令和、お笑いの記録

   令和、お笑いの記録

お笑い志望の男がいた。
男の名前は波田陽十と言った。
普通の会社に勤めながら、
お笑い志望だったが、彼を理解してくれる客はいなかった。
年齢は三十半ばになっていた。
全く、お笑いの神から見放されていた。
そしてまだ結婚していないどころか、恋人もいなかった。
会社へ行くと男の同僚たちがそわそわしていた。
今度、清純そうな可愛いい、新入社員が入ったという噂話で持ちきりだった。
波田陽十には遠い世界の話しにしか聞こえなかった。どう考えても自分にはもてる要素はなく、
きっと格好いい男がさらっていくに違いないと思っていた。
名前は森山あいみだということだった。
ここに座っていいですか。  
急に声をかけられ男は目をしばたいた。噂の主が目の前に座っている。
この偶然はそれだけではなかった。
帰りの電車でも一緒になったのだ。
それも電車は混んでいたので、顔は近づき、部分的に身体が触れることもあった。
しかし、それ以上のことがあったのだ。そして今日も彼はお笑いの神に無益な挑戦をしていた。
客は彼を馬鹿にしていた、それ以上に冷笑していた。
いや、全く、興味をもたれていないと言ったほうがいいかもしれない。
拙者、ギタ-足軽じゃ、
わたし 根本晴子,イエロ-タクシ-の根本、私、ダイナマイトボディでしょう。
これからは もっとファンを作りたいっていうじゃな-い。
でも、あんたが本当に作らなきゃならないのは 
ウェストですから ざんねぇぇん。
そのとき、客席からジュ-スの缶の山が飛んできて、波田陽十のひたいに当たった。
客席からは 根本晴子ちゃんに土下座しろと罵声が飛んだ。
客がみんな帰ったあとで額を触ると 血が流れている。白いハンケチが目の前に差し出された。
血をぬぐってください。 
あっ、あなたは。  
そこには森山あいみが たっていた。
わたし、応援しています。
波田陽十に 生まれてはじめてのファンが現れた。
そして 波田陽十と森山あいみの距離は少しづつ近づいていった。
しかし、波田陽十のお笑いの花は 相変わらず、咲かなかった。
ギタ-足軽、あれが、お笑い界に突然として出現した二人組だぜ、
そばにいた芸人が波田陽十の耳元でささやいた。
最近、どこからやって来たのか、わからない二人組のお笑いコンビが数週間でお笑い界の頂点にのぼりつめていた。
でんでんでんでん でんででんでん、
地球って ちょょう丸い。
あっちゃん、すてき、恰好いい。
うんうん、しんご、べんべべべんべん。
オリエンタルテレビです。
あっちゃん、いつものやってあげて、
聞きたいか、いつもの武勇伝。そのすごい武勇伝を言ってあげて。言ってあげて。
聞きたいか、いつもの武勇伝。
俺の伝説ベストテン。
レッツゴ-。あっちゃん
スカ-トの中で雨宿り、
そのときはじまる恋がある。
武勇伝、武勇伝、でんでんででんでん。
レッツゴ-。レッツゴ-。しんご、いくぜぇ
窓から飛び降り、重力発見、
すごいね、あっちゃん、ニューヒ-ロ、ニュートンを越えちゃった
武勇伝、武勇伝、でんでんでででんでん。
客席だけではなく、出待ちの控室からも爆笑が広がっていた。
そのとき、波田陽十はかたわらに人のぬくもりのようなものを感じた。
どこがおもしろいの。
横には森山あいみが立っていた。
みんな爆笑している。
森山あいみはアンパンと牛乳を買ってくると言ってその場を離れた。
漫才コンビのオリエンタルテレビのふたりは抑えたようなガッツポ-ズをしながら、波田陽十の方に歩いてくる。
一瞬、波田陽十はこのお笑い界の覇者が自分の方を見たのかと思ったが、それは勘違いだった。
ちょうどアンパンとミルクを買ってきた森山あいみに視線をなげたのだった。
オリエンタルテレビのふたりと森山あいみの間には何とも言えない冷笑に近い謎の、お互いに侮蔑に近い感情の刃が交叉した。
コンビの片方の中田敦は 波田陽十のそばを通り過ぎるとき、
やめといた方がいいぞ、この女と付き合う気があるなら。
そうだじょう。
藤林慎吾も同意した。
森山あいみはボクシングのふりをしてふたりに威嚇を与えている。
あいみちゃん、あのふたりと知り合いなのかい。わずか、一週間でお笑い界の頂点にたった、あのふたりと。
あのふたりがどこから来たのかも謎なんだぜ。
波田陽十は 古びている自宅に入ると、年老いた母親と向き合って膳を並べたが、母親は 波田陽十の変化に気付いた。
お前、恋人でも出来たのか。やっとお前の価値に気付いた女の子が現れたんだ。
名前は森山あいみって言うんだ。
この可愛いい女の子と、どう見ても、もてそうにない 波田陽十の組み合わせは社内でも奇異な組み合わせと思われていたが、
二人は楽しいデートを重ね、ますます親密になっていった。仲の良い ほほえましい恋人同士だった。
波田陽十は 森山あいみをただの可愛いおんなの子とばかり思っていたが、
森山あいみには知られていない秘密があった。
森山あいみは電車も通らない深夜の工事現場に いつもやってくるラーメン屋台の席に座っていた。
この工事現場のまわりには人家もなく、
まわりには人の背の高さよりも高い雑草でうめつくされていた。
森山あいみのためにこの屋台ラーメンはひかれてきて、 ここで、ぐでんぐでんに森山あいみは酔っぱらうことをつねにしていた。
その姿はまるで熱帯地方のアナコンダのようだった。
 ラーメン、早くできないのかよ。おい、親父、返事をしろ。
でも、なんで、今夜は親父がふたりもいるんだ。
 へへへへへへへ、やっと気づいたか。
ラーメン屋台をひいてきた親父は屋台から10メ-トルも飛び跳ねると 
ミユ-タントが登場してきたように 両手を左右上下に伸ばして リズムをとりはじめた。
でんでんでんでん でんででんでん、
こう見えても 俺は全米を泣かせた男です。
シャッキ-ン
あっちゃん、すてき、恰好よすぎるよ。うんうん、しんご、べんべんべべんべん。
オリエンタルテレビです。 
あっちゃん、いつものやってあげて、
聞きたいか、いつもの武勇伝。デンデンデデンデン
そのすごい武勇伝を言ってあげて。言ってあげて
聞きたいか、いつもの武勇伝。
俺の伝説ベストテン。
レッツゴ-。あっちゃん レッツゴ-
ゲレンデでギャルをナンパする
ゴウグルを脱ぐとギャルオだった、
シャキ-ン
武勇伝、武勇伝、でんでんででんでん。
レッツゴ-。レッツゴ-。あっちゃん、いくぜぇ
生麦  生米 生卵、
手抜き料理にもほどがある
すごいね、あっちゃん、すごすぎる
武勇伝、武勇伝、でんでんでででんでん。
魔法のランプをちょっとこする
魔法の精、ちょっと出てくる。でんでんででんでん
やだあ、あっちゃん、恰好よすぎるよ。
シャキぃぃぃン
あんたたちはああああ
森山あいみはジャンプして15メ-トルも後方に下がった。
と同時にラーメン屋台は大爆発した。

今ごろ気づいたか、ここがお前の墓場だ、シャッキぃぃぃン。お前を分子レベルで破壊してやる。
慎吾、いくぞ
あっちゃん、準備出来ているよ。
オリエンタルテレビのふたりは魔法の呪文のように手を組むと 青白いイオンの塊のようになった。
反物質砲発射
反反物質変換。
森山あいみが叫ぶと 青白い光のかたまりとなっていたオリエンタルテレビは氷の塊となり、粉々に砕け散り、
蒸発してこの空間から消え去った。
キシプロン2158(589++),やったな
低い声でつぶやく男がいた。
波田陽十が休憩室の自動販売機の前で缶コ-ヒ-をすすりながら、コントのネタを考えていると、
コッペパンをかじりながら、森山あいみがあわてた顔をして やってきた。
波田くん、大変よ、専務の三浦まさとと秘書の倉本こうがあなたのことを 呼んでいるわよ、すぐ、行った方がいいわよ。
波田陽十が専務室に入っていくと、そのことにも気づかず、三浦まさとと倉本こうは漫才の練習をしていた。
こんにちは よろしくお願いします。
ミサイル団ですけども、まあねぇ、不況だとか言われてますけどね。
いろんなものが中止になったじゃない。
甲子園なんかショックだったけどね、中止になったじゃない、まあ、最後まで揉めたけど、
甲子園だけ特別扱いするわけにはいかないじゃない。
インタ-杯も中止になったじゃない。うんうん。
でも、僕が何が中止になってショックかというと 
鳥人間コンテストが中止になったことですね。
まぁ、そうなの。毎年、やっているけどね。
まぁ、本当にショックだったですねぇ。
眠られなかったですものねぇ。 

