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小説 Lento con gran espressione

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月子は亡くなった大叔母から小さなお屋敷を譲り受ける。そこには花の咲きみだれる美しい庭園があった。大叔母は何故月子に家を残したのか?そんな中、ひょんなことからとあるピアニストの青年…
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2024年1月の記事一覧

【小説】Lento con gran espressione(5)

 今日は空が真っ青で雲一つないドライブ日和だ。しかし、菅野くんは容赦がなかった。 「小林さん、臭いですよ」  小林さんの愛車にある芳香剤が臭いというのだ。確かに甘ったるい匂いが充満していた。それも軽自動車だからよけい強烈に臭うのかもしれないとわたしは言わないけれどそう思った。 「そんなに臭うかな?」 「臭いますよ、いかにもおじさんだから。これまずいレベル」 「そこまで言わなくてもいいじゃないか」  すると洋子さんがパシリと言った。 「途中でファブリーズ買いましょう」  小林さ

【小説】Lento con gran espressione(4)

 翌日はお店の定休日だった。わたしはパジャマのままお父さんの写真を何気なくぼけっと見つめていた。スマホが鳴った。お母さんからだ。話すのは久しぶりだった。お父さんが亡くなったことがきっかけでわたしたちはあまり口をきかなくなっていた。少しためらいがちに話は始まった。 『月子、元気にしてる?』 「うん」 『あのね、急にごめんね。今日は少し急ぎの用なのよ』 「うん」  わたしは「うん」しか言えない自分に腹が立った。こんなんじゃだめだ。でも構わずお母さんは続けた。 『実は亡くなっ