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「壁をのりこえない」(弁論原稿公開第1弾)

過去の大会の弁論原稿を公開します。
まずは五月祭から。

2022年5月14日
第16回 東京大学五月祭記念弁論大会
第4弁士 早稲田大学 SMKR弁士
演題「壁をのりこえない」



〈原稿〉

みなさん、こんにちは。
今日は、新入生のみなさんもたくさんいらっしゃいます。
雄弁会2年のsmkrと申します。
はじめまして。
弁論部にようこそ。
4年間、大変なこともあるかもしれません。
弁論を書いていて壁にぶち当たることもあるでしょう。
しかし社会に向き合い続ければ、必ずみなさんは成長できると、保証したいと思います。
では、壁にぶち当たったみなさんは、どうするでしょうか。
壁を乗り越えたい!
元気なみなさんなら、そう思うんじゃないでしょうか。
しかし日本には、簡単に壁を乗り越えることができるのに、乗り越えない、という選択を、自らしている人々がいます。
今日は、そんな「壁」の話をします。

新入生のみなさんは、大学受験という「壁」を乗り越えてきました
私もです。
現在は、お世話になった予備校でチューターのアルバイトをしています。
仲の良い同僚と愉快な生徒に囲まれて、楽しくやっています。
ただ、バイトの学生中心で運営しているので、仕事量がとても多いんです。
そのため、シフト以外でも、フラっと行って働ける、という仕組みになっています。
はじめは最低賃金ですが、3ケタ万円にはいかないくらい、結構稼げました。
2年目からは時給が1.5倍になり、3ケタ万円を突破します。
そうすると、どうなるか。
大学生のみなさんなら、聞いたことがあると思います。
「103万円の壁」にぶち当たるのです。

「103万の壁」を超えてはいけない、超えると大変なことになる。
なんとなく、ご存知と思います。
なぜ、どのように、そうなるのか、まずは仕組みを説明します。
わたしたちのバイト代には、本来は所得税がかかります。
しかし、給料すべてにかかるわけではありません。
給料の一部は、税金はタダ。
残りの部分から税金を取る。
このタダになる仕組みが、所得控除、というものです。
国税庁によれば、いわゆる健康で文化的な最低限度の生活、このためのお金には税金を収める能力がないとして、控除をしています。
では、いくらまで課税されないのか。
まず、すべての人から税金を取らないのが、48万円までの基礎控除というものです。
そして、会社で働く人には、55万円の給与所得控除というものがあります。
この合計が103万円で、ここまでの所得税は0円になっています。

では、壁を超えると、大学生にはどれほどの税金がかかるでしょうか。
実は、そんなにかかりません。
295万円稼ぐまでは、たったの5%の税率です。
9割5分は、そのまんま手元に入ります。
これなら、別に問題ないですよね。
じゃあなぜ、わたしたちの親は、壁を超えるなと言うのか。
それは、わたしたちが存在することによって、親が所得控除を受けているからです。

大学生はお金がかかるという前提のもと、特定扶養親族、という分類になり、63万円もの控除がなされています。
これで、どれだけ税金が高くなるか。
2019年の統計です。
ベネッセによれば、大学生の親は平均51歳でした。
国税庁によれば、この年代の年収は、平均514万円です。
親にかかる所得税は累進課税で、大学生の5%から跳ね上がり、20%になっています。
63万円の20%、つまり12万6千円、親の所得税が増えることになります。
住民税も同様で、新たに4万5千円が課税をされます。
合計すると20万円弱です。
年収が増えると、もっと親の負担が増えていきます。

