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政治家に対する「批判・非難・誹謗中傷の狭間」

「安倍さんへの誹謗中傷はやめろ」

以上のような言説が、Twitterで散見されます。「誹謗中傷」が「批判」「非難」等に置換されたりもします。
さて、一般的には「誹謗中傷=名誉毀損」というイメージが強いですが、そもそも「名誉毀損」とはどういう行為でしょうか。批判/非難は全て名誉毀損に当たるのでしょうか。
「名誉毀損罪」については刑法第230条に規定があります。

【刑法第230条】
第1項:公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
第2項:死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

条文に使われている用語についていくつか解説します(子細な学説の差異についてはここでは言及しませんので御了承ください)。

①公然と:不特定多数の者が認識でき、伝播可能性がある状態を指すとされています。たとえば、密室での1対1の口喧嘩等は該当しません。SNS上での行為については、不特定多数の者が容易に閲覧可能な状態である場合は該当します(Twitterの場合は原則として該当すると言えるでしょう)。
②事実:その人の社会的評価を低下させるに足りるものとされます。また、公知か不公知かは問いません。たとえば「法學院狂魔は数学で赤点を取った」というのは事実に該当します。これに対して「法學院狂魔は変態だ」というのは事実ではなく「評価」となります(後者については名誉毀損罪とはならないが刑法第231条の「侮辱罪」が成立する余地はあります)。
③人の名誉:その人に対する「社会的評価」を指します(これを外部的名誉といいます)。言ってみれば、職業、経歴、能力といった社会生活で認められる価値への評価です。
④事実の有無にかかわらず:事実の摘示は真実か否かを問いません。摘示した事実が捏造/デマであったとしても名誉毀損罪になり得るという事です。

以上を踏まえると、たとえば誰かがTwitter上で「法學院狂魔は高校時代に数学赤点m9(^д^)プギャー」とツイートした場合、私に対する名誉毀損罪が成立します(尤も刑法第232条第1項の通り「親告罪」扱いなので、私が告訴しない限り公訴提起/有罪となりませんが)。
※匿名である事は違法性阻却事由とはなりません。念のため。

ところで、この名誉毀損罪については以下のような特例規定があります。

刑法第230条の2
第1項:前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
第2項:前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
第3項:前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に掛かる場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

端的に言えば「一定の条件を満たせば名誉毀損罪について免責される」という事です。以下見ていきます。
①「公共の利害に関する事実(第1項)」とは、その事実の摘示が多数人一般の利害に関係する事実を指します。たとえば「犯罪行為」「指定感染症等罹患」等が該当すると考えられます。芸能人の恋愛関係や思想の表明等については直ちに公共の利害に関するとは言えないでしょう。
②「その目的が公益を図ることにあった(第1項)」とは、事実の摘示が私怨/嫌がらせ等の目的であった場合は免責されないという事です。
③「公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実(第3項)」の公務員については、刑法第7条に規定があります。

刑法第7条
第1項:この法律において「公務員」とは、国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう。
第2項:この法律において「公務所」とは、官公庁その他公務員が職務を行う所をいう。

内閣総理大臣、国務大臣、国会議員、地方公共団体の首長等といったいわゆる「政治家」は、公務員の範疇に属します。
④「真実であることの証明」に関しては、行為者がその事実を真実であると誤信した場合でも、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときには免責の対象となるとされています。
さて、上記第3項の「公務員等の特例」については「公共の利害」「公益目的」といった条件が外され「事実の証明」さえ備われば免責される旨読めます。これは公務員の「全体の奉仕者としての性格」に着眼し、市民の監視下に置きかつ市民の批判に晒す事を容易にするためとされています。つまり公務員に対して事実を摘示して批判/非難する事は原則として名誉毀損罪について免責されるという事になります。尤も、あくまでも「公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実」という条件は必須なので、これらの地位/資格における行動、能力、素養といったものと凡そ関係がない専ら私的なものについては免責事由となりません(町会議員に対して片腕である事を非難したケースについて、片腕である事は公務に関係がないとして名誉毀損罪の成立を認めた判例があります)。

以下、名誉毀損罪が免責されるか否かについて検討します。
注:以下において「政治家」とは、主に内閣総理大臣、国務大臣、国会議員、首長、官僚等を念頭に置いています。

①「政治家による答弁、会見に対して非難する」
→政治家の立場として行った答弁や会見といった「真実」に関するものであり、免責の対象となる。
②「政治家の斡旋収賄や公職選挙法違反に対して非難する」
→いずれも公務員/公務員の候補者という地位に基づく「身分犯」であり、真実である限り免責の対象となる。
③「政治家のリテラシー/知性に関して非難する」
→政治家としての素養を疑わしめるものであれば、真実である限り免責の対象となる。
④「政治家の『肉体的欠陥』『趣味趣向』『家族関係』等について非難する」
→政治家としての地位、素養等に関係のない場合、免責の対象とならない。

ところで、事実の摘示がない場合でも刑法第231条の「侮辱罪」に該当する場合があります。

刑法第231条:事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

たとえば私に対して「法學院狂魔のう●こ」と言う事等が該当します。尤も、政治、学問、芸術等の領域での批判/非難については「公共の利害に関するもの」であれば違法性が阻却されます。ために、政治家に対して「●●辞めろ」と言う行為は私怨/嫌がらせ等の目的でない限り原則として侮辱罪とならないと考えられます。

なお「誹謗」とは悪口を言う意味で、他方「中傷」とは根拠のない事を言って相手の名誉を傷付けるという意味です。つまり「名誉毀損=事実の摘示がある=根拠がある=中傷ではない」という事になります。

参考文献

⭐️川端博『刑法総論講義』『刑法各論講義』(成文堂)
⭐️山口厚『刑法総論』『刑法各論』(有斐閣)
⭐️井田良ほか著『よくわかる刑法』(ミネルヴァ書房)
⭐️町野朔/中森喜彦編『刑法1総論』『刑法2各論』(有斐閣アルマシリーズ)
⭐️『刑法判例百選Ⅰ・Ⅱ』(有斐閣)

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