【✏】えんぴつ堂 #113～#139

使用の手引き…https://note.com/souffle_lyric/n/n0ba1320f658a
ごゆっくりどうぞ！



【113】
【✏】予報にない雨が、夏の校庭を打つ。「今日のデッサンは屋内。でも植物は描いて欲しいから、これ」講堂の舞台に据えられた笹。「短冊の内容は個人情報だから、代わりに皆の好きな事を書いて」無防備な願い事を囲んで、ぎこちなくパイプ椅子が開く。盗み見る短冊と、クラスメイトのスケッチブック。

【114】
【✏】まもるという言葉には、少なからず愛情があるのだと信じていた。…そんな夢見がちな私だったからこんなことになり、頭もまだぼうっとしてるのだ。自分の中の空じゃなく、ほんとの空にある星をもう少し見れば多分よかった。わたしを積んだ護送車が、終わりの見えない闇を切り裂く。

【115】
【✏】『釣りとか良くね？』何気ない風を装いチャットに書き込む。ルームが一瞬凪いだ気がした、けど最近の俺達ってスマホとか参考書とか進路とか、別々の景色ばっか見てる気がして。こんなこと言うポジじゃなかったから、指が少し震えてるけど。『堤防釣りとかなら、初心者でも多分楽しいと思うし』

【116】
【✏】運び屋なんて皆やってる、お金が欲しいから。学生らしく朝食にはふわふわに膨らんだパンケーキを作って食べて、袋入りの粉末を別の人に渡しに出かける。「では、お約束のものを」小綺麗なスーツの女性に粉を渡そうとしてはっとする。こ、これブツじゃない、ベーキングパウダーじゃん…！！！

【117】
【✏】「何だっけこないだ言ってた、シェアバター」「シ・ア・バ・ター。シェアはしません」「それってやっぱ、コクある感じとしょっぱいのの合わせ技？」「それは塩バター！」「ほーん」冗談を交わしながら、目と目は別の会話を進める。「…うるおうよ」彼女のその言葉だけ残して、僕らはキスした。

【118】
【✏】月見草の栞を壁に飾れば、まるでこの部屋が本になったようだ。お月様でも神様でもいい、私という物語の続きを見ていて読んでくれてる。そんな気がするから、夢紡ぐ夜を今夜も学び抜くのだ。
現実がカレンダーに迫る。かじかむ指を擦り合わせながら、付箋でいっぱいの参考書を開いた。

【119】
【✏】そういうのいい加減やめれば、言い捨てると友達は全員チェックアウトしてしまった。追いかけようとしたけれど走る方法を忘れてしまい、体だけ鈍行に乗り込んだ。あと何泊すれば心は体に戻ってくるのだろう。あの輪の中にまた戻れるのだろう。車窓からの景色って案外広いんだなあ、なんて思った。

【120】
【✏】部下が辞めた、前触れもなく。いや、気づけなかっただけなのか。「だからってお葬式ってわけじゃないでしょうに、ほら」落ち込む僕の肩に、妻がかけてくれるジャケット。「ひどい顔してないで、行ってらっしゃい」青ほど明るくないけれど黒く染まり切ってもいない、ネイビーブルーのスーツ。

【121】
【✏】守護毛玉は異世界のレトルトにハマったらしい。「もきゅる、もきゅるっ」ふわふわ愛されボディにはミスマッチな牙を二本、弊家台所の固形カレールーに突き立て、粉砕して食す。コンソメ顆粒と鶏がらスープの素もとっくにこいつの胃の中だ。「…コンポタ粉末だけは手つけるなよ」「もきゅ〜ん…」

【122】
【✏】「『力になりたい』は『力』じゃねえ」身を裂かんばかりのマシンの負荷。なな…ろくじゅうさん、ななひゃ……うよ、んっ…「『力になりたい』で貰えんのは、精々プロテインの割引券位だ」軍曹の異名の女性が眼鏡を拭き、掛け直す。…なひゃ、はちじゅ、う…！「ほらつけろ、つけろよ、『力』を」

【123】
【✏】ほらいつまでもしょげてない、太るよ猫背。「……」ダンゴムシ。「……」クルマエビ。「え、エビ…？」ちょろっ、嬉しそうじゃん。流石我が妹。「……」さ、焼肉でも食べ行こうよ、立派なガーリックシュリンプになれるよ。上手い慰め方なんて知らないけど、今日の姉は鯛でエビを釣ってやるのだ。

【124】
【✏】朝焼けだ。一日の幕開けに隠れそびれた、橙や紫を眺めるのが好きだ。節約の結果として、携帯食はまだ多く余っている。
朝露が見たいな。だけど、この地には一つも植物がない。自然に節約されるのは好きじゃないから、“誰か種を蒔いて下さい”と砂上に書いた。さあ、バイクのエンジンをかけよう。

【125】
【✏】社会の荒波とか言うのなら、美味しい魚だって泳いでいなきゃ嘘でしょう。しょっぱい感情を代わり映え内ご飯に浸せば、新鮮なネタを被せるのにおあつらえ向き。帰る先が独り住まいだって構うものか、冷蔵庫に眠る缶を開けよう。もう今日はお寿司しかない。