まぁ、そうなの、ファンの方はねぇ。ファンの方はって言ったら、スポ-ツは。
プロ野球なんかは、延期ですからね、
延期は中止よりも良かったですねぇ、
ジェ-リ-グもはじまりますよ。
やっぱね延期ですからね。
そうなると中止は残念ですね。
ゼロだからね。
おしいよね、やらせてやりたかったな、
でもね、何がやっぱり残念だったかというと鳥人間コンテストだったな。
聞いた、聞いた、あれ、聞かなかったわたし。おれ、一番ショックで眠れなかったなぁ。知ってた、知らなかったでしょう。
でも、あれ、外でやってんだけどな。
専務、
波田陽十は漫才の練習に夢中になっている専務の三浦まさととその秘書の倉本こうに声をかけた。
こほん、波田くん来ていたのか。
三浦まさとと倉本こうは波田陽十をじっと見つめた。
きみは仕事中、なにをやっているんだ。仕事に心が入っていないのじゃないか、
きみのミスのためにわが社は38円の損失をだした。君は売れっ子の漫才師になろうなんて。
無謀な望みをもっているってね、
この秘書の倉本くんから聞いているんだよ。
そうよ、そうよ。
とうぜん、波田陽十はあなたたちだって人気お笑い芸人をめざしているじゃありませんか、
と言おうと思ったが、口の中でこらえた。
とにかく、会社の中で漫才のことを考えるなんてもってのほかだ。
人気お笑い芸人になって 
女の子にきゃあきゃあ言われようとするなんて、最低の人間だと、このくそ田舎ものもいってるわよ。
くそはいいけど 田舎者ってなんだよ。ぶつよ。

あいもかわらず笑いの神が降臨してこない波田陽十は 少しは自分の姿を客観的に見てみようと思った。
それには自分が組み込まれているこの世界からすがたを消さなくてはならない。
自分の姿を消すために、押し入れの中をさがすとゴム製の変身マスクをがさごそと取り出した。
波田陽十はそれを頭からすっぽり被った。
それを被って蒲田にあるライブ寄席の会場、ケロヨン亭へ行き、観客としてライバルたちのパフォ-マンスを見てみようと思った。
蒲田駅前にあるとうもろこしの家という喫茶店に入ると、最近、恋人になったばかりの森山あいみが待っていた。
森山あいみは最初は彼のことをみつけられなかった。
何で、ゴムマスクをかぶっているの。
僕がケロヨン亭に来たことを知られないためなんだ。
ケロヨン亭に素顔をさらして行ったら、まわりは僕が行ったことがわかってしまう。
でも、ケロヨン亭の開演時間には まだ時間がある。
ふたりはとうもろこしの家の窓際に座ると、外にはかすかに雨が降っていて、窓ガラスを微かに縦の線を引いている。
向かい合わせに座った森山あいみと波田陽十の前には紅茶とカステラ生地の上に巨大なプリンがのせられたケ-キが運ばれてきた。
森山あいみは口をあんぐりと開けて、プリンを口に運んだ。
波田くん、なんで、そんな大きな被り物をかぶってきたの。
僕がみんなの漫才を見に来たことを知られたくないからなんだ。ここで、客観的にみんなの漫才を採点してみたいからなんだ。
波田くん、もっと自信を持った方がいい。あなたの漫談は一番、おもしろいわ、わたし、波田くんのことが大好きよ。
ここで 被り物を被った波田陽十の顔は見えなかったが、そのまわりには中世のオカルトのような怪しい煙が立ち上った。
あいみちゃん、きみはお笑いの神は存在すると思わないかい。
その神様は姿かたちはみえないけど、いつ、どこでも、ライブ会場にはいて、パフォ-マ-たちをじっと見ているんだ。
そして、お笑いの神が降臨したとき、パフォ-マ-たちはお笑い界の覇者になるんだ。あのオリエンタルテレビのように。
森山あいみは顔をしたに向けるとくすりと笑った。森山あいみはオリエンタルテレビの二人組を分子レベルで分解していたのだった。
この森山あいみという女は一体何者なのだろう。森山あいみの表情は勝ち誇っているようだった。
でも、お笑いの神がいるなら、お笑いの悪魔もきっといると思うわ。
お笑いの悪魔。
この何も知らないような女の子が悪魔ということばを出したので 波田陽十はぶるっと肩をふるわせた。
お笑いの悪魔。
波田陽十は気づかなかったが、ふたりのテーブルからすこし離れたところから、あの背高泡立ち草の屋台で
キシプロン2158(589++),やったな
と低い声でつぶやいた男が新聞で顔を隠しながらふたりの様子をじっと見ていた。
あっ、あれあれ、波田陽十はその場からあわてて、逃げ出そうとしたが、自分がゴム製のかぶりものをかぶっていることを思い出し、
冷静さを取り戻した。
専務の三浦まさととその秘書の倉本こうがステージ照明の向きを変えようとしている。
このふたりがミサイル団という名前で お笑い競争に参加していることは波田陽十も知っている。
そして、このお笑い競争から脱落させようと画策していることも。
波田陽十と森山あいみが客席の前の方に座ると緞帳がひらいてお笑い界では一番の下っ端の、
専務三浦まさととその秘書倉本こうが出てきた。ミサイル団です。
え-と、それにしてもねぇ、芸能界っていろんなことがありますねぇ。
そうねぇ。
それでもって いろんなニュースがありますが。
まぁねぇ。
なんと言っても一番のニュースが飛び込んできましたねぇ。
なに。
目黒祐樹に初孫ができたらしい。
いや、初耳だよ。
いや、みなさんも そう思ってじゃないですかねぇ。
どこに のってたんだ。そのニュース。
どこに のってたんだ 
いゃあ、すごいニュ-スだと思ってねぇ。いやあ、びっくりしたなぁと思ってねぇ。
知ってます、目黒祐樹さん、初孫が生まれました。
まぁ、そんな お年頃なんだろうな。
いいじゃない、いいじゃないですか。
ねぇ、変なニュースなんかが多いわけですよ。今の時期。
そうだなぁ、コロナ関連ばっかだわ。
コロナばっかですよ。そんななかね、目黒祐樹に初孫が生まれましたっていうニュースが飛び込んできましたよね。
最高だな、これは。
最高でじゃないですか。新聞を見てもぎすぎすするニュースが多くて。
足の引っ張り合いばっかですよ。
やんなっちゃいますよ。
本当ぅぅぅ。
そんな新聞見てもいろんなニュースがありましたけど、まあまあ、小さくですけど、のってたのが、
目黒祐樹に初孫が出来たっていうニュースですね。
もう、もう、あの、あの、すっげぇいいニュースだと思うんだけど。
これを、これを詳しく解説させてもらいたいんですが
ねぇ もう、もう、すっげぇいいニュ-スだと思うんだけど
ねぇ、いいでしょう。 
いいニュースだと思うよ。
 そうでしょう、そうでしょう。
 でも、すっごくイイニュ-スだと思うんだけど、 でしょう、でしょう。も、もう、おなか、いっぱいなんだよ。
ああ、そうですね。
ちょっとはなし、変えよう。
ちょつと言いすぎましたね、ああ、ごめんなさい。
身内じゃないし、
ああ、兄がいるんですけど。
あれ、おにいさん、いたっけ、
いや、僕じゃないです。見黒祐樹さん。
だれ、目黒祐樹か。
おにいさんがいるんですけど、しってます。
知ってる、松方弘樹さん。
松方弘樹さん、かっこうよかったねぇ。
大好きだったよ。
いゃあ、大好きだったですよ。松方弘樹さん。
 その松方弘樹さんの弟の目黒祐樹さんに初孫が出来たんですよ。
おかしいじゃない、そういえば、
なにがですか。
そういうのじゃない。
なにがですか。
はなし、変えてっていわなかったけ。
ミサイル団の漫才に客席は山奥の湖のように静かだった。
森山あいみはあくびをしている、波田陽十は会社での地位が逆転していることもあって、得意げになった。
出るわよ、出るわよ、
横に座っている森山あいみが波田陽十の脇腹をつついた。
オリエンタレテレビなきあと、お笑い界の新たな覇者となった あのパフォ-マ-たちがつぎの出を待っていた。
客席からは輝く瞳の光が舞台に注がれていた。舞台の左から坊主頭の男と角刈りの男が走り出てきた。
その勢いでストップがかからず、マイクの前ですべって止まった。この人気は異常だった。
今やオリエンタルテレビなきあと、お笑い界の頂点に君臨する、ふたりが舞台の空間を完全に充満している。
はい、はい、はい、はい、はい、はい、
あるある探検隊、あるある探検隊。
最初、坊主頭の方が抜けない一升瓶のふたを必死に何度も抜こうという動作をして、そのあと角刈りの方を向くと、
両手をバタフライのようにして坊主頭は角刈りの肩をたたいた。
それから、両手を左右に大きく振って行進して
あるある探検隊、あるある探検隊。
と叫ぶ。
このお笑い界の覇者が出てきた時点で観客席は爆笑に包まれていた。
波田陽十は、熱気とともに羨望の目を向けた。隣の森山あいみは腹を抱えて笑っている。
頼むで、松木くん、
角刈りの方が坊主頭に合図を送る。
オッケイ、オッケイ。
高級料理で腹くだす、
はい、はい、はい、はい、はい。
あるある探検隊、あるある探検隊。
普段さぁ、あんまり いいもん食べんからさぁ。
きいつけよう、
松木くん、次、次、次いこう。
オッケイ、オッケイ。
行くでぇ、松木くん。
行くでぇ、夢の中まで脇役だ。
はぃ、はぃ、はい、はい、はい、
あるある探検隊、あるある探検隊。
そやななあ、せっかく自分で見ている夢なのになあ。
これ、哀しすぎるでえ。
そやなぁ、そゃでぇ。
オッケイ、オッケィ、安心、安心、つぎいくでぇ。西田くん。
あるある探検隊、あるある探検隊。
観客席はまるで熱病にかかっているように、波打っていた。これは明らかに異常だ。
この坊主頭と角刈りが震源地だ。当局が逮捕していいレベルだった。一体、どんな魔法の力がかかっているというのだろう。
被り物をかぶっている波田陽十の視界の中には舞台のはじの方に、
専務の三浦まさととその秘書の倉本こうがよだれをながさんばかりの表情をしてこのお笑い界の覇者を見つめている。
被り物を被った波田陽十十は彼らもまた、レギュラ-をああなりたいと思っているお笑い界の星だという思いをいだいているのだと思った。すべての演目が終わって、演者たちは客席の方を通って帰って行くが、さざ波のような変化しかなかったが、客たちは通路の方に殺到した。このお笑い界の覇者、レギュラ-が楽屋の裏から出てきた。黄色い歓声が沸き起こった。まっきくぅぅぅん、にしたくぅぅぅん、素敵、まつきくぅぅぅん、にしたくぅぅん、こっち向いて。
被り物を被った波田陽十も森山あいみと一緒にこの興奮の輪の中に入っていた。
被り物をとったら、ツチノコみたいな 波田陽十もこの興奮した群衆の中では 砂粒のひとつだと思っていたが、
意に反して、松木、西田の四つっの視線は森山あいみに集中していた。
森山あいみはこのお笑い界の覇者に対して、ナイフのような言葉をなげかけた。
舞台の上では楽しそうにやっているみたいだけど、あなたたち、本当は仲悪いんでしょう。
あいみちゃん、何を言うんだ。
波田陽十はあわてて、森山あいみの口を抑えたが、
松木と西田のふたりは巨大な白い大蛇のような表情をすると、森山あいみをにらみつけた。
が、そのことに気づいたのは森山あいみと波田陽十のふたりだけだったかも知れない。
暗いお笑いライブ会場、ケロヨン亭の外に出ると、目がくらむような太陽光の下に出た。
あいみちゃん、びっくりしたよ。なにを言い出すんだと思って。きみはレギュラアの知り合いなのかい。
ううん、
森山あいみは首を振った。
僕もああなりたいんだ。
波田陽十は目を輝かせて言った。
私というファンがいても、
森山あいみは口の中でもぐもぐさせて言った。
ケロヨン亭の前にさまざまなきれいな瓶に入れられた香水を売っている店があった。
女子高生の二人組がその香水を手にとって見ている。
お笑いのライブ会場の前に香水屋があるというのも不思議な光景だった。
森山あいみと波田陽十は物珍しさもあってその香水屋の前に行った。
主にダイヤカットされた小さな洋酒瓶の中に黄金色や南の島のフルーツみたいな色や薄い赤色やいろいろな色の香水が置かれている。
女子高生がその中のひとつの香水瓶を手に取って、それを友達の前に見せた。
これ、この前、来たときにはなかったよね。店の中から店主が出てきた。
どれか気に入った香水はある。
この香水瓶のように銀ラメの着飾った女が出て来て、女子高生たちにはなしかけた。
道の向こう側で森山あいみと波田陽十はその様子を見ていたが、森山あいみはその女主人を見ると、急に話題を変えた。
波田くん、わたし、おなか。空いちゃった
ハンバ-ガ-を食べに行こうよ。
森山あいみは波田陽十の袖を引っ張った。西洋の妖精が住むような店の看板に上沼田エリ子の香水屋という看板がかかっていた。

