「令和の"コメ"騒動」 (弁論原稿公開第2弾)
弁論公開第2弾。
初めて優勝をいただいた弁論大会です。
2022年10月29日
第29回 拓殖大学学長杯争奪全日本学生雄弁大会
第6弁士 早稲田大学 SMKR弁士
演題「令和の"コメ"騒動」
〈原稿〉
近頃、寒くなってまいりました。
これくらいの気温になると、2年前の冬、受験生の頃を思い出します。
夜遅くまで予備校で勉強し、寒い家路をたどります。
家族が沸かしてくれた、お風呂に入ります。
水風呂でした。
成績が悪い僕への嫌がらせ、ではありませんでした。
給湯器が、壊れていたのです。
あたらしいものを注文しましたが、在庫がない、春まで待ってくれ、と言われました。
なぜ在庫がなかったのか。
お店の人は、こう言っていました。
「半導体が、足りていないんです。」
みなさんも、半導体不足、聞いたことがあると思います。
半導体とは、電気を通したり通さなかったりする材料、言わば電気回路のパーツです。
私たちが使う電子機器には、多かれ少なかれ、半導体がほとんど必ず使われています。
これを表して、半導体は、「産業のコメ」と例えられます。
お米のように、国民の生活になくてはならない、生きる上で欠かせない、という意味合いです。
では、半導体が不足すると、どうか。
コロナウイルス、デルタ株の影響で去年8月、半導体が不足しました。
一番大きな影響を受けたのは、自動車産業でした。
日経新聞によれば、第3四半期に限っても、日本では22万台作れなくなり、4500億円の機会損失となりました。
これにより、日本のGDPは1.3%低下してしまいました。
GDP成長率は、1%、2%の小さな世界ですから、とんでもないことです。
身近なところでも、影響があります。
深刻な例を出せば、北海道では除雪機が不足したこともありました。
また神奈川県では、交換の時期を迎えた信号機のうち2割の交換が延期されるなど、ライフラインに影響が出つつあります。
このように、産業のコメ、半導体が不足すると、国のGDPはもちろん、わたしたちの生活が脅かされます。
世はまさに、令和の米騒動。
デルタ株は過ぎ去ったから良いものの、これがもし、長く続いたらと思うと、考えたくもありません。
しかし、そうもいきません。
あらゆる事態を考えておく必要があります。
地震、台風、工場の火災、そしてウイルスなどの災害で、生産量の低下はいとも簡単に起きてしまいます。
さらに、新型iPhoneが発売されるなど、突然半導体の需要が上がる、たったこれだけで需給バランスが崩れ、半導体不足が起きてしまいます。そして、一番まずいのは、戦争です。
特に万が一の台湾有事の時、世界は間違いなく大混乱に陥ります。
なぜなら、半導体の世界シェアの66%を、台湾のTSMCという企業が握っているからです。
残りは韓国や中国が生産しています。
基本的にこの3か国のみです。
ごく一部の国に工場がある、これが半導体業界の特徴です。
例えば、このiPhoneを作る、となったとき、ごく一部の企業に、半導体を作ってもらいます。
この委託生産を行う半導体の工場を、ファウンドリといいます。
これをいくつ持っているかが、1つの国の半導体生産能力を表します。
では、日本にはいくつのファウンドリがあるでしょうか?
ゼロです。
現在、日本には1つもファウンドリがありません。
そのため、電化製品を作るときには、必ず、海外から半導体を輸入する必要があります。
生産企業が限られているので、依存先を増やすあてもありません。
また、日本の技術が追いつくには30年かかると言われていますし、その頃には、今の技術は時代遅れです。
そこで、ファウンドリを誘致しよう、というのが、世界各国の潮流になっています。
日本も最近、やっと1か所誘致しました。
台湾のTSMCのファウンドリを、熊本県に誘致したのです。
ファウンドリをつくるには、莫大な初期投資がハードルになります。
ここに補助金を出すことで、日本初のファウンドリを誘致しました。
現在建設中で、再来年から生産が始まります。
さあみなさん、どうでしょう。
いかにも順調そうですね。
先々週、西村経産大臣は現地を視察しました。
早い速度で工事が進んでいる、と、満足げな表情で取材に答えていました。
国会中継や、政府の資料をどれだけ漁っても、これでひと段落した、という満足感が流れています。
これで良いのでしょうか。
次にどうするか、が全く検討されていないのです。
これはまずい。
状況を把握するため、先週、熊本に行ってまいりました。
現地で、現在の政策について意見交換をしました。
雇用が生まれるし、広い空き地を使えるそうです。
おまけに熊本空港が近く、熊本は台湾に近いので、輸送が安く済むそうです。
違和感がありました。
台湾に近い、とはどういうことでしょう。
東京に帰って調べると、分かったことがあります。
熊本だけでは半導体を作れないのです。
どういうことか。
半導体は、2つの工程で作られます。
ウエハーという半導体がたくさん繋がった板をつくる、前工程。
