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「人と違う道をいけ」に覚える違和感
ふらっと入ったコンビニで。。。
いつかのコンビニで見かけた某エナジードリンクのキャッチコピーに「人と違う道をいけ」そんな言葉が使われていた。
前回の記事では
前回の記事を読んでない方は先にそちらを読んでいただけるとより理解しやすいかと思いますが、ざっくりというと「人と同じ生き方をしていたら自分の価値は上がらない」みたいな話をしました。僕自身もそういった考えは持っているし、前回の記事が嘘なわけではないです。
今の時代、様々な生き方が表に出やすくなって、生き方に多様性があることに気がつく。
だからこそこんなキャッチコピーも客の胸を打つし、インスタグラムなどで人とは違う生き方をする。という表現をしている方もいたりする。
僕が抱く違和感
僕はあまりその表現が好きではなくて。。
でも「お前は、人と違うことをするのか人と違うことをしないのかどっちなんだ」という問いをあやふやにするつもりはなくて。
僕の答え
僕のたどり着いた答えは、「本当にやりたいことやれ!例えそれが人と違っていてもいい」です。
なんだか周りくどい言い方ですが、目的が全然違っていて、「人と違う道をいけ」という言葉には違う道をいくことこそが目的だ、みたいなニュアンスを受けると思います。
僕の目的はそこではなくて、やりたいことをやったらそれが他の人が違うことだった。という結果です。
違和感の正体とは?
「人と違う道をいけ」と言う言葉にはなんだか、「自分」というものに軸がなく「自分が本当にしたいことはなんなんだ?」と言う議論がどこか置いてきぼりにされている気がします。
みんなが右に行くから俺は左に行く。と言うのは勇気はいるのですが、それも思考が止まっている。そうではなく、僕が大切にしているのは「みんなが右にいこうが左に行こうが僕は僕がいきたい道をいく。」と言う考え方です。
例えば、本当に結婚したいと思ってる人が「人と違う道をいけ」に重きを置きすぎて、結婚したら周りと一緒だもんなぁ。なんて思って、「結婚しない」なんて結論出してもその瞬間、誰も幸せになっていなくて、見てられません。
例えでこうやって言って見ると「そんなバカいるか?」って思いますが結構日常生活に散らばっています。
みんなインスタやってるから俺はやらない。
みんな群れたがるけど、俺は一人で行く。みたいな、天才気どりのヤツ。
僕も、アマノジャクな性格なので、見る人から見たらソレなのかもしれない。
でも、それって「自分は本当はどうしたいのか」と言う問いに自問自答してあげれてない。
みんなが右行ったら左行くって人は、「自分の軸がある」ように見えますが、それもそれで他人の様子見をしないといけないので、「他人軸の選択」と言うことです。
人生観
前回書いた記事とは、逆説的なことと捉えられるような入りでしたが、理解いただけましたか?どちらも僕の大切にしている物事の判断基準ですので読んでいただけたことが嬉しいです。
「人と違う道をいけ」を僕はこう捉える
ここまで勝手に散々言ってしまいましたが、この言葉は捉え方次第です。
この言葉が、踏み出したい一歩が周りの目を気にして踏み出せない時に刺さるような言葉であって
間違っても、踏み出したい一歩があるのに、それは普通だから。と思って踏みとどまるようなことがあってほしくないと思っております。
ps:人の発言に反対するときや意見する時には全否定するのではなく、こんな感じで相手の発言を理解した上で意見を述べると人と喧嘩することが本当になくなります。
(「お前とはもう話ができん!しゃべるな」みたいな頑固オヤジは抜いて)
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