波田陽十の勤めている会社の地下三階には、大正時代の大砲やら、壁かけ時計やら、仁丹の看板やら、
気圧計やら、とにかく、古いだけで、動かなくなったがらくたがたくさん置かれているとい都市伝説があったが、
波田陽十はその地下三階に行ったこともなかった。
波田陽十の上司は事務所に置いてある電気ストーブが壊れたので、彼に地下三階まで行って代わりのストーブを取りに行くように命じた。
そこに行くと係の人間がいるという。波田陽十は汚れたエレベ-タ-を使って地下三階まで行くと、その係の男がお茶をすすっていた。
その様子は人生に打ちのめされ、砂浜に打ち上げられた海藻のようだった。
新しいストーブが欲しいんですが、これが許可証です。
古ぼけた椅子にすわっていた男は面倒くさそうに手をのばした。
男の作業着の胸ポケットには早野凡太と書かれていることに気づいた。
あっ、あっ、あなたが あなたが早野凡太氏ですか、六十年ぐらい前におかま帽の芸を確立した。
早野凡太は波田陽十の方を見た。
なんで、俺のことを知っている。おかま帽を使って大正演芸寄席に二回だけ出て、姿を消した俺のことを、
さては、お前、お笑いをめざしているな。
そうです、ギタ-足軽という芸名でお笑いライブをやっています。
お笑いなんか、目指すもんじゃない。くんくん、お前には変なにおいがする。
オリエンタルテレビにも、レギュラ-にも同じにおいを俺はかいだぞ、再度、言う、お笑いをめざすな。
それに最近は不吉な 風が流れている。
俺は それを感じるのだ。兆候もあらわれている。
早野凡太は机の上に置かれたおかま帽を取り上げた。
レディアンドぐちゃぐちゃ、まいねいむいず ぼんたはやの にっぽんじん。
早野凡太は帽子をかぶった。その帽子はつばのところとおかまのところがはずれるようになっていて、
被るとつばとおかまのところから 目がみえた。
作品 そのいち のぞき  ピ-ピングトム。
それからつばが完全にはずれて 今度は牧師のようになった。
ほんにゃ、牧師、何時と何時は今何時、ふにょんふにょん、
早野凡太、早野凡太、早野凡太、早野凡太
頼まれもしないのに、早野凡太は自分の持ちネタを波田陽十の前で披露した。
波田陽十はそれをリアルタイムで見たことがなかったが、早野凡太は何かにとりつかれたように、帽子芸を披露した。
波田陽十は目を丸くした。それほど他人に見せたい帽子芸なら、
なんで大正演芸寄席に三回ぐらい出演しただけで姿を消したのだろう、
早野凡太が公の場所から失踪したことについてはある噂があった。命を狙われている、
命を狙われていると楽屋で気が狂ったように 騒ぎ出し、泡を口から吹いて、
倒れたことがあったという記事を昔の週刊誌で読んだことがある。
その場にいたのは 今も紙切り芸で寄席に出ている、
今は八十才になっている落語家だったが、その場にいてその様子を見ている。
何かを見て急に恐怖の表情をうかべたんでさぁ、一体、何を見たんだというのだろう。
波田陽十はそのことについて、突然切り出すのもなんだと思ったので、違うことから切り出してみた。
あなたは何で、
なんで、お笑い界の覇者となったのに、その名誉も捨てて姿をくらましてしまったのですか。
すると、早野凡太は皮肉な笑みを浮かべ、自分の髪を左手でかき上げた、
お笑い界の覇者、お笑い界の覇者、
早野凡太は口の中でもぐもぐしていた。
殺されるよりは ましだよ、
じゃあ、あなたは殺されると脅かされたのですか、
早野凡太は急に、怒りを爆発させた、それは自分でも どうにもならないよな、恐怖から逃げ出すための行動のようだった。
早野凡太は力ずくで波田陽十の身体を押した。もう、来るんじゃねえぞ、
さっさと上の階に戻れ、
彼はストーブも交換も出来ずに薄汚れた扉のエレベ-タ-にのせられ、上の階に追いやられた。
ミサイル団の三浦のところへ行き、くどくど、説教をされるかと思ったが、
案にそうして専務のミサイル団、三浦まさあきは何も言わなかった。
それどころか、彼の勤務時間が終わると意外なことにロケット団の三浦まさとと倉本こうは波田陽十を食事に誘ってきた。
地下一階のせまい通路で隣のビルにつながっていた。
隣のビルに行くと 人がひとり通れるようならせん階段みたいなものがあって、
さらに地下二階に降りていくと東北料理の居酒屋みたいな店があり、客が十人も入るといっぱいになるような店だった。
縄のれんをくぐった三人は蕎麦屋の椅子みたいなものに座ると、
芋とイカの煮っころがしみたいな料理が三人の前に出された。

