4年で売上1.6倍、2年連続日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞。ボルボ・カー・ジャパン躍進の理由~トップのユニークなキャリアが生み出したブランド戦略~vol.1
車が売れない時代――。
ライフスタイルの変化や日本経済の停滞、人口減少などと相まって、日本国内の新車販売台数は1990年をピークに減少傾向に転じました。
しかし、そのような環境下において、4年間で売上1.6倍、輸入車初2年連続で日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した自動車メーカーがあります。
スウェーデン発祥の自動車メーカー「ボルボ」。
現在、ボルボ・カー・ジャパンの代表取締役社長を務める木村隆之氏は「ブランドイメージが中途半端で、過剰在庫を抱えるような危機的な状況にありました」と就任当時を振り返ります。
ではなぜ、ボルボはV 字回復、さらにはブランド力を向上させることに成功したのでしょうか。
そのノウハウを直接伝えるオンラインサロン開設にあたり、トヨタ、ファーストリテイリング、日産とユニークなキャリアを歩んできた木村氏だからこそ可能だったその「ブランド戦略」について伺いました。
厳しい環境の中、社長に就任
――ボルボの社長に就任された2014年、ブランドイメージを含め、非常に厳しい環境下にあったと伺いましたが、どのような状況だったのでしょうか?
当時、販売台数は伸び悩み、在庫も課題も山積みといった状況でしたが、ボルボに限らず、国内の自動車業界にとって厳しい環境は今現在も続いています。ピーク時の1990年には約778万台あった新車販売台数が、2018年には約527万台にまで減少しています※。輸入車は2009年を底に、販売数は伸び続けていますが、いわゆるCASE(Connected:つながるクルマ、Autonomous:自動運転、Shared&Services:共同所有とサービス、Electric:電動化)による変革期を迎え、この変革に対応しつつ、プレミアム市場でのポジションを確立できなければ、生き残りが難しい時代になってきています。
※ 軽自動車を含む新車登録数
(社)日本自動車販売協会連合会
時計業界から学ぶ「ブランド」の力
――ただ、そうした中、昨年2018年の受注台数は就任された2014年比で65%増の2万台を突破、売上も1.6倍とV字回復していますが、その秘訣はどこにあったのでしょうか。
社長就任1日目から繰り返し発信しているのは、「ブランド戦略」が大切だということ。そして、現場の私たちでできる唯一のことはCS(顧客満足)を上げることであり、それを徹底するよう言い続けています。
ブランド戦略の好例としてスイスの時計ブランドが挙げられます。一時期、セイコーのクオーツ時計によって市場を奪われたスイスの時計メーカーは、セイコーと同じ戦略をとらずに、高付加価値戦略を深化させました。結果、日本のメーカーはものの見事に反撃されてしまったのです。
「時を計る」という同じ機能を提供し、正確性という点ではクオーツが優っているにもかかわらず、機械式中心のロレックスのほうが単価が高い。
これが「ブランド」の力です。
これは自動車業界でも同じで、「移動する」という同じ価値を提供しているにもかかわらず、たとえばポルシェは他の車に比べ、価格が高い。
では、ボルボはどうか。縦軸を情緒的価値(カッコいい、欲しいなど)、横軸を性能的価値(速い、安全など)とした4象限に分類すると、メルセデス・ベンツ、ポルシェ、レクサスなどは右上の「プレミアム」に位置付けられます。一方のボルボはといえば、上質・頑丈・安全というイメージはありますが、プレミアムとまでは言い切れない中途半端な位置にあると私は感じていました。
「安さ」の競争を離れ「プレミアム」市場開拓へ
――ボルボもスイスの時計のようにプレミアムでなければ生き残れないということでしょうか?
そうです。私は常々、日本の市場は二極化していると見ていました。100円ショップに代表されるように安いものはとことん安く、一方で高級時計やブランド品は非常に高額といった市場が広がっているからです。こだわる買い物とこだわらない買い物とに明確に分かれているという意味で、日本の市場は成熟期を迎えているといえるかもしれません。
そうした視点で自動車市場を見てみると、ここ数年、新車販売の4割近くを軽自動車が占めていることがわかります。しかし、プレミアム市場のプレイヤーはベンツやポルシェなどの輸入車とレクサスくらい。つまり、日本のプレミアム市場は開拓の余地があり、中途半端な位置付けだったボルボはその市場を狙うべきだと考えたのです。
まだ道半ばではありますが、モデルミックスや装備の差別化をすることによって、以前317万円だった1車あたりの平均販売価格は、現在では500万円を超え、他のプレミアムブランドと遜色ないレベルにまできています。
顧客満足度アップのための数値戦略
――今夏に発刊されたご著者『最高の顧客が集まるブランド戦略』でも大きな戦略に加えて、具体的な数値を駆使されている印象を受けましたが、ゴールを達成するためのKPIはどのように運用されているのでしょうか?
まず、現状を分析するという意味で、他のプレミアムブランドと自社の現状を数値化しました。お客様の年齢、世帯年収、購入価格などを調べたところ、他のブランドと大きな違いがないことがわかったのです。つまり、ボルボのお客様の世帯年収は十分高いにもかかわらず、ボルボがプレミアム度をしっかりと打ち出せていないために、低価格の車ばかりを販売してしまっていた。ですから、その分析結果を受け、価格が上がれば上がるほどお客様の満足度も上がる「松竹梅」の価格設定などを展開することで、先述した1車あたりの平均購入価格500万円を達成することにつながったのです。
また、一般的に自動車業界では、お客様の買い替えサイクルが長く、社員、ディーラーが肌感覚として顧客満足度、リピート率を感じるのが難しい。そのため、一度購入してくださったお客様に再度購入していただくリピート率を表す「ブランドロイヤリティ」、「指名買い比率」などを数値化、見える化することに取り組んでいます。
さらに、実際には全てをお見せできませんが、「全員経営」を掲げ、社員用、ディラー用に具体的なKPI一覧を作成。毎月の全体ミーティングで共有するようにしています。細かくKPIを設定することで課題が抽象的になることを防ぐことができ、社員、ディーラーが一丸となり、目標に向かってアクションできるように仕組みを整えたことが、V字回復の原動力となったと考えています。
今回のまとめ
①自動車業界自体は変革期。現状に甘んじていては生き残れない。
②「ブランド戦略」のために現場ができるのは顧客満足度を上げること。
③同じ機能でも「ブランド力」があれば、価格が高くても買ってもらえる。
④こだわる買い物と、とことん安い買い物の二極化の谷に入ってはいけない。
⑤すべての数値を見える化。細かなKPIで目標を達成できる仕組みを構築。
後編に続く。
プロフィール
木村 隆之(きむら・たかゆき)
ボルボ・カー・ジャパン株式会社 代表取締役社長。
1965年生まれ。1987年、大阪大学工学部卒業。同年、トヨタ自動車株式会社へ入社。
海外の商品企画を担当し、トヨタに勤めた20年のうち16年間は海外営業を中心に活躍。
2003年にはノースカロライナ大学でMBA(経営学修士)を取得。後にレクサス国内営業部に移籍。
2007年、株式会社ファーストリテイリングに入社。ユニクロの営業副本部長を務める。
2008年、日産自動車株式会社入社。翌年、インドネシア日産で代表取締役社長を務める。
その後、アジア・パシフィック日産自動車会社、タイ日産自動車会社の代表取締役社長を務め、2014年にボルボ・カー・ジャパン株式会社の代表取締役社長に就任。
社員にもわかりやすい方針と定評がある長期計画を遂行している。
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