生む

 あたしはずっと、物語を書きたかった。劇作家になりたかった。女優になりたかった。全部失敗した。それでも演劇に縋り付いている。台本を書き直している。言葉を、肉体を信じている。

 もうインターネットには存在しない、劇場にも存在しない、ただ生きていることだけはわかっている、あなたへの挑戦状兼ラブレターを上演するつもりだった。でも、あなたが来ないなら全て無意味だ。全部変える。あたしはあたしのために書く。演じる。

 上手く演じようとすればするほど、ちゃんとしなきゃと思えば思うほど、稽古すればするほど、どんどん台無しになってしまう。全部、その瞬間に壊れてしまう。文章が書けなくて、息ができない。言葉を吐けない。

 あなたに選ばれなかったあの日から、あたしの全てが終わったと感じた。確かに終わった。今も終わり続けている。終わりが終わってくれない。更新できない。あたしは絶対にあなたにはなれない。あなたにはならない。

 インターネットの海の中で、演劇の真似事を続ける。あなたが見ていると信じている。もう何もかも手遅れだけど、文字を打ち続ける。演劇をやります!台詞が覚えられない。言葉を思うように口に出せない。音が割れるように痛い。人の顔を見れない。目が泳ぐ。体が固まる。演劇をやります!

 B子さんの演劇を観て、あたしはこのままでは駄目だと思った。今自分ができること、やりたいことを全部やらないと後悔すると、心の底から思い知った。3年前に書いた遺書じゃ駄目だ。今の自分を書かないと駄目だ。あなたに縛られていないあたしで、みなさんと向き合わないと駄目だ。

 文学座の本科を出た父に稽古を見せたら、「もっと芝居を抑制しろ」と言われて殴ってやろうかと思った。叫びたい。あたしに叫ばせろ。声が出ない。母が亡くなってから、ずっとあたしの味方でいてくれたパパが大好きで堪らない。

 「付き合ってほしい」と人生で初めて口にした。「あなたの性格がよくわからないから、考えさせてほしい」と返された。無性に腹が立った。性格なんてねえよ。あたしはずっとあたしでしかねえよ。緊張してしまう。都合の良い人間を演じてしまう。思ってもいないことを口にする。

 愛と憎しみが常に共存する。これは不器用では済まされないことだと思う。抱き締められたいのに、刺してしまう。傷つけた分だけ自分に返ってくる。死にたくなる。

 ここの常連のたかはしさんが「生活の全てをぶっこむくらいの気持ちでやらないといけない、心を打たれるのはそういうものだ」と言ってくれて、その時はテキトーに流してしまったんだけど、今確かにその通りだと思い知らされている。

 台本が書けない。物語が書けない。でも断片なら書ける。コラージュならできる。混沌とした人生を、バラバラにして繋げて、披露する。あたしは生きている!

 毎日どの授業も一番前の席に座って受けている。優等生を演じている。学士入学で入ったから持ってる単位が少ない。成績のほとんどがSでないと安心できない。去年の秋、尊敬している先生にレポートを褒められた時、「一番よかった」と言ってもらえた時、死ぬほど嬉しかった。その先生は来年ロシアへ行ってしまう。

 飼っていたチワワのモモが亡くなって、今月2日で1年が経った。広島から横浜に帰る途中に亡くなってしまって、本当に後悔した。預けていた動物病院の先生に対して、目を見てお礼を言えなかった。メールの返信が遅い(何て返そうか深く考えてくれていた)叔母に八つ当たりした。

 きみの目が好き。声も好き。体格も好き。精神が好き。優しいところが好き。(きみなりの考えにおいて)正しいところが好き。あたしを好きになってくれないところが、一番好き。

こないだまぼろしパンダポイポイさんと一緒に演劇をした。久々に屋外で演じたのは本当に楽しかった。パンダさんはいつもあったかくて優しい。みんなでやる、同人活動的演劇ごっこが長く続けばいいと思う。

 演劇を諦めきれなくて、演劇学専攻が設置されている大学に入り直した。けれど教養科目の単位が足りなくて、今学期は日本語史とか西洋思想史とか全く興味のない科目ばかり履修している。先生に愚痴ったら、「そういう関心のないものでも面白みがあるかもしれないよ」と返された。

 絶交した友達の桃子ちゃんが、去年の誕生日にくれた紅茶を飲む。淹れるたびに彼女のことを思い出す。桃子ちゃんの前でずっと笑っていなきゃ、楽しそうにしてなきゃと思っていた。衝突した時は既に手遅れで、もう二度と会えない。先生は「連絡すればまた会えるかもよ」と言ってくれたけど、あたしにも意地がある。