あの 早野凡太師匠がうちの会社の地下三階にいるということは、漫才協会の副会長であるわたくしも最近、知ったことなんだ。
そりゃ、そうだよね、
失踪したスターのお笑い芸人が自分の会社の地下三階に住んでいるなんて 知るわけないわな、
三浦専務は早野凡太師匠にあったことはあるんですか、
ギタ-足軽、白状しよう、見たこともない、実は。
見たこともないなんてどうなっているんだ、
あんた、漫才協会の副会長でしょう、
倉本こうも不思議がった。
それよりも、なによりも不思議なことは、どうやって早野凡太師匠がお笑い界の覇者になつたかということだ。
そのとき、
この居酒屋の店主の小島にじが枝豆の茹でたのを持ってきて、口をはさんだ。
突然のことだよ、突然のこと、ある日、早野凡平はお笑い界の覇者になっていたんだぜ、
あの男が失踪したときのことも、おいらは知っているんだぜ。
あの男が失踪したとき、楽屋にはドーナツ版のレコードが一枚だけ、置かれていた。
シ-ディ-からインタ-ネット配信になった音楽配信だが、
その当時は小さなドーナツ盤と呼ばれる大きな穴のあいたレコードが45回転という規格で音楽を聴く主要な手段になっていた。
とにかく、早野凡太がお笑い界の覇者となった理由は誰にもわからなかった。
それから 二日後に早野凡平は産業廃棄物の処理場の巨大な焼却炉の中で黒焦げの死体となって発見された。
ひどいもんだ、まったくの黒焦げで顔もどんなものだったか、わかりもしない。
確かに、これが突然失踪した早野凡太だとわかるのか。
小峠英一は部下の西田みつきにといただした。
間違いありません、指紋は生前に採取されていますから、失踪事件を起こしたとき、
指紋は採取されていましたし、かろうじて手首のところは燃え残っていますから、
警視庁 殺人課の小峠英一とその部下、
自称冒険家でもある西田みつきが本庁にもどっくると、同じ 殺人課の新垣ゆうはふたりに目配せした。
素敵な人が来ていますよ。
少し、不謹慎な気がしたが、小峠英一と西田みつきをまっていたのは意外な人物だった。
失踪したオリエンタルテレビ中田敦の妻、福田萌子子でございます。
これが 中田敦の妻福田萌子子なのか、テレビで見ているのと同じだった。
わざわざ、警視庁の殺人課に来られるとは、何か新しい情報でも。殺人課を訪ねるなんて 敷居が高いのではありませんか。
西田みつきが立ち話をしているあいだ、小峠英一はパイプ椅子に座ったまま、指を平行にからめた状態で手を組んでいた。
もう、夫が失踪してから二週間が経っています、私もいろいろなところに夫の足跡を探っているのですが、
いっこうに、その足跡がつかめません。どうでしょう、私の家に来て、調査をしてもらいたいのです。
殺人を専門にしている刑事さんなら、もっと有効な手がかりがつかめるのではと思いまして。
それは、それは。
小峠英一は少し驚いた。警察官を積極的に家にいれるなんて、そんなことを言い出す一般人はいない。
自動車を地下の駐車場に入れていますので、私の車で自宅におつれします。
いいでしょう。ふたりの刑事は了解した。福田萌子はさきを歩いて行った。
どう思う、小峠英一は西田みつきに目配せをした。
ちょっときな臭いにおいがしないでもありませんや、
とにかく、様子見でこの若妻の誘いにのってみちゃどうです。
ふたりの刑事が地下駐車場へ行くと、福田萌子はもう自分の車の運転席に座り、ふたりの刑事が乗り込むのを待っていた。
福田萌子は車のアクセルを踏んだ。警視庁の地下駐車場から出た車は道路の横に立っている街路樹を横に見ながら、
走っていく、道路も適度に混んでいるので、遅くも早くもなかった。
主人は本当に失踪したのでしょうか。
福田萌子は後部座席に座っている ふたりの刑事をバックミラ-で見ながら、言った。
では、単なる失踪ではないと奥さんは考えているのですか、
そういうわけではありませんが。
自動車は赤坂の人通りのないさびれたマンションの前にとまった。
外国と日本のふたつの拠点をもっているのだろう。車から降りた三人はさびれたマンションのエレベ-タ-を使って、
上の階まであがっていく。
芸能人が住むようなマンションじゃありませんな、近所の人に誰にも気づかれないのですか。
ええ、私も主人もサングラスをかけて生活しておりますから、それに このマンションの住人というのも 
夜のお勤めの女性の方が多いので顔を合わすこともありません。
三人は中田敦と福田萌子の愛の巣の入り口にたった。エンジ色の鉄の扉である。
福田萌子は鍵をがちゃがちゃといわせて、扉を開けた、
ここで、日本にいるあいだは主人と私は生活しております。

家の中に入って最初に目に入ったのは縦型の洗濯機だった。
小峠英一と西田みつきは外の景色が見えているリビングに案内されて コ-ヒ-も出された。
主人は本当に失踪しただけなのでしょうか、もしかしたら、すでに殺されていたりしませんか、
福田萌子は大胆にも聞いてきた。
主人の調査はどこまで続いているのでしょうか、
最後にご主人の姿を見られたのは千葉の三郷市の公民館で相方の藤林慎吾氏と漫才をやられて二人揃って、
どこかに行かれたということだけは わかっています。
都心と違って、どこかしこにも防犯カメラがあるというわけではありませんからなぁ、
西田みつきはコ-ヒ-をすすりながら言った。
小峠英一はリビングの本棚にある DVDのコレクションを見ていた。
そもそも 奥さんはどうやって、中田敦氏とお知り合いになったのですか、
小峠英一はそれらのDVDのタイトルから何かを感じとったのかもしれない。
アニメナイトビッグバンのコミュニティサイトからなんです。
ふたりは最初、芸能人だということを隠して、サイトに参加していました。
しかし、気の合う人がいるなぁと思ってみていたんですが、いろいろな言葉のはしはしから 
オリエンタルテレビの中田さんだということがわかったんです。それから わたしたちは付き合いだしたんです。
その頃はまだオリエンタルテレビはお笑い界の覇者にはなっていませんでしたね。
小峠英一はDVDの目録を眺めながら言った。
西田みつきはトイレに行くと言って席をたった。
西田みつきがトイレに行く途中の通路に清掃用具の棚みたいなものが置いてあり、
その上にティシュペイパアの箱が置いてある。少し底が厚くなっているので、
取り上げて裏を見るとオリエンタルテレビの片割れの藤林慎吾の顔写真が張られていて、 
大きくばつがひかれていた。西田みつきは何食わぬ顔をしてリビングに戻っていった。相変わらず小峠英一と福田萌子は話している。
小峠英一はDVDの並びが途中から変わっていることを見つけた。
中田敦氏は北島三郎先生のDVDも持っていらっしゃるのですね。
それから ほかにも演歌歌手のDVDが、まったくの意外な発見だった。中田敦と演歌歌手、どんな関連があるのだろう。
ああ、あれですか、まとめて誰かから貰ったらしいんです。

しかし、小峠英一はうかつだった。そのDVDを誰からもらったのか、
もしくは そのディブィディの目録を精細に調べればこのオリエンタルテレビ失踪事件の全貌がつかめたかもしれないのに。
このマンションの部屋を辞するとき、ふたりの刑事にあきらかに夜の商売と思われる女が頭に水切り用のタオルを巻きながら、
右手には歯ブラシ、左手にはコップを持ちながらはなしかけてきた。
ここに住んでいるの、
オリエンタルテレビの中田とその妻の福田萌子でしょう、それで あんたたちは殺人課の刑事でしょう。
わたし、見ちゃったんだ、福田萌子と藤林慎吾が取っ組み合いのけんかをしているの、きっと何かの秘密があるのよ。
ふたりの刑事は公園のベンチで並んで座ると、どう、思う、
この事件は、オリエンタルテレビがふたりとも同時にいなくなったっていうことは。

そのとき、小峠英一のポケットが虹色に輝きだし、彼はポケットの中から古代の錫杖のようなものを取り出すと、
それはまだ虹色に点滅している。
報告、報告、ヨコシマ惑星人が地球にすでにおりたっている、すでにヨコシマ惑星人が降り立っている。
レギュラ-が危ない、レギュラ-が危ない
ふたりの刑事は目を見合わせた。
オリエンタルテレビの失踪事件の解明もされないうちに 
ヨコシマ惑星人か、ヨコシマ惑星人は惑星間移動は出来ないはずだぞ、どうゃって地球に。

みんなが帰って 誰もいない 警視庁の殺人課の一室で 
小峠英一と西田みつきは パソコンのモニタ-を覗き込んでいた。
レギュラ-のスケジュ-ル表を見ると 
生駒山の頂上あたりにロケにいく予定らしい。
レギュラ-のふたりは明日から三日間生駒山の頂上にテントを張って野宿するという番組に参加することになっている。
生駒山
西田みつきはいぶかしげに小峠英一に声をかけた。
小峠英一はにやりとした。
ふたりだけではない。あの出来事での特別調査だ。
ふたりだけで生駒山の頂上にとりのこされるというのではない、あの異端の宇宙学者も一緒だ。
小峠英一がそういうと西田みつきもすべてのことを了解した。

四日前に生駒山を徘徊していたハイカ-が巨大な銀色の物体が生駒山の頂上の土の中に半分ほど埋まっているのを発見した。
あきらかに 空中から飛来して土の中にささっている状態だった。
そのことはすぐにテレビのワイドショウでもとりあげられ、あの異端の宇宙科学者もコメンテェタァとして参加した。

しかし、何故だか、それらの情報にはすべてかん口令がしかれたのである。
明日にでも 謎の飛行物体の埋まっている場所にいかなければ なるまい。

小峠英一は下唇をかみしめた。
しかし、もうすぐ 
あの地域に台風が襲うという天気予報が出ているぞ、大丈夫か。
台風といっても 新幹線がとまるほどのものではないだろう、家に帰って電気かみそりや寝袋の準備をしようぜ、
お茶は行く途中でコンビニで買えばいい。

このふたりの刑事はのんびりとかまえていたが、事態はそれどころではなかったのである

未知の飛行物体のそばにテントが建てられ、その中にレギュラ-のふたり、西田くんと松木くん、それに異端の宇宙学者が入っていた。
西田くんと松木くんは オリエンタルテレビ亡きあと、お笑い界の覇権をにぎっていた。

