欲しかったわー。
「…え?」「何もなかったの?」「いやいやそんな、あんじゃん…ねえ?」「嘘、ガチで覚えてない的な?」
かっわいそ、と誰かが言った。一切の風が止んだ。

【9】
【✏】漫画は伝えるものだからさあ、“隠してる”とか“言いたくない”っていう思いもきっちり描く。でも生身の人間のカオはさあ、何を言いたいのか言いたくないのかわかんないや。呟いて、姉は雲形定規を空に翳した。回転椅子が軋む。咥えたままの煙草に、そろそろ火をつけてやるべきだろうか。

【10】
【✏】買ってきた金魚は、水槽をすぐさま抜け出して泳ぎ始めた。尾鰭を揺らめかせ、階段に沿って音もなく滑り上がる。
「へ、変なとこ入るなよー」
言いつつリビングのドアを閉めた。…今日は白身魚のポワレが食べたかったのだ。…ショッキングな調理現場には入れない方がいいだろう、うん。

【11】
【✏】推理後も黙る犯人に、自白剤を始めあらゆる手を使って喋らせる。それが自白探偵。たまに自らが真犯人というトリッキーな回があり、自白後代替わりしていくらしい。「ところで君に買ったDVDは目白探偵という。ふとした瞬間に目に止まる癒しのメジロ達。よかったな」「よ、く、な、い!!!!」

【12】
【✏】追撃。撃墜。追撃、撃墜、
追撃、撃墜、追撃、撃墜。追撃げきついついついあれ、何で自分はこんなことしてるんだっけ、撃墜。刹那!油断、轟音、被包囲。そうだった。心内答案に解答。押下。“多量に墜とせば、今度こそ皆に認知して貰える!!”現時刻を以て、極限的利己的殲滅行動に移行。

【13】
【✏】口ほどに物を言うのは、目じゃなくって手なんじゃないか。風が強い日にそう思った。見知らぬ顔達、握り返す手、苛つく指先、笑顔の下でドン引きするネイル。サングラスと笑顔と真顔がどれだけ発達しても、手指はその人を喋るのだろう。
ビル風が吹く。手の甲をさりげなくスカートに添えた。

【14】
【✏】幻想空間でだけ会える彼は、いつだって鉄格子の向こうで力ない目をしている。「…ごめんね」「謝んないでよ」地に堕ちた月が光る。「すぐ助けてあげる」「違うんだ」「違う?」「囚われているのはキミの方だよ、キミの闇の方がずっと深い」「え…」「もう助けてあげられない、だから、ごめんね」

  【15】
【✏】残業を終え、真夜中の帰宅。明日も早いし体はギチギチ、夕飯はカップ麺一つ。
電気をつけて疲れきった視界、一人の食卓にスタンバイ。側面に貼られた付箋の文字。手書きで「ありがとうございました」。
…幸せは、時に粗食の形をしている。立ちのぼる湯気に口元が緩んだ。

  【16】
【✏】無愛想という言葉の方が耳に馴染んでいる。「はい、これ今年の、アイソチョコ!」愛想がいいという言葉さえ、当人の本性までは形容しきれないと思う。「義理って言い方何か固いじゃん?これ生チョコだし、かわいーく愛想チョコ」「…サンキュー」その表情も果たして、愛想笑いなのだろうか。

【17】
【✏】結んだポニーテールの根本から、シャギー鋏で切り落としたらどうなるだろう。いいじゃん別に法律にも校則にも触れないし。皆はどうだろう。目を見開いてまん丸にして、その後何か良くなるだろうか。
キッチンのお母さんに呼ばれて洗面所の電気を消す。私の反抗なんていつもこんなものだ。

  【18】
【✏】2幕が上がる直前に指示は出た。戸惑いつつも舞台上の客席に座った観客達は、次第に足を組み携帯を出し、客席で演技する役者を馬鹿にし始めた。機材を投げつけたかったが堪えた。終演後恥じ入るのは誰か、楽屋まで闊歩するのは誰か、監督が肩を叩くのはどいつか。上演はオーディションであった。

