パラード


 去年の秋頃の話です。
  


 下北沢のはずれにある小さなレコード屋さんで、1本のVHSテープと出会いました。ただでさえ狭い店内の、その中でもいちばん目立たないような隅っこのスペースに、それはひっそりと並んでいました。
 
 


 陽に灼けて色の褪せきった外箱の背表紙に刻まれた「パラード」というタイトルと、表側に描かれた淡い色調のイラストが、どうしてか気になって仕方なくて。耳慣れない片仮名4文字にあれこれ想像を巡らせながら、わずか300円ほどで投げ売りされていたビデオ・テープは、気づけばぼくの鞄の中にありました。ふしぎなカセットの中身への期待と不安が入り混じった、やや高揚した気分でその日は帰路につきました。
 
 
 



 中央線沿いの静かな喫茶店でそのVHSを観たのは、それから2週間ほど後のことです。ちょうど陽も暮れかかり、高円寺の街はいくらか人通りが多くなる頃でした。
 
 
 


 「パラード」 1974年 監督:ジャック・タチ
 
 


 それは、とあるサーカス団のショウの一部始終を描いた、90分にも満たないくらいの短い映画でした。どこか気の抜けてノンシャランとしたユーモアが、軽快で洒落た音楽にのせて延々と絶え間なく紡がれる、たったそれだけのフィルム、だけどそれが可笑しくて愛おしくて。エンドロールが流れきったあとも、心地の良い余韻で暫くのあいだ動けなかったことを覚えています。例えるならば、誰にも教えたくないけれどすきなひとにだけこっそり耳打ちで伝えたいような、そんな映画でした。
 
 


  喫茶店の階段を降りると、辺りはもうすっかり夜の空気を纏っていました。     
 


  見慣れたはずの街の灯りがその日、すこしだけ滲んできれいだったことを、いまでも高円寺へ出掛けるたびふと思い出します。ひょっとしたらあの日の一部始終が、ぼくにだけみえた魔法のようなものだったのかもしれません。


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