世界との別れについて

別れを切り出すのにはいつだってこの上なく難しい。いくら自分がそれを望んでいたとしても。そちらの方が良いことが明白であったとしても。持ち前の勇気を振り絞っても全然足りず、今日こそはと思いながら訪れることのない機を待ち続けることもある。人に対してはもちろんそうだし、ソシャゲに対してもそうだ。

ソシャゲをやめられない。きっかけがつかめない。一通り飽きてしまって、これ以上無為な時間を過ごすのはもうやめようと思っていたとしても、なかなか割り切って卒業することができない。そういう悩みを抱えている。思い切ってアンインストールしてしまえばいいとはわかっているのだが、そしたら育て上げたこのキャラたちはどこに行ってしまうというのか。そのために費やした時間は。そんな空しいことがあるだろうか。それに、彼らは消されるほど悪いことをしたのだろうか? 否、私はこちらの一方的な都合を押し付けようとしているのだ。そこまでの暴虐非道はできない。それに消えるのはキャラだけではない。メインストーリーもまだ途中だ。いや、ソシャゲの大抵の物語はサービスが終了しない限り終わらないことはわかっている。しかし、できることならこの世界を救ってやりたい。まだ救われていないものの、良くはなってきている世界を、無情にも消し去るだなんて出来やしない。

ソシャゲには続けされる工夫が詰まっているそうだ。ログインボーナスやデイリークエスト、新しいイベントや新規キャラの告知、パチンコのように激しいエフェクトがドーパミンだかエンドルフィンだかを出させているなんて話もある。よく分からないがゲームクリエイターの知恵と経験が詰まっているのは間違いない。それにこちらを掴んで離さないものはゲームそのものだけではなく、例えば Twitter にあふれる二次創作の存在も大きい。二次創作を追うためには一次を追わなければならない。もし自分の知らないキャラが二次創作で流行り始めたら一体どんな気持ちになるだろうか。

だがしかし、それらと、自分の浪費する時間を比較したときに、どう考えても明らかに後者の方が大事なのだ。やりたいことはたくさんあるのだから完全に無になりながらポチポチやってるようなリソースは自分の中には存在しない。それはわかっている。わかっているが、はいそうですねで止めるわけにはいかない。情だ。情が邪魔をする。こんなものがあるからいけないのだ、いっそ機械になってしまえば楽なのだが、とはいえこの程度のことでいちいち機械の体になるのも正直大げさだ。

なにかキッカケが、止めるための追い風が吹かないものか…… とにかく自分だけの力でパッとやることはできないだろう。ソシャゲのクリエイターにはあっぱれというほかない。今日も私は負け続けている。

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