人生のもぐらたたき

大学図書館の蔵書は研究に係る専門書が中心だから、文芸書を読みたいときは区立図書館やその分館など公立図書館に足を運ぶ。以前は、目に付いたものすべてを購入していたけれど、新居は5.5畳と狭く、いたずらに本を増やせないのだ。

平日の午後2時、昼下がりの図書館の閲覧コーナーは「満員御礼」でイスひとつ空いていない。雑誌を読みふけっている利用者の多くは、他の公立図書館と同様、団塊世代の男性が8割を占めていた。

わたしは3冊ほどノンフィクションの本を借り、建物に併設された中華系のファミレスに移動した。

隣席の女性2人組は40代半ば、子どもの教育の話から共通のママ友へのちょっとした嫌味まで、話題に事欠かない。

チャーハンをビールで流し込みながら、ひとりの女性は言う。

「わたしって20代で結婚したじゃない。そのときはあんまり良く考えてなかったんだけど、保険入っておいてよかったなぁって。20代のうちに入っておくと掛け金も安くて、今でも月3000円で済むんだよね。保険なんかいらないかなぁ、って思ってたけど、ほら私、帝王切開したじゃない。そのときの入院代とか、そこでカバーしてくれて。あー、入っておいて良かったなぁと思ったの。それに、もう私たちだっていつガンになってもおかしくない歳だもんね。北斗晶のこと、ニュースで見てから、私も心配になってお風呂でおっぱい、触ってみたよ。こうやって、石鹸ですべらせてさぁ。」

借りたばかりの3冊の本の目次に目を通していたわたしだったけど、先の彼女が発した「保険」の二文字が頭から離れず内容が頭に入ってこない。

先週、我が家に泊まりに来た女友達の言葉が重なる。「わたしが早く結婚したいのはさぁ、早く保険に入りたいからなんだよね。でも、彼氏の仕事の状況を考えると、なかなかそうもいかなくて。でも保険、20代のうちに入っておくと安いんだよ。だから焦っちゃって。」

わたしは研究しかしたことがない世間知らずの院生。学生でほとんど収入もないわたしは、保険に加入するなんて毛頭考えたことがなかった。だから、同い歳の友人の発言には度肝を抜かされたのだ。彼女からすると、わたしがそんなことも考えていないことのほうが驚愕だっただろう。

その日わたしは、近い将来結婚を考えている人がいると彼女に打ち明けていた。けれど保険の話で目を丸くする私に「そんなことも考えないで結婚するつもりでいるの?」と呆れ顔だった。

お金、住居、貯金、子育て、保険、その他あれこれ。人生にはふとした瞬間に「もしも」が降ってくる。生きていくためにはその「もしも」に対応するためのリスクヘッジが必要らしい。

図書館からの帰り道、私の人生にはどんなリスクヘッジが必要だろうと頭をめぐらせていたら、だんだんに気がめいってしまった。だって、もぐらたたきみたいなんだもん。わたしの性格上、ひとつリスクをつぶしても、きっと他のことが気になるだろう。それを繰り返しているうちに、人生の目的を見失いそう・・・

もちろん、事前に準備できるものはしておきたいけれど、「リスクつぶし」に躍起になってしまうと、なんだか生きることが味気なくなってしまうような気がして。考えが、少し甘いでしょうか。

けれど、いちばん大事なのは「もしも」の局面で、「じゃあどうするか」を柔軟に物事を考えられる姿勢、いわゆるレジリエンス(思考の柔軟性)なんじゃないかなぁ、ということで自己完結したところ。

とはいえ、28歳大学院生、保険、ちょっと調べてみます。


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