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こわいもの

命をかけるかと聞かれたならば光の速さでしかも被せ気味にYESと答え過ごした作家としての10年目、遂にその天秤に我が命がかけられた時そのあまりの重さに戦慄した
全く、当に全く命の重さというものを理解できていなかった
自分の持ち合わせる全てを乗せて対抗してもその針をミリも動かすことができなかった
そして自らが蔑ろにしてきた自他共多くの命の存在があったことが一瞬のうちにありありと思い出され未だかつてない(これに関しては最適な言葉が見つからない、最上級の)後悔と恐怖に突き落とされた。

「今があなたの人生で一番がんばる時です」
主治医の言葉とそれを裏付ける検査結果が目の前に並んだ夜、これが絶望だこんなふうにこんなところで自分は終わってしまうんだ、という明らかすぎる事実にもう八つ当たりをして暴れだす気力も抜け落ちただ怖くて怖くて死にたくない死にたくないと震えて泣き続けた

病室は隔離された棟にあり親族にすら自分からの連絡はできない環境であった。
身がすり潰されていく恐怖と孤独は大波になり常に脳の中で閃光が走る酷い目眩がおさまらない。足の裏は激しくむず痒くガタガタ震え背中には冷たい汗が流れ止まることがない。大きく鳴り続ける心臓、しかし常時不安定にフワリと浮いているような内臓の感覚
息が苦しくて何度も看護師を呼び出しては楽にしてくれと泣いて頼んだ。

そこでいよいよ遂に自分には命をかけるほどのものがないことを知る。
何もかももういらないから望まないから助けてくれと願った。
過去の自分の浅はかさに気がおかしくなるほど激しい怒りが湧き情けなく惨めで、その上いまは「死」までも眼前にぶら下がっている。言葉にならないものの存在をあれほどはっきりと感知し実感したのは後にも先にもあれしかない。漠然となどしていない。くっきりとそこにあった。

わかっていたつもりで結局のところ概念として机上のみで把握していただけの実感の伴わない思考のクソさは度を超えた害悪を身体中に撒き散らす汚染物質だと知った。

あの最期通告を越えて2年が経つが今もあの日を思い出さない日は無い。文字にするのは初めてだったがこれだけ饒舌にあつらえてもあの時の衝撃を表しきれない。想像を完全に超えた恐怖の存在として常に隣に居続けることになったが慣れることもないそれに向かって、今日もありがとうございましたと一日の終わりに唱えるのが僕の日課


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