【19】
【✏】まっさらな折り紙の角を合わせて、まず一つ長い折り目をつける。あーあ、汚れちゃったね、もう折る前には戻れないね、このままゴミ箱捨てちゃおっか?
…嘘だよ、ちゃんと完成させてあげる。挫折から華々しいかたちへと。ありふれた鶴だけど、その時間だけ、わたしはちょっとした神様だった。

  【20】
【✏】暗闇に目が慣れてくる。窓はない。看守もいない。よく見ると、僕を取り囲む壁にはいくつもの取っ手があった。大きさ、柄、材質、どれも見憶えがある。感触を覚えているものすらあった。
(ああ、そうか)
気づいてしまった。この牢獄は、今まで僕が開けてこなかった扉でできていた。

  【21】
【✏】ホタルは灯りになれるだろうが、灯りはホタルになれるのだろうか。蛍光灯を取り替えながらそんな事を思った。何かに慣れるということは、果たして何かに“なれる”ことだろうか。薄情だが、やっぱり時代はホタルよりLEDだろうか。蛍光灯はその形を以て、やたらめったら全肯定する。

【22】
【✏】三日月はハンモック。夜空にあるいくつかの闇を、替わりばんこに寝かしつけています。皆様は元来あこがれの心がつよいから、三日月のことも硬質で冴えた宝石のように思いこんでいらっしゃる。そんな事はございませんよ。ハンモックが揺れる姿は、あなたの涙を通してのみ見ることができるのです。

【23】
【✏】続き続ける螺旋階段を、彼は無邪気に駆け登る。足を止めて振り返られ、にっこりと笑われる。必死に走って、追いつけそうになるたび、また逃げる。
向かう方向も、道筋だって決まっているのにどうしてこんなにときめいているのだろう。もしここで躓いたりしたら、あなたはどんな顔になりますか?

【24】
【✏】「報われたいという思いを片想いとするなら、やっぱりこの世はラブソングなんだ。いい曲かはわからないけど」へえそうなんだ、答えた瞬間頬に痛みが走った。殴られた視界。「お前の…そういう所だよッ…」この話を、色々な人に話す。色々な反応。それを組み合わせ、今日も聴こえない曲を鳴らす。

  【25】
【✏】助手席から発信ボタンを押し、おじ様のスマホを震わせる。本名なんて知らない、ハンドルネームの方が好き。「…いや、運転中だから取れないよ」「いいの、電話に出てくれるまでの時間が好きなの。」「……」放り出されるかな、それならまた別の車に乗り換えるだけ。それがたぶん、あたしの才能。

  【26】
【✏】傘をマジックミラーにすれば、こっそり笑顔を送れるだろうか。エプロン姿のかのじょの背中へと、傘越しに笑いかけた。「何か良い事あった?」「!」突然に振り向くかのじょ。「さっき新しいペープサートを作ったの。お歌の時間まで皆には内緒ね」鏡でも傘でもいい、並ぶ影の差を埋めたかった。

【27】
【✏】「シャッターとファインダーがケンカしてるみたいね。仲直りしたらまた持ってきて」「はい…」「あるいは機種変かな」えっとですね、どちらもあなたを好きみたいなんです、現像屋のお姉さん。もしも最新のデジカメにしようものならシャッターは一瞬で壊れ、ファインダーはみるみる曇るでしょう。

【28】
【✏】泣き虫王子のラジオ番組は、私のイヤホンからしか聴けない。『ぐすっ、ぐずぐずっ…今日もたくさんお便りが来ているみたい。嬉しいなあ、うれしいなあっ…』マイクに向かって思いの丈を録音すると、翌日彼が応えてくれる。声が届くことはないけど、頑張れ、頑張れ王子様。


お気に召しましたら是非お願いします! 美味しい飲み物など購入して、また執筆したいと思います ( ˙︶˙ )