テントを叩く、雨粒の音が聞こえる。そして木を揺らす風の音も。
西田くんと松木くんはアルミの飯盒の上にレトルト食品のカレ-をかけて口の中に運んでいた。
異端の宇宙科学者は試験管の中に調査した金属片の一部を入れ、試験薬を注ぐと、奇妙な色に変わった。

西田くんと松木くんのふたりはこの緊張にたえられなかった。
松木くんは突然、クロールの時の手ぶりをすると西田くんの肩に手をかけた。

松木くんは 突然、素っ頓狂な声をあげる。
はい、はい、はい、はい、はい、はい、
あるある探検隊、
あるある探検隊。
ずびぃずばぁぁ、ずびずび、ぽん。
昔のイレブンピィエムののりだ。
最初、松木くんがが抜けない一升瓶のふたを必死に
何度も抜こうという動作をして、ポンとあける表情をする。
そのあと西田くんの方を向き、
両手をバタフライのようにして
松木くんは西田くんの肩をたたいた。
それから、両手を左右に大きく振って行進して
あるある探検隊、あるある探検隊。と叫ぶ。
このお笑い界の覇者がたったひとりの異端の宇宙科学者をひとりを観客として演じられるのは奇跡に近い、
それもこんな小さなテントの中の空間で。
頼むで、松木くん、
西田くんが松木くんに合図を送る。
オッケイ、オッケイ。いくでぇ
高級料理で腹くだす、
はい、はい、はい、はい、はい。
あるある探検隊、あるある探検隊。
普段さぁ、あんまり いいもん食べんからさぁ。
きいつけよう、
松木くん、次、次、次いこう。
オッケイ、オッケイ。
行くでぇ、松木くん。
行くでぇ、夢の中まで脇役だ。
はぃ、はぃ、はい、はい、はい、
あるある探検隊、あるある探検隊。
そやななあ、
せっかく自分で見ている夢なのになあ。
これ、哀しすぎるでえ。
そやなぁ、そゃでぇ。
オッケイ、オッケィ、安心、安心、つぎいくでぇ。西田くん。
あるある探検隊、あるある探検隊。
この狂態が嵐の夜、ランプがゆらゆら揺れている
テントの中でおこなわれているのである。
それも あきらかに気難しそうな、異端 宇宙科学者の前で。
しかし、常識では 測れないことが おこった。
怒り出すに違いないと思われた 異端の宇宙科学者はレギュラ-の前ににじり寄ってくるとふたりの手をとったのである。
そのうえ、宇宙科学者の目は涙で濡れている。
わたしはこんなに他人にやさしくされたことはなかった。私は世間からは単なる精神異常者とみられていた。
わたしの予言はすべて真実なのに。
この展開が意外だったので、西田くんと松木くんのふたりも宇宙科学者の目を見つめた。
宇宙科学者は言った。

この重大な発見を真実をあなたがたにお伝えしよ。
異端の宇宙学者はどこか、遠くを見つめていた。
テントの上のLEDランプがゆらゆらとゆれている。

世の中の人は この世のトラブルや悪事が すべて人の心の中から起こるという、そうじゃない、
それらは すべて 外部からやってくる。
すべては 宇宙人のしわざなのだ。
地球人、そう、地球人もまた宇宙人である。
わたしは 長年の研究から、それらはすべてヨコシマ惑星人のしわざであると結論をだした。
そしてわたしは 
ヨコシマ惑星人の研究をはじめた。
ヨコシマ惑星人は惑星間の移動はできない、まるで 寄生虫のように惑星を移動する。
このテントの横に突き刺さっている巨大金属物、
これが何か わかるか。
西田くんと松木くんはごくりと生唾をのんだ。
何者かが、そう地球外生物が これに 乗ってやってきた。
それが 
どんな宇宙人なのか、わしにもわからない。
しかし、ひとつだけ わかっていることがある。
あの 宇宙船から削り落としている資料からの結論だ。
わたしが 生涯をかけた、研究から、さまざまな宇宙人がこの地球に おりたったが、歓迎せざる訪問者、
あらたなヨコシマ惑星人がここに降り立っている。あの宇宙船の外壁に付着して 地球におりたったのだ。
悪魔、そう悪魔がまたひとりやってきた。
このテントの中の三人は何者かが テントの外で 獲物を奪う豹のように中の様子をうかがっていることに気づかなかった。
小峠英一と西田みづきが生駒山のふもとに着いたときには昨日からの嵐もやんで空は晴れていた。
道はまだ ぬかるんでいるが、山道をまだ歩けないというわけではなかった。
ちょうどあの大きな岩が目くらましになっている 向こう側が巨大金属物が刺さっている場所だ。
小峠英一がゆびさした。
その大きな岩を超えると、
なっ、なんなんだ。
ふたりの刑事は声をあげた。
テントはちりぢりの黒いもえかすとなり、三人が裸のまま、上を向いて倒れており、服も焼け焦げてちりぢりになっている。
ただ、松木の手には清酒白雪の小瓶が握られていた。
あれはテントの骨組みの近くに黒い円盤のようなものが転がっている。
西田みづきは それをとりあげた。
45回転のドウナツ盤のレコウドじゃないか。

