見出し画像

flying high on high

第二次世界大戦で疲弊したアメリカ社会にアンフェタミン(覚醒剤)を持ち込んだのは、戦場からの帰還兵たちであった。

戦時中の軍隊では、夜間の長距離飛行を行なうパイロット、過酷な戦闘環境で戦う歩兵、長時間の夜間航海に従事する海軍兵士などにアンフェタミンの錠剤が支給されていた。B-29爆撃機の操縦席に常備されていた緊急キットの中にもあった。

人間の身体的能力を薬物によって拡張することについては、全面戦争を前にして、倫理的なブレーキはほとんどかからなかった。

戦後になって彼らがアメリカ社会にこの薬物を持ち込んだ。

もちろん、当時はこの薬物はまったく合法だった。それどころか肯定的なオーラすら放っていた。アンフェタミンはビタミン剤と同じように人気があり、手軽に手に入れることができた。大学生、スポーツ選手、トラック運転手、ナイトクラブのミュージシャン、主婦らに広がっていった。特に「トラック運転手」の語は、アンフェタミンの俗語でさえあった。眠りたくない人、眠ってはいけない人、エネルギーを必要とする人たち、食欲を抑えたい人たちがこぞって手を伸ばした。そして、人びとは、戦時中に兵士たちにこの薬物が自由に与えられていたことを知ったのである。

エピソードを。

当時のパンアメリカン航空の機内サービスメニューには、チューインガム、歯ブラシ、電気カミソリ、裁縫道具、医療用具、そして、「ベンゼドリン吸入器」が無料サービス品目として含まれていた。

ベンゼドリン吸入器

ベンゼドリンとは、アンフェタミンの商品名であり、パンナムは離着陸時の乗客の不快感を軽減するために提供していた。それは、鼻づまりを解消して爽快感を与え、不安感を和らげた。パンナムの乗客は、「flying high」という言葉のもう一つの意味を体験することができたのだった(flying high on high)。

なお、アメリカ食品医薬品局 (FDA) は1959年にベンゼドリン吸入器を禁止して、アンフェタミンの医療用使用を制限した。(了)

【参考】
・Lukasz Kamienski:Shooting Up-A History of Drugs in Warfare(2012)
市販されていた麻薬含有商品たち─欧米の「大麻薬時代」─ - VKsturm’s blog (hatenablog.com)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?