続きのない夢のはなし


 夢のなかで、憂鬱は姿形をもって眼前に現れた。某RPGに出てくるスライムみたいな、パッと見では害があるように思えない感じのフォルムでふわふわしている。


 こいつのせいで毎日眠れないしバッド入っちゃうし、もうたまったもんじゃねーくたばれや、とえらく造りの雑な(しょうがない、夢だし)鈍器を振り翳すとそいつはビビって泣き始めた。なんだかかわいそうだしおまけに結構かわいい見てくれをしているので、仕方なく家に連れて帰ってお風呂に入れてあげたりご飯を食べさせたりした。


 それからスライムはすくすくと育ち、やがて心ない言葉でおれのすきなひとを傷つけたり、身体の調子を最悪にしはじめたりした。手をあげようとすると泣くのが面倒なので言葉で諭し続けたが、ある日あまりにも要領を得ないそのぶよぶよにおれはひどく腹が立ち、お前はもう要らない、頼むから出て行ってくれ、すまん、と言った。


 するとそいつはめちゃくちゃに膨張して、部屋の外壁はぶっ壊れ、やたら見晴らしのいいところにおれと大きなスライムだけが残されるかたちになった。何もかもに疲れて、ふよふよのお腹を枕にして横になると何故だか少しだけ安心した。眠っているうちに身体がスライムのなかに取り込まれていく感覚があったが、もうこの際どうでもよかった。




 目が覚めるとよく知った部屋のベッドの上だった。少し寝過ぎたらしく、時計は正午を指している。


 よろよろと身を起こすと、ローテーブルの上にある恋人からの書き置きに目がいった。冷蔵庫にあるご飯をあたためて食べていいこと、出て行くとき鍵はポストに入れておいて欲しいこと…。


 書き置きのいちばん最後のとこに目をやると、笑っている青いスライムの絵が添えてあることに気がついた。右横に吹き出しで何か書いてあったが、それを読む前に自分の左手が動いた。


 おれはその絵を黒ペンでめちゃくちゃに塗り潰し、昨日履いていたズボンのポケットでひしゃげた煙草を吸い、もう一度眠った。夢は見なかった。ひどく安心した。


(2021.9.4)

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