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自由民主党議員による堂々の「検閲」宣言

山田宏による問題のツイート

2022年2月7日、自由民主党参議院議員の山田宏が以下のツイートを行い、「表現の自由の侵害」「言論弾圧」であるとして物議を醸している。

ありがとうございます。早速確認しました。酷い「百科事典」ですね。対応策を検討します。
(記事に纏める都合のため、改行等の改変を加えてある)

このツイートのみでは何が問題かについて判別不能であろう。以下で概要を説明する。
事の発端は、ポプラ社が刊行している百科事典『ポプラディア』にある「慰安婦」についての定義に関する批判のツイートである。以下『ポプラディア』における慰安婦の定義について、全文を引用する。

いあんふ【慰安婦】:日中戦争から太平洋戦争中に、戦地で日本軍兵士らの性交の相手をさせられた女性。従軍慰安婦ともいう。1938(昭和13)年、日本兵の現地女性への暴行と性感染症をふせぐという名目で、中国の上海にはじめて日本軍の慰安所がつくられ、慰安婦がおかれた。その後、戦争が中国全土か東南アジアへと広がるにつれて、各地に慰安所がもうけられた。はじめは日本国内の遊郭ではたらく女性が慰安婦として動員されたが、のちに朝鮮や中国、東南アジア各地に占領された地域の女性たちが強制連行で慰安婦にされることも多くなった。

この定義について不服と考えたTwitterユーザーが山田宏のアカウントに対して措置を取るようリプライを送り、そして山田はそれに応えるように冒頭に掲げたツイートをした(なお、本記事では当該定義の妥当性については論じない)。当該ツイートは書評といった類のものではなく、「対応策(訂正指示、出版差止等)」を取る旨明言している以上、ポプラ社に対する「書籍の内容に対する干渉/規制的内容」であり、まぎれもなく「検閲」に該当する。「検閲」とは何か、検閲の何が問題かについて、以下で述べていく。

公権力は「検閲」をしてはならない

「検閲」は、日本国憲法第21条第2項に、第1項「表現の自由」と並んで規定されている。以下、条文を見てみよう(第1項も重要な規定なので取り上げる)。

第21条
第1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
第2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

「検閲」とは「公権力が外に発表されるべき思想の内容をあらかじめ審査し、不適当と認める時はその発表を禁止する行為」である(芦部信喜著/高橋和之補訂『憲法』より。尤も「事後検閲」について後述)。つまり、市民が表現せんとする内容が「思想の自由市場」に現れる前に、公権力によって「取捨選択される」というものであり、表現の自由に対する侵害は甚大である(そもそも表現する事自体が抑制されるわけである→「表現内容規制」)。いかなる書籍も「著作」という形で多かれ少なかれ著者の内面が投影される以上「著者の思想の表象」と言えるものである。戦前における「滝川事件」や「天皇機関説事件」といった、公権力による著作物への干渉/弾圧を思い起こせばその危険性が想像できるであろう(公権力が恣意的に市民の表現について「適否」を判断し、干渉する事はまぎれもなく「言論弾圧」である)。こうした危険性があるからこそ、第21条第2項によって「検閲」が禁止されているわけである。ちなみに書籍が一旦出版/発行された後に公権力が当該書籍に対して「適否」を判断する行為(時として「発禁処分」とする)は所謂「事後検閲」であるが、これも「著作物の発表/思想の自由市場での流通を阻害するもの」という意味において憲法で禁止される「検閲」に含まれるであろう(先に上げた「滝川事件」や「天皇機関説事件」は「事後検閲」の好例である。尤も第21条第2項でいう検閲を「事前検閲」のみとし「事後検閲」を第21条第1項違反として処理するという解釈論もあり得よう)。山田の場合『ポプラディア』の記述について「酷い『百科事典』ですね」という「判断」をした上で「対応策を検討」しているわけであり「書籍について『当否』を判断し『干渉』する」という検閲性が十分に認められる。
「検閲」が問題となったケースの1つとして「教科書検定訴訟」がある。教科書検定問題については複数の訴訟があるが、これらのうち「検閲」が争点となったものとして「第一次家永訴訟」がある。以下抜粋する(尤も私が下記判例について全面的に賛同するわけではない)。

「(教科書検定の不合格処分については)一般図書としての発行を何ら妨げるものではなく、発表禁止目的や発表前の審査などの特質がない(ために検閲に当たらない)」(最判平成5年3月16日民集47巻5号3483頁)

「書籍について『教科書検定』によって不合格となっても『一般図書』として市場に流通する事が妨げられるわけではないので『思想の自由市場』が侵害されたわけではない」という趣旨であると読み取れる(「検定不合格」の教科書が「一般図書」として刊行/流通し得るのかという疑問があるが)。してみると、この判例を踏まえれば「公権力による一般図書に対する「検定」/事前抑制は『検閲』に該当するため許されない」という事になるであろう。言うまでもないが『ポプラディア』は「教科書」ではないので「教科書検定」の対象とはならない。したがって、山田宏による『ポプラディア』に対する干渉は「検閲」以外の何物でもなく、明確な憲法違反である。山田は「教科書検定」の理屈を百科事典に対しても適用できると思っているのだろうか。それともそもそも憲法第21条を読んだ事すらないのだろうか。何れにしても山田に、ポプラ社に対して「対応策」を取る権限はない。臨時国会の召集を不当に引き延ばしたり、国会において「出た!平和」といった「日本国憲法の基幹的原理を愚弄する醜悪な野次」を飛ばしたり、自由民主党は「憲法」を軽視/蔑視する政党のようである(憲法第99条「憲法尊重擁護義務」に明確に違反している振る舞いばかりである)。ここで改めて言っておく。

「現行憲法も遵守できない自由民主党に『改憲』を主張する資格はない」。

【後日談】
2月16日にポプラ社よりメールが届いた旨を記しておきます(私はポプラ社に対して「激励」のメールを送っていました。これに対する返信です)。内容は「記述の主旨を訂正する必要はない」との事でした。つまり「山田宏による検閲」を跳ね除けたという事であり「表現の自由」は守られたわけです。ポプラ社の毅然とした姿勢に敬意を表します。

参考文献

⭐️芦部信喜著/高橋和之補訂『憲法』(岩波書店)
⭐️長谷部恭男『憲法』(新世社)
⭐️渡辺康行/宍戸常寿/松本和彦/工藤達朗『憲法1』『憲法2』(日本評論社)


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