警視庁に出入りが自由になっている日本そばやがある。
警視庁のまわりも百年ぐらい前はまだ高層ビルばかりが建っているというわけではなかった。
背の高いビルと言っても三階建て、四階建てが限度で、
平屋瓦葺の屋根に木造の一階、土間は土を固めて店の前には縄のれんをたらして、店の中は酒樽を椅子にして
帳場が客席からのぞけるという蕎麦屋も多かった。
いつのまにか、まわりは高層ビルばかりになり、身の置き場所もないように肩をすぼめてそばを作っている。
そんな店がまだ出前を続けていて 
警視庁殺人課の中に自由に出前を届けることができた。
おい、こっち、こっち。
小峠英一は出前持ちに手で合図をだした。
西田みつきも椅子をくるりと回して、殺人課入口のドアのところに立っている出前持ちを見た。
小峠英一は大きな海老、三本を卵でとじた海老天丼を、
西田みつきは親子丼に小さなかけそばのセットになったものをたのんだ。
海老の天ぷらの半分になったものを割りばしではさみながら、
机の上に置いてあるレギュラ-殺害現場に残された物証の写った写真に目をやった。
ダイイングメツセ-ジはふたつか、
小峠英一は 海老の天ぷらを食べ終わると木の箸が吸っている天丼の出汁をチュパチュパとした。
四十五回転のドーナツ盤のレコードと松木の手に握られていた清酒白雪の小瓶か。
白雪の小瓶の方が大事だと思う、それはがいしゃの松木が自分の意志で握ったからだと思うんだ。
松木は犯人の手がかりを残したかったのだと思う、最後の力を振り絞って。
西田みつきは瞳孔の開いた松木の死に顔を思い出した。
西田の方は白目をだして、宇宙科学者は口から血を流して死んでいた。
小峠英一、西田みつきのふたりは何喰わない顔をして 
警視庁殺人課の刑事として国から当てぶちをさずかっているが、その実態は全宇宙人連合から派遣された 
地球人に紛れて悪事を働いている、不良宇宙人を逮捕、殺害する使命を負わされた宇宙刑事なのである。
しかし、白雪の小瓶ひとつでは何もわからない、その瓶についていたのも松木の指紋だけだったのだろう。
こっちの 45回転のドーナツ盤のレコードの方は 
小峠英一は指先で机の上の写真をとんとんと叩いた。
親子丼を食べていた西田みつきは机の引き出しを開けると机の上にプリンタ-で印刷された資料が出てきた。
レ-ベル ビクタ-音楽産業
山上みちお 作詞
猪俣こうしょう  作曲
大大海原千里 万里
大阪ラプソディ
ビィ面  天満エレジィ
西田みつきも小峠英一のように、
机の上を指先で叩いた。
ばかな、
そのままじゃないか
これが ダイイングメッセイジだって。
小峠英一はこめかみにしわを作って激怒した。
犯人の名前はもろ、そのまま出ているじゃないか。
そりゃ、そうだが、罪をなすりつけようとしたのかもしれない。周辺に犯人がいるのかも しれない。
大海原千里 万里、
大海原万里の方は芸能界を引退している。
大海原千里の方は 
あんたもしっているとおり、
今も上沼田エミ子という名前で お笑をやっている。
小峠英一はテレビのスイッチを入れると でてくる あの顔がおもいうかんだ。
午後から宇宙刑事のふたりは
 上沼田エミ子を捜査することにした。
ふたりは渋谷に降り立った。道玄坂をのぼっていった。
副業で香水屋をやっているなんて意外だったな。
道玄坂の途中に木で出来た中国の神社の鳥居みたいなものがあり、そこがひゃっけんだなと呼ばれる 
渋谷では有名な場所であり、ストリップ劇場の向かいに 
上沼田エミ子の香水屋がある、香水屋のショウウィンドウにはきれいな色の液体の入った 
ダイヤカットされた香水瓶が 瓶に入っただけのものや、小さな小さな ラグビぃぼうるみたいなポンプのついている 香水瓶もある。
ふたりが店の前に立つと店の中には誰もいないようだった。
ショウウインドウの横は小さな通路みたいになっていていて通路の向こうが生活スペ-スになっているようだった。
そこにつっかけのサンダルが置いてある、客がくると そのサンダルをひっかけて店に出てくるのだろう。
その生活スペイスの入り口にダンボウルが積まれている。小峠英一はなぜか、そのダンボウルにこころひかれた。
そのダンボウルに印刷されている図柄がこころひかれるものだったからである。
箱の大きさからして香水が入れてあるとは思えない。
しかし、その中には重要なものが入っていたのだった。
もしもし、誰か いらっしゃいませんか。
まってぇな。
片手にいなりずしの皿、片手に割りばしをもった大柄の女性が引き戸を開けてあらわれると 
稲荷ずしと割りばしを座敷の上におき、サンダルをつつかけて小峠英一と西田みつきの方にやってきた。
こっちにも 香水はたくさん 置いてあるのよ。
ショウウインドウに飾られている香水瓶と同じくらいの数の香水が店の中のガラス戸棚の中に置かれている。
実は香水を買いにきたわけではありません、
わたしたちは こういうもので。
ふたりは殺人課の警察手帳をとりだした。
あら、警察のかた、いったい、どうしたということですの、誰が殺されたんです、本当にぶっそうですね。
レギュラア、ご存知ですよね、
松木くんと西田くん、実は生駒山の頂上で殺されたんです、宇宙科学者も一緒でした。
まあ、もちろん、知っていますですわよ。
同じ、会社ですから、肉吸いのうどんも三回くらい おごってあげたこともございますのよ。
おほほほ、松木くんも西田くんもわたしのことを姉のように慕っておりましてね、
実はそんなに年は離れていないんで ございますよ。松木くんも西田くんもわたしが憧れで、目標だったなんて、よく、言っていましたわ。おほほほほ。本当に今度のことは びっくりでございますわ。
小峠英一はくちびるをかみしめると上沼田エミ子の顔を上目遣いに見つめた。
これをご存知ではありませんか。
むかし、あなたは歌手もやっていらっしゃいましたよね、1976年2月25日 大海原千里万里として出したシングルレコウドは大阪ラプソディ、その45回転のドウナツ盤のレコウドが松木くんと西田くんが殺された現場に置かれていたんですよ。松木くんと西田くんがわざわざそのレコウドを生駒山の山頂まで持っていったんだとは考えにくい、一番 考えられるのはあなたに 罪をなすりつけようとしている人間がいるかもしれないということですね。
何か、こころあたりは ありませんか、
上沼恵美子はふたりのそでを引っ張って店の正面まで つれていき、道をへだてて向かいにあるチャンポン屋をゆびさした。
その店はカウンタア席しかなく、主人が麺のゆできりざるをふっている。小峠英一と西田みつきのふたりはあっと声をあげた。
そのお湯切りざるをふっているのは小峠英一も西田みつきもテレビで見たことのある人物だった。
木幡小平治などの怪談物を得意にして、迫力のある語り口の講談師だった。顔も迫力があり、どの角度から見ても同じに見えるという 
令和の七不思議のひとつだった。
あの男、百軒店でチャンポン屋をやって、麺のお湯切りざるをふっていたんだ。
上沼田エミ子は道の向こう側にいる
 神田白城をゆびさした。
わたしをおとしいれようとしているのはあの男に違いないんですよ。
刑事さんも聞いてくださいよ。あの男、うちの商売の邪魔をいろいろとやってくるんですわよ。
細かくいうと 本当にきりがないんでございますよ。わたしの美貌に嫉妬しているのかしら、本当に男のくせにいやねぇ。
刑事さん、わたしが直接見たというわけじゃないんですけどね。誰かが 言っていましたわ。
六十キロで走っている自動車のドアのところにへばりついてそのままなんですって、そして、
また違う自動車がくるとまたドアに飛びうっって ドアにへばりついて都内を移動しているらしいんですよ。
裏の方にホルモン焼き屋をやっているみつよっていう女の子がいるんですけどパソコンを立ち上げたら起動画面に
あの男がでてきたんですってよ。
どこまで本当かはわからなかったが、上沼田エミ子彼が嫌いらしかった。西田みつきはスマホの望遠彼を撮影すると
彼はニヤリとわらったが、気づいているか どうかはわからなかった。
レギュラアが出ている
 小劇場が代官山にある、宇宙刑事のふたりはそこに行くことにした。
代官山からその小劇場へと向かうみちすがら、
小峠英一と西田みつきの頭の中にはあの香水屋の上沼田エミ子への疑惑がふつふつとわきあがってきた。
殺人現場に残されていた大阪ラプソディの回転のドーナツ盤のレコード、
そんな あからさまなそれみよがしの証拠があるだろうか、誰かが、上沼田エミ子以外の誰かが、
上沼田エミ子に罪をなすりつけようとする場合、もしくは あまりにもあからさまなので 彼女を犯人から除外する場合、
ふたつが考えられるが。
早野凡平が地下三階の物置場でそのレコウド盤を見たときの恐怖の表情を宇宙刑事たちは知らなかった。

ここだ、ここだ、
小劇場というから、もっとネオンチカチカのキャバレ-みたいな場所だと思っていたが、
意外にも 落ち着いた雰囲気で入口にはフジの木のアァチが作られていて、屋内に造られた釣り堀のような雰囲気だった。
入口のところでこの小劇場の支配人、桂川文珍が地面に落ちている 枯れ葉をかきあつめている、
小劇場 南分派の紹介文に書かれている顔写真と一緒だった。
宇宙刑事たちの観客やチケットを求めてやってくるファンたちとは違う印象を支配人の桂川文珍は感じて、
掃いている箒の手をゆるめると顔をあげてふたりを見た。