【126】
【✏】“追っ手”！脳内で単語が明滅し、跳ねるように飛び起きた。夢か…。“にゃあん”、ここは逃亡先の掘っ建て小屋、来訪者は泥色の猫。可哀想に、そんな声と成りじゃ疎まれてきたことだろう。餌など持たない俺をよそに、そいつは毛繕いを始めた。賞金首と首輪無しの、息を潜めるうららかな春の日。

【127】
【✏】インナーでもアウターでも、アクセでもシューズでもある。踏みつけてしまう人もいるけど。「これは、わたしの、鎧」言い聞かせながら、イヤホンの絡まりを解く。指の感触に耳がぞっとして、自分が末端冷え性であることを思い出した。音色の仮面は無関心の顔。俯き歩き群衆に溶け込む。

【128】
【✏】「此の寮の談話室には光明の精霊が棲んでおりますの。学問に励みながら眠りに落ちた者に毛布を与え、甘い糧を傍らに置き、『頑張ってね』と綴った季節の花の便箋を添えて下さる」
「それ寮母さんじゃないんですか？」
「…貴女からは余計な施しは不要との申告があった旨、寮母様に伝えますわ」

【129】
【✏】犬掻き占いの時間だわんわん。ありがとう、って笑いながら後ずさっていく相手がいるわんね。もう見えないだろうと思った瞬間背中を向けて早歩きしたり、尻尾を巻いて逃げたりするわん。その仕草が達者かはそれぞれだけど、言葉や表情じゃなく手脚を見つめるのが吉だわん。くぅ～ん。わんわん。

【130】
【✏】玄関を出たら横町を抜けて、大通りを渡ってバスに乗る。机の上に放置した門限が追いかけてきそうな予感。振り切り方は、これから会う大切な人に教えてもらおう。
新品のパンプスでとんとんと、期待に浮かれた歩道を踏み鳴らす。私にしか見えないお陽様におはよう、「行ってきます☆」

【131】
【✏】さくらの紅茶をベンチに持ち込んだ春。ベンチ横の自販機、2本目のスポドリを当てた夏。缶コーヒーの深いぬくみ、膝掛けに降る紅葉の秋。潰れたペットボトルとテキスト、俯いてやり過ごした夜。
冬が過ぎればこのベンチは撤去されるらしい。奮発してお汁粉を買って、いつものように座って飲んだ。

【132】
【✏】「アタシワハナヲカラスカラ」俯かれて自然公園から部屋デートへ予定変更となったが、水中花を多めに買ってみた。
「気に入った？」
「ウン、デモ…ニセモノ？」
「偽物だけど、宝物にもなるかもしれんぞ」
…やべ、超恥ずい事言ったかも。まあ、多分大した事じゃないのだ、彼女の獣耳と同様に。

【133】
【✏】「じゃあ目標達成できなかったらどうするんですか」朝礼の話に納得いかず、校長に詰め寄った事がある。…うーん…誰かに話すといいんじゃないかな…失敗を報告しちゃいけないって法律はないから……「それでは始め」響いた声に記憶が破裂。やばい、出遅れた、慌てて入試問題の表紙に手をかけた。

【134】
【✏】「僕くんの手は境界線なの、私が飲み込まれないように守ってくれる」他の何より背中を撫でられるのを好む私ちゃんは、昔刺された事があるらしい。「もっと撫でて」、何て可哀想な子なんだろう、重いとか縋ってる自覚はないのか。それでもこの呼吸音と体温を、未だに突き放す事ができないでいる。

【135】
【✏】タイムカプセルは手軽に作れる。出社前、アパートの郵便受けに自分宛のメッセージを入れて、帰宅時に取り出し自分からの言葉を読む。ラッキー、美人なお隣さんと鉢合わせた。「これ、私のポストにあったんですけど…御自身へのお手紙…なんですか？」拝啓、タイムカプセルになんて手を出すな。

【136】
【✏】器量も学も無いから、人にハンドクリームを塗る仕事を始めた。今日のお客は老人、先日愛猫が死んだという。にゃあにゃあ言いながら施術したらそういう店の人じゃないでしょうと窘められたけど、何となくずっと猫の手で塗ってあげた。老人は静かに涙し、私はこの安楽椅子幾らかなあって考えてた。

【137】
【✏】自転車のカゴにはプレゼント袋。交換会だから誰に渡るかは分からない。カードには『 素敵なクリスマスを』と書くのが無難だけど、『お話しませんか』って場所と日時を書いていた。帰りのカゴには誰からの物が入るんだろう。無難に消費した春と夏と秋を塗り替えたくて、強くペダルを踏み込んだ。

【138】
【✏】よく背中に隠れながら、この背を叩いてやりたいとも思った。いつも正面から叱られた。横顔に感情の機微を感じるようになって、いつしかこの人が横たわるベッドを見下ろしていた。車椅子を押す手に陽が当たる。「散歩しようか、お父さん」努めて春風のように呼びかけた。また僕はこの背の後ろで。

【139】
【✏】こちらの胡麻豆腐は当店一番人気につき、スマートフォンの電源は切ってお召し上がりください。ひと皿分の四角はデザートと呼ぶには堅物だが、一掬いすればタレの甘じょっぱさと胡麻の風味がもちもちと弾む。鳥の囀りが心地良い。着信音にもこの鳴き声を設定できないかと思い、気づき、苦笑い。