子供が収入の壁を這い上がり、103万円の頂上に達したその瞬間に、壁はバタンと倒れ、親の財布からいきなり20万円が消えていきます。
どうしましょう、みなさん。
いやですよね、103万円の壁、超えたくないですよね。
そこで、私たち予備校のアルバイトはあることを思いついたのです。
100万円稼いだら、出勤しなければいい。
でも、自分にしかできない仕事があるし、担当生徒とも話さないといけない。
じゃあ、タイムカードを切らずに働けばいい。
どうせ年間で100万円稼ぐんだから、少しくらいタダ働きすればいい。
大和総研の2018年の調査によれば、24歳までの若者の非正規雇用者のうち、103万円直前で働くのをやめる就業調整をしている人は28%、70万人に登るといいます。
ここには、タダ働きにより壁の直前で抑えている人も含まれます。
働きたいのに働かない、働いても給料が出ない。
こんな職場、おかしいですよね?
しかし会社側からしたら、従業員が103万円の壁を越えても、越えなくても、何も変わることはありません。
そのため、会社側がなにか手を打つ余地はない、これが、この問題の特徴です。

では国はどうか。
壁の存在それ自体は、認識をしていました。
世帯主の配偶者、私たちの母がパートをする場合には、配偶者特別控除、というものがあります。
これは1986年につくられた制度で、配偶者の所得の大きさに応じて控除額を段階的に減少させるというものです。
住民税などにも適用されています。
103万円を超えても141万円まで少しずつ、夫の税金が上がります。
そこに壁はありません。
いわば、階段になっています。
具体的には、最大で5万円ずつ分けられているので、その20%、つまり1万円ずつ、税金が上がっていきます。
では、なぜこの制度が設けられたのか。
国税庁によれば、サラリーマンの妻による洗濯や料理など、いわゆる「内助の功」に報いるために作られた、という歴史的な経緯があります。
しかし、時代と共にその意義は薄くなってきています。
例えば、参議院調査局の論文では、昔は専業主婦世帯が多かったのですが、パートなどを含む共働き世帯が増えたため、大学生などの他の親族と比べて、配偶者だけに過剰な配慮を行う結果になっている、と分析しています。
つまり、特別控除という仕組みができたのに、わたしたち学生は、置き去りにされています。
それゆえに、私の同僚は就業調整、タダ働きをしています。

私は彼らを救いたい、これがこの弁論の出発点でした。
しかし、うちの某映像授業の予備校だけではありませんでした。
70万人の若者が、103万円の壁を超えないように就業調整をしています。
税制が、人々の働き方を、社会を規定しています。
働くのをやめる、タダ働きをする。
果たして、健全な社会と言えるでしょうか。
税制を、そして社会を、変えようじゃありませんか。

じゃあ、いつ変えるのか。
今でしょ!!

では、どう変えるか、お示しをします。
まず、基本的な考え方を変更します。
内助の功に報いる、という昭和の家族観とはオサラバし、特別控除の目的を、令和の時代にあったスキームにしましょう。
つまり、103万円の壁という税制のバグを解消するという目的のもとで、制度を見直しましょう。
では、具体的な政策を提案します。

少しずつ税額が上がるという、特別控除の階段の仕組みを、24歳以下の特定扶養親族にも適用します。
配偶者特別控除とまったく同じ計算を、そのまんま使います。
住民税や社会保険料にも同様です。
仮に名前をつけるならば、「特定扶養親族特別控除」の創設です。
この制度によってどうなるでしょうか。
103万円を少し越えても、親の税金はおよそ1万円増えるだけです。
壁を気にせずに働くことができます。
もちろんその分、税収は減ってしまいます。
配偶者特別控除の導入時には100万人が恩恵を受け、300億円の減収があったといいます。
今回の政策の対象となる若者は70万人ですから、物価上昇を考えてもやはり300億円程度の減収。
少ない数字ではありませんが、日本の一般会計予算は100兆円、その0.03%。
アベノマスクでさえ500億円でした。
300億円。
十分に現実的です。
しかも、壁を前にした就業調整、タダ働きがなくなることで、これまで所得税をまったく納めていなかった大学生が少しずつ納税するようになり、新たな税収が生まれます。
税制は、社会のあり方を規定します。
特定扶養親族特別控除の創設で、健全な税制、健全な社会を作ろうではありませんか。