そのウエハーを細かく切断して加工する、後工程。
どちらも非常に高度な技術です。
しかし、熊本にできる工場は1つだけ。
誘致したのは、前工程のみだったのです。
結局は後工程のために、熊本空港から台湾に送り返すのです。
本弁論で最も強調したいことがあります。
日本の半導体政策には、全体像が圧倒的に欠如しています。
何かしら誘致すればいい、こんな適当な補助金政策で満足している暇はありません。
まずは、国内での半導体供給網を完全に構築する。
それができてから、さらに拡大していく。
こういう全体像をちゃんと描いた上での制度設計が必要です。
日本は、半導体の原料は、世界の3割のシェアを持っています。
少なくとも国内は自分でまかなえます。
そして、半導体を作りさえすれば、主要産業である機械工業はどんどん使ってくれます。
そう、日本には、半導体の後工程だけが存在していません。
これを誘致すれば、原料から電化製品まで全て国内で完結します。
国際情勢に左右されない、強靭な産業の基盤ができるんです。
そのために、まずは国内での生産体制、この橋頭堡を築くための手段として、政策を提案いたします。
熊本県を、「国際戦略総合特区」に指定します。
詳しく説明します。
国際戦略総合特区とは、先進的な取り組みを行い、かつ実現可能性の高い地域に、国の政策資源を集中するための制度です。
これにより、税制や財政の特例など、あらゆる具体的な支援が可能になります。
すでに前工程のファウンドリは建設中です。
これに対応した規模の、あたらしい後工程を誘致します。
そのあと、前工程と後工程をセットで、順次誘致していきます。
初期投資の補助金として、1か所あたり数千億円、直近の熊本で言えば5000億円、これは国庫から支出します。
一時的には莫大な金額ですが、最終的には法人税や固定資産税によって戻ってきます。
現に熊本では、長くても10年間で回収できる見込みになっています。
それ以降は税収が増える一方です。
日本政府もファウンドリも、win-winです。
結局は、大規模な財政出動をする政治決断、そしてそれを何に使うかという全体像の設計をする。
これが必要なことです。
皆さん、天井を見てください。
あの照明も、スピーカーも、火災報知器も、全て半導体が使われています。
手元を見てください。
スマートフォンがあります。
我々の生活は、半導体に支えられています。
半導体、産業のコメなしでは生きていけません。
しかし、日本は、中途半端な政策で満足してしまいました。
ウクライナ戦争や米中対立、台湾問題など、我が国を取り巻く世界情勢は、どんどん複雑になっています。
これから先、日本を守るためは、国際情勢に左右されない強靭な半導体産業を作らなければなりません。
私の一粒の政策が、豊かな日本をこれからも守る、きっかけになることを心より願っています。
ご清聴ありがとうございました。
〈所感〉
結果としては、優勝をいただきました。
自分としても満足のいく弁論をできました。
とはいえ、論理展開に脆弱性のある弁論であることも確かです。
11分に収まるように構成を考えてから書き始めたつもりだったのですが、17,8分ほどになってしまい、その後制限時間の11分に圧縮するという作成方法を取りました。
その結果、ポイントごとの説明が薄い部分があります。
しかし、このテーマ、この制限時間の中ではこれが限界であると思っています。
9月末頃に秋冬シーズンの大会出場者を会内で決定したのですが、枠が1つ余ったため出場させていただきました(もともと幹事長在任中は出場しないつもりでした)。
弁論で経済安全保障を取り扱いたいという思いがあり、あまり広すぎると11分に収まらないので、もともと興味のあった半導体政策に論点を絞った次第です。
声調は全体的に落ち着き目にし、「本弁論で最も強調したいことがあります〜」のパートのみ強調しました。
書き始めるまでにかなりのリサーチをしたので、だいたいの論点は喋れると考え、質疑は対策なしで臨んでいます。
(直前まで文字数を圧縮する作業に追われていました)
熊本に行ったことを審査用紙では評価いただきましたが、自分としてはそれ自体に価値はなく、いかに弁論に(政策に)活かせているかが重要であると考えています。
最近観た他大会での弁論でも思うところがあるので、後日、「弁論における"現地調査"について」と題した記事を公開します。しばしお待ちを。
無料版noteではコメント機能を使えないので、DM等で感想やご指摘などをいただけると喜びます。
〈おまけ〉熊本視察旅行の思い出
旅行支援をフル活用して1泊2日の弾丸旅行です。
成田空港からJetstarで熊本空港に降り立ち、レンタカーで菊陽町方面に向かいます。
しばらく走ると、巨大クレーンが立ち並ぶTSMCの工場建設地が見えてきます。
現地調査にそれほど時間がかかるわけでもないので、少しだけ観光もしてきました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?