あなた方は。
警視庁殺人課のものです。
小峠英一は警察手帳を取り出した。
レギュラア、つまり、西田および、松木、そして宇宙科学者が生駒山の頂上で殺された件はご存知でしたか、
レギュラアがこの小劇場によく出ていたということがわかりまして、つい二週間前にもここで漫才をやりましたよね。
レギュラアのふたりについていろいろな情報を集めているところなんです。少し、お話を聞かせて いただけますか。
支配人の桂川文珍は遠からず警察が来るということを予想していたに違いない、なにもかも了解した様子で 小屋の中に入るように促した。
ここですか、
小峠英一と西田みつきのふたりは自分たちが 通された畳六畳の長方形の部屋を見まわした。
部屋の壁には大きな鏡が張られ、壁の半分は開いていて舞台につながっている。畳部屋の片方は腰掛けられ、靴をはいたまま、
足をおろせば、土間の上に足がつく。ふたりは腰掛けると支配人がお茶をもってきた。
西田みつきは支配人の桂川文珍の目をみつめながら芸人さんたち、まだ、商業的成功をしていない人たちが、
自分の思い通りに漫才をやってみたいと思う人たちが出演するんでしょう。レギュラアのふたり、
わたしなんかはあまり聞いたことがありませんでしたよ。レギュラアの名前を耳にするようになったのは ここ、一か月くらいですねぇ。
芸能界に詳しくない人だとそんなものだと思うんですがレギュラアのふたりはもっと前からこの舞台には出ていたんですか。
支配人は答えた。
一年ぐらい前でしたかねぇ、スケッチブックとボウリングの玉で観客をいじってマジックをする、知っていますか。
小峠英一はその芸人を知っていた。
おもに 関西のテレビ番組によく出ているその男がつれてきたんですよ。西田くんと松木くん、神妙な顔をして 挨拶にきましたよ。
ここにふたりがくるようになってから何か変わったことが起こったりしませんでしたか、ふたり以外の出演者でもいいんですが。
桂川文珍は遠い記憶を思い出したようなふりをしていたが警察がきたら話そうと用意していたようだった。
レギュラアのふたり西田くんと松木くんが部屋のすみにかたまってそれはまるでおいしい餌を与えられた猫のようでした、
そんなことがありました。
わたしの顔を見てニャアと気味悪く笑ったんです。
あなたはその笑った原因は何であるか、わかりますか
あっ、そうだ、その日はふだんと違ったことがあったかも知れません、なんか、今日は変な日だねぇと事務の女の子に言うと、
女の子もそのとおりだと言ったんで覚えているんです。
事務の女性にお話しを聞きたいんですが、
支配人の桂川文珍は何か用事があるらしく、その場を離れ、あとからこの小劇場の経理事務を三年前から
 やっているという 田所洋子という名前の髪を三つ編みにした丸眼鏡をかけて灰色のカァディガンを着ている女の子がやってきた。
さっき、支配人さんとお話したんですが、レギュラアのふたりの様子がおかしいという日があったんですってね。
この部屋の隅でふたりでまるで餌をもらった 
猫がその餌を他人にとられまいと必死になっている様子を支配人とあなたのふたりで噂をしあったということがあったそうですね。
覚えていますか。
ええ、覚えています。
いつだったかという日にちは覚えていませんが、そのときのことははっきりと覚えています。
それで、なんでそうなつたんだろうと、その前後のことをおもいだそうとしたことがあるんです。
その日はふたりの女性がレギュラアのファンだと言って訪ねてきたんです。
ええっ、ふたりも。
西田みつきはメモをとる手をぴたりととめた。
田所洋子も警察が捜査にくることを想定していたのかもしれない。
まず、最初に来たのはお昼ごろでした。私が受付のテーブルのそうじをしていると声をかけられたんです。
顔をあげると女性が立っていました。レギュラアのふたりと会う約束をしていると言いました。
それでわたしが西田さんと松木さんのふたりにそのことをつたえると会うというのでふたりのところにつれていきました。
十分ぐらいで帰りましたが、ふたりはすごく憮然としていました。それから五十分くらいあとに、
わたしがチケットの整理をしていると別の女性がやってきて、おみやげをもっているようでした。
ふたりのところにつれていくと十分ぐらいでかえっていきました。そのあとなんです。
レギュラアが機嫌がよくなって楽屋の片隅で猫みたいになっちゃったんです。
ふたりも。
小峠英一は絶句するとメモを見ていた顔をあげ、田所洋子の顔をまじまじと見つめた。
その日はふたりも女性がレギュラアに会いに来たんですか。ふたりも、それで、あなたはそのふたりを知っていますか、名前は。
事務の女の子は小峠英一の勢いに押されてどぎまぎしている。
名前はふたりともおっしゃりませんでした。若い方の女の子は私と同じぐらいの年齢だと思います。見たことのない人です。
それであとから来た女性ですけど、サングラスをして 頭にはジバンシィのスカーフをかぶっていましたから 
顔はみえませんでしたが、中年の女性だと 思いました。
小峠英一と西田みつきが興奮しているのはその瞳孔がひらいていることからもうかがえる。
そのとき楽屋の支配人桂川文珍が様子を見に来たのか、楽屋のラジオのスイッチを入れた。
すると、そこから流れてきたのは歌謡曲だった。
大阪ラプソディ、支配人の桂川文珍はつぶやいた。
小峠英一も西田みつきも 
その大阪ラプソディの情報を最近、仕入れたばかりだった。
人の心をいやす歌というものではなく、むごたらしい殺人現場の証拠としてだった。
私もしっています。
大阪ラプソディ、四十五回転のドウナツ盤のレコウドとして発表されていますね。歌っているのは。
そのとき桂川文珍は合いの手を入れた。
大海原千里、万里
知っています、知っています。
大海原千里、万里
支配人の桂川文珍にはなにか思うところがあるようだった。
刑事さん、少し、一緒に散歩しませんか、陽子ちゃん、ちょっと 刑事さんと 一緒に散歩してくるから。
何か、ここでは 話せない、何かを支配人の桂川文珍は もっているのに 違いない。
小劇場を出ると石垣の土手で囲まれた小川になっていた。
小峠英一たち三人は土手の横の小道を歩いた。
大阪ラプソディ、女流漫才師がこの歌を歌いました。
そう、大海原千里と大海原万里、そして 大海原千里は上沼田エミ子として お笑をやっています。
桂川文珍は遠くを見つめるような表情をした。
大海原千里がどうなつてしまったか、ご存知ですか。
精神病院に入れられてしまったんです。
今、何て いいました。
小峠英一と西田みつきはふりかえると桂川文珍の目を凝視した。
桂川文珍の表情は陰鬱だった。
上沼田エミ子の姉、その当時は大海原万里となのっていた芸人が精神病院に入っている、それも上沼田エミ子の実の姉が。
歩いていた小峠英一も西田みつきも立ち止まって桂川文珍の顔をしげしげと見つめた。
大海原万里の姉は精神異常者にしたてあげられて、二度と出ることが出来ないといわれる 
群馬県にある悪名高いG精神病院に無理やりいれられたのです。大海原千里 万里、彼女たちはデビュ-してからすぐに売れ始めました。
そして熱心な客が付き始めたのです。
なんと寄席にはこないような熱心な客もひきよせました。
もちろん、彼女たちが若い魅力に満ち溢れていたという理由もあります。
殿上貴族、日本経済界に隠然たる影響力を持つといわれる玉造の宮の長男、玉造はじめ様の目にとまったのです。
同時にふたりも、姉と妹の。
ああいった階級の人たちは同時に五人も六人も愛することが出来るのが普通です。
玉造はじめさまは眉目秀麗、かつ玉造財閥の莫大な富を約束されていました。
そして 大海原千里はどす黒い奸計をめぐらし、姉の大海原万里を二度と娑婆に出ることは不可能だといわれるG精神病院に幽閉したのです。大海原万里は鉄格子の張られた洞窟の中で幽鬼として土にかえると思われたのですが、その姿はある日突然として消えました。桂川文珍の表情は苦悶に満ちていた。
よけいなことを話過ぎました。桂川文珍は踵を返すと帰って行った。
小峠英一と西田みつきの恐怖心はささけだった。
気が付くと、木製のこじんまりした駅に着いていた。駅の改札の横で マドロスの恰好をした男がいた。ふたりの宇宙刑事を待っているらしかった。
あなたたちは殺人課の刑事さんたちでしょう、桂川文珍から 
何か、聞きませんでしたか、
小峠英一と西田みつきは顔を合わせた。
申し訳ありません、
自分のことから はなさなくちゃあねぇ。わたくし、徳井よしみこと黒服と申します。
運転代行をやっています。
桂川文珍の話は全部、嘘ですから、上沼田エミ子さんの悪口を言っていたはずです。あれは全部うそです。
桂川文珍は昔、上沼田エミ子さんに惚れていたんです。結婚の申し込みもしたんです。でも、ことわられました。
徳井よしみこと黒服さんそれは事実ですか、事実もなにもわたしも同じ会社にいてそれを見ていましたから、
それで上沼田エミ子さんの評判を落とすことにやっきになっているんです。
わたし、たびたび上沼田エミ子さんには可愛がってもらっておりまして、
上沼さんが お酒を召しましたおりには 代わりに車を運転させてもらっております。
遠出のドライブのときも運転手をさせていただいております。もちろん上沼さんは後部座席に座っていらっしゃいます。
西田みつきは徳井よしみこと黒服に問いただした。
ドライブの運転手をやられているなら、上沼さんをどんなところにつれていかれたのですか。
ダムが多いです、ダムの一番上の貯水池の 見渡せるところに のぼって感慨にふけて いらっしゃることがおおいです。
列車に乗り込んだ小峠英一と西田みつきは 徳井よしみこと黒服の上沼田エミ子に関する話しで興味のひかれるものについて話した。
どう思う、貯水池でたたずむ上沼田エミ子。
上沼田エミ子は湖底に沈んでしまった集落出身なのかもしれない。

相変わらず売れないお笑い芸人、ギタア足軽こと波田は街はずれのあまかわ稲荷神社の裏にたっている
森山あいみが住んでいる平屋の木造家屋に今度新しく出来た遊園地に一緒に遊びに行こうという提案をするために彼女の住まいを訪ねた。
森山あいみが借りている木造の平屋は周囲には何もなく、あるのはせいたかあわだちそうと古びた神社のおやしろだけだった。
波田陽十が森山あいみの貸家の前の木枠で出来たガラス戸の前に立つと、
カーテンから顔だけをのぞかせて森山あいみは波田陽十に対応した。
波田陽十は森山あいみの家の中に入ったことがない。
遊園地にいかないかい
だめ、都合があるの、信州のおじいちゃんの家に行かなきゃ。
信州。
森山あいみは旅じたくをしているようだった。
殺人課に他の課の刑事がやってきて小峠英一に声をかけた。
上沼田エミ子の専門家、
上沼田エミ子の専門家、
別に上沼田エミ子の専門家というわけじゃないけど
西田みつきも上沼田エミ子と聞いてやってきた。
上沼田エミ子が香水屋をやっているのを知っているよな、
知ってる、知ってる。
高級な香水としてそこそこ流通しているらしい。
しかし、その香水が大量に出回って、落札価格が下がって困っているという消費者の苦情がたくさんやってきて
うちの課でもそれを調べていくと、それらを扱っている通販業者が信州の諏訪市にあるという情報をつかんだんだ。
それも 架空の業者でなく、実在しているらしい。
上沼田エミ子の専門家である 
ふたりも興味があるんじゃないかと 思ってね。
一緒に行かないか。
すぐに 三人は列車に乗り込んだ。
諏訪市に着くと、現地の警察がジィプを用意していて、それで目的地につれていかれた。
別荘地だったが、草がぼうぼうとはえているだけでまわりに家はない、
あれですか、

あれです。
それは大きな十字架のかたちをしていて、そのまま 
十字架が草ぼうぼうの平地にたっている。
その十字架の管も三メ-トルぐらいある。
そのコンクリィト製の建物の
一階に入口があった。
宇宙刑事たちは 拳銃を構えた。ドアを開けると 玄関の沓脱のところに頭を投げ出し、血を流している 神田白城の死体があった。
その丸い部屋の壁ぎわには上沼田エミ子の香水の模造品が積まれている。
この においは何だ。
小峠英一がそのにおいに気づく前に大関のワンカップのガラスのコップが神田白城の死体のまわりに五、六個、ころがっていた。

神田白城の死体は死体解剖のために 東京の警視庁の地下二階にある死体安置所に送られた。
怪談話をやっていた講談師の末路としてはしごく当然であろう。
解剖台にのせられている血だらけの神田白城の死体は目がかっとひらかれていた。
アルバイトのしげふじくんが、遺体安置所のそうじをするために 安置所のドアを開けた。
生きていたときはうなぎをおごってくれたこともあったけど、それも今は昔だなぁ。
人間、死んじゃったら、
うまいものも、何もたべられなくなっちゃうし、そうだ、今日はお弔いのために 
この掃除のアルバイトが終わったら銀座にでも行ってオムライスでも食べよう。
すると、ごとりと音がしてふりかえると
うそだ。
天井を見ていた 
神田白城の頭が横を向いてしげふじくんの方をみている。
表情はあきらかに笑っている。
うわぁ、気持ちわるい。
しげふじくんは 解剖台の上の神田白城の頭をまた 天井に向けたが、また、横を向いた。そして、部屋の照明が消えて、
しげふじくんは 叫び声をあげた。
天井が光っている、
そこに文字がうかびあがっている。
しげふじくん、しげふじくん、うなぎを食べさせてもらった恩返しをするのは今だぞ。
解剖室の壁ぎわに高圧電気を発生させる装置がある。
そのプラスの電極を私の耳に、マイナスの電極を私の足につなげるのだ。
そして電気をいれてくれ。
しげふじくんは 天井の伝言どおりにして スイッチを入れると 
神田白城の身体は二、三度はねあがり、青く 透明になり、透明な液状になり、
かたちがくずれ、アメーバ-状態になって解剖台の下のタイルにこぼれた。
まずい、おこられちゃう。
しげふじくんは 
あせった。
業務用の掃除機で吸い取り、
それを流しに流すと、下水管に流れていった。
しめしめ、
これで 証拠隠滅だ。
しげふじくんはすっかりと胸をなでおろした。

