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ぼくとそらの、地球探究記 ~第2夜 せかいの中心~

第2夜 せかいの中心


自分で自分の世界を創造するとき

最もタイセツなものは、【自分の感覚】

なんだけど


それをね、自分の世界の中心にするんだ。


それが、自分で世界を創造する上で

最もタイセツなこと。



自分の世界を創造するとき

一瞬 一瞬 

瞬間 瞬間 瞬間 瞬間 瞬間

選択を自分自身で行う。


でも人は、

これまで

「自分には力がない。。」と

思い込んでいたコトと

自分以外の責任にできたら”楽“だから

【自分】ではなく、【自分以外(他人)】の

感覚=指標を、無意識に採用してしまうクセがある。


それが、

自分の人生の心地良さ/心地悪さに

直結しているんだけどね。



感覚が、なぜ大切なのか?

と言うと

自分が感じる感覚こそが、

自分という存在を、自分で在らせている

アイデンティティの根源だからだ。


″自分" とは、

細胞60兆個の肉のカタマリのコトだけじゃないよ。


"自分″とは、

優しいとか、シッカリしているとか

ただの1面からなるだけのモノでもないよ。


″自分"とは、

絶えず流れゆく、こんこんと湧き出る

感覚。

毎瞬、毎瞬 移り変わるもの。


自分がわからない人、っていうのは

自分のことを限定し過ぎなのさ。


自分という存在は、

広大無辺な 無限の可能性なのに

ちっぽけな針の穴くらい狭い部分に、自分を切り取ってしか、自分のことを見ていないから、

自分にとっての真実から逸れた認識をしているので、「自分がわからない」と混乱をきたしているんだよね。



自分の世界の中心はね

自分の感覚


なんだよ。


イメージは、世界の中心っていう

自分の世界のメインコントロール室に

ひとつだけ椅子があって


⬇こんなイメージ

画像1


ここに座らせたもの(意識)が

自分の世界の中心になる、

云わば、自分王国の国王の椅子。だよ


ここに座らせたもの(認識)を中心にして

世界は動き出す。


だから、ここに

【自分の感覚】を座らせたら

自分が感じる感覚すべてが、自分の世界のすべてになり

自分で自分に満足感を感じることができるので、とても気分がよく、満たされた感覚を感じることができる💃


しかしながら、ここに

【自分以外(他人)の感覚】を座らせたら

自分の世界は、他人の感覚を規準にして動くので、イチイチ他人の感覚を気にするハメになる(➡人の目が気になる)し、

世界の規準が他人の感覚になっているので、承認を得ようと、自分の存在価値を他人から得ようと必死になる(➡承認欲求、存在価値の証明)。

👆のような状態になるので

自分の人生は、地獄


何を手に入れても、何をしても

満たされない感覚を感じるのは、このためだ。

世界の中心が、世界の規準が、違うだけなんだけどね。

こんなにも、大きく かつ 根源的に

人生の体感が違ってくる。


人生バラ色コースを選択なら

⏩自分の感覚 を


人生地獄色コースを選択なら

⏩自分以外(他人)の感覚 を


自分の世界の中心に置くといい。


仮に、他人の感覚を

世界の中心の椅子にうっかり置いちゃって

自分からズレてしまっても

この【世界の中心は、私の感覚】ということを思い出して、

また設定し直せば大丈夫だよ😊👍✴


何度だって

思い出せばいい。


世界の中心は、私の感覚



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