 先生のことが本当に大好きだった。先生が薦めてくれた映画を20本以上観た。ギトリ、パラジャーノフ、カネフスキー。先生とはもう二度と会わない。先生はきっとあたしの名前をすぐ忘れるだろう。それでいい。先生から学んだことを財産にして、あたしはあたしの道を進む。

 きみは、先生とは全然違うタイプの人間だ。あたしが言ったことをしっかり覚えていてくれるし、声に張りがある。ただ、本当にあたしを好きになってくれないところだけは共通している。

 ここに毎日通うむらまつさんは、「俺は演劇を諦めた人間だから」と笑う。でも、むらまつさんは芝居がめちゃくちゃ上手い。こないだ、きみを振り向かせるにはどうしたらいいかと相談したら、男を秒で落とす、魔性の女を演じてくれた。魔性すぎてあたしには無理だと思った。

 去年の夏、留守電が入っていた。声ですぐにあなただとわかった。電話の内容は、インターネットの掲示板とSNSに、あなたへの誹謗中傷が書かれていて、その書き手があたしなのではないかというものだった。呆然とした。あたしに書けるわけがなかった。だってあなたは光だったから。でも、それももう、靄がかかって完全に見えなくなった。

 91歳の祖父と、88歳の祖母は、古道具屋を営んでいる。「渡辺商店」。看板はもうボロボロで、「渡」と「店」の文字が消えて、「辺商」しか残っていない。ネズミが出る。祖父は耳がほとんど聞こえず、歩くのもやっとだ。祖母は認知症で週2回デイサービスに通っている。それでも彼らは店を続ける。タコが自分の足を食べるように営業を続ける。

 母が入院中、4歳のあたしは毎日渡辺商店に預けられた。古道具屋と言いながら、店ではなんでも売っていた。おせんべい、カステラ、美空ひばりのCD、水晶の置物、能面、『のらくろ』の漫画。ボーっとするあたしに、祖母は店で売っていた、たまごっちの偽物をくれた。偽物のたまごっちは、ほっといてもしぶとく生きた。あたしは、ひたすらたまごっちが死ぬのを待った。ママに会いたかった。

 今の精神科に通い始めて1年以上経つ。毎回違うお医者さんから「気分はどうですか?」など、当たり障りの無い質問をされ、たまに採血をし、よくわからない薬を3種類処方されて、飲み続けている。聴覚過敏で耳栓をして就活するのに、障害者手帳が必要で、その為だけに通院を続ける。虚無。

 今まで3ヶ月近く、結局あたしはあなたみたいに演じようとしてしまっていた。あたしには上手く演じることはできない。あたしがあたしらしくあるためには、あなたを手放さなければならない。女優気取りではない。あたしは女優。

 ここへ通い始めて2、3回目くらいの頃、店主のりえさんが「ナギちゃん、周りを不幸にしてもいいから自分だけは幸せになりなよ」って言ってくれて、それがすっごくすっごく嬉しかった。

 ずっと、大丈夫だと言われたかった。思い切り愛されてみたかった。役が欲しかった。賞が欲しかった。その全部に価値がないこともわかっていた。何をすることが正解なのかわからない。ちゃんとさらけ出せているのかわからない。寒い。

 きみが付き合う上で、一番大事にしていることがセックスだと知り、不安になった。アトピーが酷いからずっとセックスができない。あたしがいつもロングスカートばっかり履いているのは、ボロボロに荒れた脚を隠すためだ。触れること、触れられること、とても怖い。

 飼っているヨークシャテリアのミニィが、今月1日で13歳になった。あとどれだけ一緒に過ごせるだろう。ずっと一緒にいたい。できることは何でもしてあげたい。大好き。

 大学が休みだと、愛ちゃんに会えなくて寂しい。愛ちゃんの顔を見ると絶対に元気になる。愛ちゃんは演劇をしているあたしを凄いと言って肯定してくれる。あたしはドラムを叩く愛ちゃんがキラキラして見えて誇らしい。卒業したら会うことも少なくなるのだろうか。寂しい!

 あなたがいなくても、あたしは生きている。演劇ができる。それを証明するためにこの場所に立っている。あたしは女優。演劇をします。演劇をします。

 本当は全部嘘で、演劇なんかどうでもよくて、ただあたしをぶつけたいだけなんです。生きていることへの手ごたえが欲しいだけなんです。好きです。大好きです。だからどうか愛してください。あたしが女優じゃなかったら、全部信じてもらえますか?だったら女優なんかやめます!

