見出し画像

モルヒネのはなし

アヘンの元になるケシは、かつて農耕が始まったときに人間が最初に手にした薬草だといわれている。メソポタミア人はチグリス河やユーフラテス河でケシを栽培し、アッシリア人はケシに含まれるネバネバ成分を飲んでいた(それを固まらせたものが生アヘン)。ケシは「喜びの植物」という名前であった。

古代エジプト人もケシを薬物として栽培し、アヘンを使用していた。ギリシア人もそうだった。ホメーロスもアヘンについて言及している。

アヘンは人生の重荷や悲しみ、痛みに対する解毒剤であり、効果的な睡眠導入剤でもあった。しかし、アヘンには致死性の毒があり、強烈な習慣性があることも知られていた。

19世紀の初めにアヘンからモルヒネが作られた。これはギリシャ神話の〈眠りと夢の神〉モーフィアス(Morpheus)にちなんでモルヒネ(morphine)と名付けられた。モルヒネは単純なアヘンよりも強力で、より多くの安らぎと睡眠をもたらした(19世紀の後半になってドイツのバイエル研究所でモルヒネからヘロインが作られた。ヘロインは、ギリシア語の「ヘロス(英雄)」に由来する)。

しかし、モルヒネほど極端な物質も少ない。

まるで天国と地獄が寄り添うかのようだ。モルヒネは痛みを消して外科手術を可能にし、数え切れないほど多くの命を救う一方で、依存や過剰摂取により、数え切れないほど多くの命を終わらせる。神と悪魔、人の自由意思と隷属。これほど極端に振れる薬物もない。

ある学説によると、モルヒネが巨大な力を持つようになったのは、すべての哺乳類、特に人間が脳や脊椎に持つミューオピオイド受容体が、体内で自然に生成されて多幸感をもたらすエンドルフィン、いわゆる〈脳内麻薬〉を受け取って快感をもたらすように設計されているからだという。われわれが乳児を見たり、子犬や子猫を見て輝くような感情が生まれるのはそのせいである。そして、モルヒネはこの受容体を圧倒し、体内で得られるものよりはるかに強烈な多幸感、絶対的な陶酔感をもたらすのである。

問題は、人がモルヒネをやめようとしたとき、モルヒネは宿主に対して強烈なダメージを与えることである。

ほとんどの薬物は水溶性で、単純に排出されてしまう。自然界ではモルヒネだけがこれに反発し、必死に体内に留まろうとするのである。

モルヒネからの離脱を決意した者は、何日も続く炎に焼かれるような耐え難い痛みと猛烈な下痢、酷い不眠に襲われる。自然界で慈悲深い痛みの緩和や夢のような多幸感を提供して人間を虜にするが、今度はモルヒネを裏切ってそこからの解放を望む人間を容赦なく罰するのである。

自然界の寄生虫の中には、宿主が寄生虫の利益に反する行動をするのを抑制するようなものがある。トキソプラズマ・ゴンディ(Toxoplasma gondii)という原虫がそうで、これはネコの腹の中で繁殖し、尿となって排泄される。その尿の近くを通ったネズミに感染することで、再びそのサイクルが始まる。健康なネズミにとってはネコの尿は捕食者への警告であるが、トキソプラズマ・ゴンディは、感染したネズミの脳をネコの尿を好むように再プログラムする。そして、感染したネズミはネコの尿に浸かって、目くるめく陶酔の中でネコの餌になって死んでいくのである。このようにして、寄生のサイクルが続いていく。

モルヒネもまったく同じである。

モルヒネを知った人間を洗脳し、さらなるモルヒネを求めて私利私欲に反する行動をとるように仕向けるのである。愛する人を裏切り、盗みを働き、命を危険にさらしてまでもモルヒネを手に入れようとさせるのである。(了)

参考
・マーティン・ブース『阿片』(1998)
・Sam Quinones:Dreamland(2015)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?