転がる犬、君に朝は降る?


 昼過ぎに起きて、窓を開けてぼけーっとしていたらふと昔のことが頭を過った。どこかのライブハウスでみんながお酒を片手に語らっていた風景、そしてそこに集まっていたひとたちのこと。1年前や2年前の夏ってどうしていたっけ?とか、そんな他愛もないことを考えながら、メンソールの煙草を2本吸った。

 それから思い返した、大切なこと。




 髪の毛がそれなりに伸びて、パーマもかけたらなんだか大きな犬みたいな見てくれになったのは去年の冬だったか。それから程なくしていまの街に引っ越して、最近になってようやく幾らかこの場所をすきになりはじめた。そのあいだにも髪の毛は伸び続けて、いまではほんとうにもふもふの大型犬みたいなフォルムになってきた。


 街の片隅で酔いどれワンちゃんは適当に生きて適当に死ぬつもりだった。なんとなくスレたような、諦めたようなポーズで、酒を飲んでふらふらしていた。

 いたんだけど。


 この街の夜は眩しすぎて、空に星がみえない。けれど、あの曇りがかった向こう側には星の海が確かにあって、それをおまえの音楽で獲れるよって、とんでもないことを言うひとが現れた。ある日突然に。

 そんなはずがないって笑い飛ばしてもよかったのに、なぜかビビビ!ってきた。そんなの聞いたことないし、言われたことなかった。おれの頭上に銀河があって、それを手に入れるって、どういうこと?わけわかんないのに、嬉しくて、燻っていたとこに火がついた感じがしてあつくて、眠れなくなった。


 そっからはもう、そのワンちゃんは毎日がたのしくて仕方がなくて。勢いだけで転がるようにして日々を生きた。相変わらず普段はふらふらしているだけの頼りないデカい犬だったが、ステージに立って鍵盤を鳴らす瞬間だけは血統書つきのウン百万するセレブ犬よりも遥かに気高く、ハッピーだった。春も、夏も、あっという間に過ぎて、気がついたら今日だった。

 世界はきらきらしていて美しい。おれがひとりで生きていたら、多分死ぬまで気付くことがなかっただろう。遠くに行けばいくほどもっと綺麗な景色があるかもしれないとか、きっと想像もしなかった。突然に輝きだした世界を映して、くらくらしながら走ることがおれのすべてになった。




 まぁよくできたお話だこと、と思ってくれてもかまわない。だけどほんとにこれだけのことでおれは生きてきたし、生きている。それ以外何もなかった。




 おれの身体と心はそんなに頑丈にはできていないはずなのに、その割にはまだ全然壊れてくれない。 
 もういい加減諦めさせてくれよって笑いそうになるくらいしんどい日もあって、それでもブレーキが効かなくて、ほんとどうかしている。

 だけど、大それたことを望んだり、デカすぎる風呂敷をひろげてみたり、やりたいように、やれるだけやってみようかな、いまはそんな風に思う。デカいワンちゃんにだって、意地と気概とラヴがある。もらったんだ。


 犬は転がっていく。いつかきみに朝が降るように。




 メンソールの煙草をもう1本吸ったら、バスに乗ってスタジオへ行こう。音楽が待ってる。


(2021.8.29)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?