私にはある夢があります。
政治家になりたいと思っています。
5,6年後に、選挙に出ようと思っています。
私が働くのは、小遣い稼ぎだけではなく、選挙費用をためたいからです。
目標は300万円。
しかし、壁に阻まれて、少しずつしか貯めることができていません。
私は税制により、私自身の生き方を制限されています。
では、70歳、80歳の政治家が、この問題に気づけたでしょうか。
大学生だからこそ、103万円の壁に強烈な問題意識を持つことができました。
この問題だけではないと思っています。
みなさんにしか気づけない問題が、社会の壁があります。
今は壁をのりこえない、その問題をここで発信しましょう。
それぞれが大人の階段を登ったあとに、それぞれの持ち場で、誰かが、壁をのりこえようじゃありませんか。
弁論大会が、社会変革の種まきの場になることを信じています。
ご清聴ありがとうございました。


〈所感〉

手応えはあったんですが、結果として入賞ならず。

審査員の方々からは「話が小さい」と指摘いただきました。
自分としては税制の根幹を弁論にしたので、話は小さくないと思っていましたが、大学生を話の中心に置くことで小さく見えてしまったのかもしれません。
問題解決の必要性はよくある話なので訴えやすく、その上で政策を導き出す過程と、政策の有効性・妥当性・実現可能性に徹底的にこだわりました。
(それを聴衆に伝えられれば「説得力100点」なのでしょうが、話の大きさ・・・)

賞という結果はついてきませんでしたが、かなり前から温めていた弁論なので、言いたいことをちゃんと訴えて伝えられたという点では満足のいく弁論でした。

「アジテーション→現状分析→原因分析→政策→締め」のような”型”には当てはめずに書いています。(無意識な流れは垣間見えるかもしれません)
なお弁論作成にあたり、次のようなことを考えていました。

・審査員審査だが、目の前の聴衆に弁論をしたい
 →新入生を意識した導入
・有名人じゃないんだから、ちゃんと挨拶して名乗って弁論すべきでは?!などと考えていた
 →前代未聞の一言目「みなさん、こんにちは!!」
 「雄弁会2年のsmkrと申します。」
・導入からぬるっと本論に入ること
・自分の具体例の描写で問題そのものを語ること
・「1点の政策を提案します!」の代わりに「今でしょ!!」

ちなみに、なんだかんだ年末にタダ働きはしませんでした。

なお無料版noteではコメント機能を使えないので、DM等で感想などをいただけると喜びます。


〈おまけ〉想定問答

本番で演壇に持っていった想定問答です。
答えにくそうな質問に対して、回答するロジックの流れをメモしています。
結果として「官僚答弁的」と審査員の方から厳しい評価をいただいたのは反省ですが、しっかり答えたらそれは官僚的になりますよね。

・若者は勉強すべきだ
① 今回の政策は、就業調整の解消であったり、そもそもタダ働きしている学生に給料を与えるもの。
② 法律論として、所得税法には、壁によって働く意欲を抑制するという立法目的はないため、壁によって勉強させるのを主目的にしてはいけない。
③ (関連)私は議員事務所で勉強しながら有給インターンしている。ただのバイトでも学ぶことはあるし、結果として就活でのガクチカにもなるのが事実だろう。働くことは決して悪いことではない。

・高齢者の103万円の壁はどうするのか
① 高齢者は年金収入がある。年金控除もあるものの、実質的に働ける枠は少なくなる。
② 定年後再就職などでガッツリ働いている人が多く、就業調整をしている数は少ない。
③ そのため、今回は喫緊の課題である大学生に言及した。
④ とはいえ壁は存在するため、いずれは壁をなくした方がいいのは確か。

・子供を従業員として節税、脱税するケース
① 勤務実態が曖昧な状態で高額な給料を与えると、確定申告のときに経費として認められない。確定申告が不当な節税、脱税を抑えている。
② 所得税法の立法目的からして節税を防ぐ効果はもとから期待されていない。むしろ少しずつ所得税を抑えるようになる。

・なぜ導入されていないのか
①基礎控除、給与所得控除の引き上げにより、昔は70数万円だった壁が103万円に引き上げられてきた。
②自民党はこうした小幅修正をする。維新が対案を出しているが、フラットタックスといった大規模な改革で実現性がない。今回の政策は中間的な改革である。

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