 去年の冬、あなたからハラスメントを受けたこと、留守電のこと、谷賢一の報道でそれらが全部フラッシュバックして辛かったことを、先生に話した。先生は静かに話を聞いてくれて、帰りにラーメンを奢ってくれた。あの時の先生の優しさを、あたしは一生忘れない。

 嘘。「可哀想」の延長で愛されるくらいなら、死んだほうがマシだった!

 どうせいつか失うから、「大好き」と伝えるようにしている。でも言いすぎると「大好き」の意味が、価値が、重さが、どんどん損なわれていってしまう。どうか消えないで。去らないで。置いていかないで。ずっとここにいてくれるなら、もう二度と「大好き」なんて言いません。

 「産んでくれてありがとう」ママとのお別れの時、17歳のあたしは確かにそう言った。思ってもいない言葉だった。産まれて辛いことや納得いかないことばかりで、ママがあたしを産んだことは完全な失敗だとわかっていた。それでもママを安心させたくて、嘘をついた。正しすぎる嘘だったと思う。

 ラジオをやりたいです。くだらない日常を晒して、誰かの孤独を照らしたい。『空気階段の踊り場』『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0』ランジャタイの『ふわっち presents らじおっつ』全部最高に笑えて元気をもらえた。でも今は、余裕がなさすぎて全部聴けていない。

 今、ここでやっていることが既にラジオなのかもしれない。あたしからのメールをあたしが読む。リスナーのみんな、聴いてますか?『空風ナギの限界ラジオ』! 

 「あたし、生むわ!自分で自分を、生むわ!」あなたが一人芝居で言った台詞を、心の中で抱き締め続けている。あなたを演じてみたかった。あなたになりたかった。何をされても、結局あたしはあなたを忘れられない。それも今日で終わりにする。

 青のハイライト。先生の煙草の匂いが好きだった。研究室に並べられた、膨大な西洋演劇に関する本の中に、ぽつんと唐十郎の『少女仮面』が置いてあったのを見つけた時は、本当に嬉しかった。写真集『誕生』を見せた時、「いいじゃないですか」と言ってもらえて、嬉しかった。

 先生の眼鏡の奥の鋭い目が好き。鼻が好き。唇が好き。黒子が好き。無精髭が好き。白髪混じりの黒髪が好き。大きな手が好き。長い指が好き。左手の薬指にちゃんと指輪を嵌めているところが好き。背が高いところが好き。気怠げな声が好き。論理的に物事を考えているところが好き。人に興味がないところが好き。でも優しいところが好き。笑顔が好き。先生、奥さんと別れてください。先生、ロシアへ行かないでください。先生、今日で全部終わりにします。

 今好きな人。あたしは自分の感情がわからない。きみに対して、どれほど誠実に好きだといえるのか、わからない。ただ、苦しかった時、きみの芸に魅了され、救われたことは確かだ。きみを最高だと思っている。付き合えたらきっと楽しい。本当は全部嘘で、ただ孤独を照らしてほしいだけなのかもしれない。

 愛して。性格なんか一生わかってたまるか。セックスだってできる。だから愛して。愛して。愛せよ馬鹿!きみの目が嫌い。声も嫌い。体格も嫌い。精神が嫌い。優しいところが嫌い。(きみなりの考えにおいて)正しいところが嫌い。あたしを好きになってくれないところが、一番、大嫌いで大嫌いで、大好きだ。

 演劇を、続けます。

 9歳の頃に市民劇に出演し、初めて舞台に立った。学校でいじめられていたあたしにとって、舞台の上は天国だった。役があるということは、そこで生きる資格があるということだ。誰もあたしを殴ったり怒鳴ったりしない。息をする。大きな声を出す。生きている、と感じた。

 中学に上がっても、いじめは終わらなかった。机に落書きをされたり、座っている時に椅子を引っこ抜かれたりした。殴ったり怒鳴ったりされないだけマシだと思っていた。放課後はひとりで美術室に篭り、ひたすら当時好きだった女優のベラ・ソーンの絵を描いていた。ベラに、なりたかった。

 高校に上がると、友達がたくさんできた。みんなが毎日一緒にお弁当を食べてくれることが、嬉しくて堪らなかった。でも、居場所があると逆に不安で、いい子の役を演じなければと思った。嫌われたくなくて、一生懸命お菓子を配りプレゼントをあげた。優しくされればされるほど、不安になった。

