新生活で思い出す不思議体験  #3

3月の静かな夜だった。文章の運びに気持ちが乗って来た時、私はふと視線と思考を奪われた。

誰も触っていない、テーブルの上のシルバーがカチンと音を立てたのだ。

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件の女の子が、新たな提案をしてくれた。

早稲田大学を案内するから一緒に来てみてはどうか?と云う。私は恥ずかしながら大学に行くことは出来なかった。高校在学中から街に出て働く事を覚えそのまま時間が経過していた。しかし20代後半になり文章を仕事にする様になってから改めて大学に行って経済や世界史、法学の知識を得たいと密かに考えていた。彼女と出た当時私は既に31歳となっていたが、9つほど年の離れた新たな友人=彼女が自分自身の内に秘密を告白してくれた事が、私の気持ちを軽くさせた。

(詳しくは前回の投稿を  )

大学に今かでも入学できるかな?若い子たちと友達になれるかな?とやはり恥ずかしながら伺うと、きっと大丈夫、それなら一度遊びに来たら良いと誘ってくれたのだった。

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大学に行く。その校舎に足を踏み入れる、その事は予想以上に私を興奮させた。置いたままにした10代後半から20代前半の時期、子供と大人の境目の感覚。責任と無責任の狭間。未来への可能性への期待。甘酸っぱい感覚が不思議と蘇るのだった。大学内は大きな木々が気持ちよく生え並び、活気と自由に満ちている様に感じた。さらに彼女は一緒に講義を受けようと提案してくれた。総務に確認して来年の受験を目指すって言えばきっと大丈夫だと。かくして私は密かに憧れていた大学内での近代世界史の授業を受ける事ができた。知的好奇心が刺激され十二分に楽しむ事が出来た。学食でランチを取ることも全てが真新しく新鮮な気持ちだった。

「様子を見ていたけど、きっとすぐに新しい若い友達も出来そうですね」芝生に寝転びながら彼女は笑った。夏の前まだ空気は乾燥し、しかし十二分に暖かいそんな天候の春の日だった。芝生の緑が光輝き、気持ちの良い風が抜ける。

『もっと欲しい。もっとちょうだい』私も芝生に寝転び、青く雲ひとつない空に向かって呟いた。「何ですか今の?」

『近くに魔法使いがいるかと思って、お願いしてみた』「良いですねそれ」

大学を後にし、周辺を散歩していると、チェロやバイオリンを直す工房を発見した。やはり知らない場所を歩くと新たな発見がある。私は心が軽くなり、自身がまるで来年にはこの地で大学に通う事が決まったかの様に空想を膨らませたのだった。

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前回の投稿からかなり時間が経ってしまった。保存しっぱなしの公開されていなかった文章は記憶のタイムマシーンとなって驚きを与えた。当時大学生だった友人はその後起業し現在も東京に暮らしている。








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