尽己竢成

今回は僕が好きな言葉を紹介していこうと思います。

尽己竢成(おのれをつくしてなるをまつ)

自分の全精力を尽くして努力した上で、成功・成就を期待すべきである。
力を尽くし切っていないのに失敗を運のせいにしてはいけない。幸運を望む前に、まず自分の力を尽くせ。
また、失敗した不運を嘆いて努力を止めてはならない。さらに勤勉と辛抱を怠らず、成就を待て。
成功者は、努力の限りを尽くした結果、自身の運命を拓き得たのである。

僕がこの言葉に出会ったのは高校一年生の時、父さんから教えてもらったのがきっかけです。この言葉には僕を大きく変える要素がたくさんありました。

僕は「調子がいい。けど評価されない。試合に使ってもらえない。あの指導者とは合わない」こういった言葉をよく口にする選手でした。だから、試合に出れないのは、自分以外の他人のせい。かなり極端に書いてはいますが、わりとこう言った考え方でした。だから、そんな選手にチャンスが訪れる訳がないし、僕が指導者でもそんな選手にチャンスを与えようとは思いません。今思えば、選手として、ほんとに情けないし恥ずかしい。

そんな時、父さんから教えてもらったのがこの言葉でした。当時の僕からしたら胸が痛くなるほどまっすぐに突き刺さってきて、あまりにも刺激的過ぎたことを覚えています。この言葉をきっかけに僕は変わろうと決断しました。

結果ばかりを見て、物事の過程をおろそかにする自分、上手くいかない現状を変える努力もせずただただ周りの環境のせいにする自分。考え方を変えてみるという変化を恐れる自分。様々な弱い自分が見えてきました。上手くいかない時は、どこかに原因があります。その原因を解決するために何をすべきなのか。

上手くいかない、思い通りにいかない状況を変える努力ができるか。

なにかを成し遂げたい、成長したい人は手段を見つけ、

なにもしたくない人は言い訳を見つける。

いつ、なんどきチャンスが訪れても、そのチャンスを掴み取る「準備」を常日頃からすることが大切だと思います。すべては準備。観たい景色は人それぞれにあるように、どういった準備をするのかも人それぞれ。その目標に向かって、自分はいまなにをすべきか、どう行動を起こすべきかを考えて生きるのも楽しいものです。良い準備の先には良い結果が自然とついてくると思います。

このような考え方を持つようになれたのは父さんのおかげでもあり、僕にとって耳の痛い過去ではあるが、そう言った過去があったからです。そんな過去も何一つと無駄ではありません。自分にとって起こりえる出来事はすべてに意味があり、常に試されていると思います。

これからも、尽己竢成を心に置き

もっと多くの失敗をして失敗からまた大きく成長できることに楽しみを感じながら生きていきたいと思います!

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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