 演劇部に入った。でも部員のほとんどがバイトに行ってしまって、稽古が成り立たない状況が発生した。そこであたしは外部の演劇の企画に参加した。周りのみんなが上手く演じることができている中、あたしだけ息ができなくて、台詞を噛んだ。上手くできない自分に、苛立った。

 企画が終わってしまうと、また演劇ができなくなった。とにかく居場所が欲しかったあたしは、友達のいた文芸部に入り、物語を書いた。物語の中で、登場人物たちに演技をさせることで、演劇をしたい自分の欲を満たそうとした。ひたすらに筆を走らせる中、ママが救急車で運ばれた。

 最期の日、ICUの中に入ってきちんとママとお別れをした。受験に落ちた。なんとか受かった滑り止めの大学に入り、それと同時に演劇の養成所に通うようになった。自己紹介で「ずっと死にたかった」と言ったら引かれた。演劇ができる環境に入れたのに、結局何一つ上手くできないまま、一年が過ぎようとしていた。

 そんな中、インターネットの海の中であなたを見つけた。あなたの紡ぐ言葉は光っていた。まだあなたのつくる演劇も、あなたの演技も観たことがなかったのに、どんどん惹かれていった。DMを送り、稽古場見学をさせてもらった。そこから劇団の手伝いをするようになった。

 その頃、同じくインターネットの海の中で出会った人がいる。平原演劇祭という野外演劇企画をやっている高野竜さんだ。竜さんは養成所の卒業発表を観て、ツイッターであたしの演技を断トツだったと褒めてくれた。初めてあたしの演技を認めてくれた人に出会えて、感動した。

 竜さんが深夜2時に、無人駅で上演した芝居を観に行った。真夜中の駅のホームで、ひとりの女性が舞っていた。ソらと晴れ女さんという舞踏家。衝撃だった。暗闇の中、真っ白な身体が空間の中に広がっていく様に、心を揺さぶられた。あたしもこの人みたいになりたい。

 帰りの車の中、竜さんに「あたしも出させてください」と言った。そこからあたしは野外劇に出演するようになった。洞窟、崖の下、河原、様々な場所で公演を行なった。のあさんとアンジーさんとも出会い、共演した。野外の開放的な空間で、大きな声を出して演じることは、本当に気持ちよかった。ハードな公演を乗り越えるたびに、自分が強くなっていると感じた。

 あなたの劇団では、どんどん人が辞めていった。それでもあなたの演劇に強く惹かれ続けた。孤独を照らしてくれたから。でも、体を触られたり、くれるといった役をくれなかったり、人の悪口を聞かされたりするたびにおかしくなっていった。気がつくと、あなたの元から逃げ出していた。

 あなたを超えるために、何かをしなければならなかった。必死だった。ミスiDという講談社のコンテストに応募した。面接でパニックになり、あっけなく落ちた。平原演劇祭の滝行演劇という、滝に打たれながら演じる公演に出演した。全然満足いく演技ができなかった。帰りの車の中で、死のうと思った。

 死にたかったけど、パパが大好きだから、死ねなかった。モモとミニィも大好きだから、死ねなかった。いじめられていた時も、ハラスメントを受けた時も、あたしには家があった。家族がいた。

 大学を卒業し、現役時代に落ちた大学に学士入学で入り直した。先生と出会った。桃子ちゃんと出会った。あなたからの留守電を聞いた。精神科に通い始めた。モモが亡くなった。桃子ちゃんと絶交した。竜さんと再会した。体調を崩し、春学期は休学することを決めた。

 2月に親戚のななちゃんと一緒に、初めてここに来た。りえさんがあたたかく迎えてくれて、むらまつさんはチャイを飲んでいた。その時、あたしは偶然にも、あなたの叔父、叔母、いとこたちに出会った。彼らはあなたがあたしにしたことを知ると、深々と頭を下げてくれた。光が見えた。

 猫道さんと出会った。とおるさんと出会った。たかはしさんと出会った。愛ちゃんと出会った。パンダさんと出会った。B子さんと出会った。きみと出会った。先生ともう二度と会わないと決めた。きみに告白した。パンダさんと演劇をした。今月、ミニィが13歳になった。一週間前、パパが70歳になった。季節が過ぎる。人が通過する。歳をとる。死ぬ。それでも好きになる。大好きで大好きで、堪らなくなる。

 出会ってくれて、ありがとう。いつか別れるけど、ありがとう。寂しい。寒い。あたしはさなぎ。これから蝶になる。蝶になって羽ばたいて、ひとりでどこまでもゆく。そのために、生む。生み直す。あたしはあたしを生む!生む!

 あたし、女優!


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