殺人課にまた 宇宙刑事たちと信州に神田は
くざんを逮捕に行った刑事が飛び込んで 来た。
大変た゛、神田白城の死体がなくなっている。
なんだって、昨日、ここに運んできたばかりだろう。あんな 大きなものがなくなるなんてことがあるのか。
しかし、事実だ。
ああ、頭がおかしくなっちゃうよ。
押収した証拠がなくなったら、問題だけど、それはある。
ワンカップ大関の空き瓶が五個と例の四十五回転のドーナツ盤のレコードである。
また、清酒とレコード、それも 大海原千里 万里の大阪ラプソディのレコードか、西田みつきは苦々しく つぶやいた。
レギュラ-が殺されたときも清酒、このときは白雪だったが、それにレコードの遺留品があった。
すべての鉄道の乗換駅になっているのは大海原千里、現在の上沼田エミ子である。
小峠英一と西田みつきはナンバグランド花月に向かった。
上沼田エミ子が漫談をやっているはずである。
上沼田エミ子は客もいない、二階の大広間で十九世紀の貴婦人が使うパイプを使って タバコをすぱすぱと吸っていた。
小峠英一と西田みつきが上沼田エミ子のそばに行って 警察手帳を見せても歯牙にもかけなかった。
レギュラ-殺人事件でおききしたいことがあるんですが、生駒山頂上で起きた事件ですがね。
それに 神田白城が信州で殺された事件、どちらでも、上沼田エミ子さん、
昔の大海原千里、万里さんの出されたレコウド大阪ラプソディが残されていました。
そのことについて何か、お考えがあるかと思いまして。
刑事さん、
上沼田エミ子はきっとした目で刑事たちをにらみ返した。
神田白城を逃がしたそうじゃありませんか、逃がしたという言い方は正確ではありませんが、神田白城の
死体がなくなったそうですね。神田白城が死んでも、その仲間が別会社を作って、
うちの香水のまがいものを作るという可能性がないわけじゃないでしょう。私には敵が多いんですよ。
桂なんとかという落語家がうちの若手芸人と心中事件を起こしたなんていうデマ話を流していることもあるんですわよ。
神田白城の事件の全貌をあきらかにしてもらいたいですわ。だいたい神田白城って何者ですの。
とつぜんの権幕に小峠英一も西田みつきも涙目になった。
そんなことを言っても、もう半年もふたりとも家には帰っていませんし、自分の家がどこなんて思い出すこともできません。
刑事さんたち、出身はどこなんですか。
上沼田エミ子も少し、哀れを誘ったのかも知れない。
みんな僕のことを日本人だと思っていますが、生まれたのは北朝鮮です、命からがら脱北しました。
僕の方は中国の福建省で父親が南京豆を栽培しています。
おふたりとも 外国から いらっしゃったのですか、見知らぬ外国の地で生活するのは大変でしょう、
でも あなたたちには 変える場所が、故国がある、その点は恵まれていますわよね。
上沼田エミ子はよけいなことを言ったと思ったのか、口をつぐんだ。
道頓堀のかに道楽で ごちそうしてくれるという。小峠英一たち、三人は道頓堀川の見える席に座ると 注文を取りに来たので 
蟹料理が二、三種ついている料理を頼んだ。
ふたつの殺人現場に大海原千里 万里の名義でだしているドーナツ盤のレコウドがあるんですって、うちをさがしても 
どこにあるのか、見つからないんですよ。なにぶん、古い昔のことですからね。とにかく、そのレコウドを見せてください。
そう言われたので小峠英一はふたつの殺害現場に置かれた大阪ラプソディのレコウドの現物写真を取り出した。
神田白城の方は血のりがついていて 生々しい。どちらも二十センチほどのジャケットに七インチの黒いレコウドが入っている。
しげしげとその写真を上沼田エミ子は見つめていたが、

これは古びて作られていますが、昔、作ったものではありませんね、大海原千里万里という字体が少し違っているみたいな気がします、
最近復刻されたものみたいですね、しかし、私自身は そんな計画もきいていませんでしたわよ。
西田みつきが 最近のお笑いで一番人気があったのは オリエンタルテレビとレギュラアだと思っていますが、
どうなんだろうと聞くと、
 そんな気もすると質問をはぐらかした。

オリエンタルテレビ失踪事件、レギュラア殺人事件、そして神田白城殺人事件、
そして 早野凡平殺人事件、誰も言わないがこの三つの事件はひとつの糸でつながっていると世間の人は考え始めていた。
それに五十年も前にヒットした大海原千里万里のレコウドが殺人現場に残されていたことが煽情的に昼のワイドショウでとりあげられ、
忘れられていた大阪ラプソディが有線でかけられ始めていた。大海原万里 少し、洋風な感じがするが、
実物は日本風、大海原千里、日本風の名前だが、本人は洋風、
という よけいな注釈を宮根信二は付け加えた。

あいみちゃん、きみは何かをかくしているね。
日本風の居酒屋、磯の小海老たちでかつおの叩きを箸でつまみながらカウンタァ席で隣に座っている森山あいみに話しかけた。
波田陽十と森山あいみは居酒屋のカウンタァ席に座っていた。
波田陽十は執拗に森山あいみを詰問したが森山あいみは何も答えなかった。
あんなに 仲の良かった
 恋人 ふたりに 謎の隙間が生じている。
いつも森山あいみはギタア足軽のライブはかかさず見にくる、しかし、ぽつぽつと見にこないことがある。
それに、それにである。
ロケット団の三浦まさあきと倉本ごうに誘われて飲み会に行ったみたいである。波田陽十はそのことを知らなかったのだが、
ロケット団に言われてはじめてそのことを知った。
あいみちゃん、きみはロケット団の三浦まさあきと 倉本ごうに 誘われて飲み会にいったんだろう。
最近のお笑いランキングではロケット団の方がギタア足軽より上である。
誰とお酒を飲もうとわたしの自由でしょう。
それにロケット団の三浦さんと倉本さんはわたしを 
お寿司屋さんにつれていつてくれたのよ、回る寿司じゃなくてよ。
それは そうである、
三浦まさあきと倉本ごうの方が会社での地位は上である、収入も高い。
実は波田陽十は森山あいみの秘密を知っているのである。
ロケット団のふたりは波田陽十に森山あいみの秘密を洩らしたのである。
森山あいみはリバイバル曲で演歌歌手としてデビュウするから三浦まさあきと倉本ごうに応援して欲しいと 頼んだそうである。

演歌の神様に会っちゃったのよ。カラオケバ-ブンブンミツバチでスパゲッテイナポリタンを食べていたら、
カラオケの番がまわってきたから、カラオケを歌ったの、そうしたら 隅の席に北島三郎先生がいてわたしの歌を聴いて
デビュウしてみないか、きみなら きっとヒットするって言われたの。波田くんも お笑の神様を見つけたら
最後の言葉はきつかった。もしかしたら森山あいみは歌手で人気者になるかもしれない。
自分の ところには お笑の神様はやってこない。
森山あいみのところには 演歌の神様はやって来ている。
考えてみれば波田陽十は森山あいみのことを何も知らなかった。
どこから来た人なのか、どこで生まれたのか、同じ 会社にいることはいるが、森の中で出会ったルリタテハみたいなものだった。
森山あいみは信州に行くという、
大変なチャンスだった。
恋人同士なのに波田陽十は森山あいみの部屋の中に入ったことがない。波田陽十は
あの不気味な森山あいみが住んでいるという木造平屋建ての昭和二十年代に建てられたみたいな家に忍び込もうと思った。
うち捨てられた神社のやしろにあるその家には月の光も届かなかった。

木枠のガラス戸の引き戸を引くとカーテンでしまっている。彼は合鍵を作っておいたのだった。
裸電球のスイッチを入れると部屋の中はオレンジ色に写しだされた。部屋の中は まるで終戦後まもない 
ギャングの部屋のようだった。ベッドがひとつしかない、それも手製みたいな木製のベッドだった。
ここで愛子ちゃんは寝ているんだ。囚人が寝るようなふとんがかけてある。部屋に何もないというのは嘘で、
部屋の片隅に何か重なっておいてあるので、彼は興味深々で、その荷物を覗いてみた。そこには現代では売られていない
四十五回転のドウナツ盤のレコウドがジャケットに収められた状態で積み重ねてある。彼はこの時点では知らなかったのだが、
そのレコウドは大阪ラプソディ、五十年前に大海原千里 万里が三十万枚以上のヒットをとばしたレコウドである。
大阪ラプソディ、何だ、こりゃ、彼はそのレコウドを元に戻すと、そのの部屋から出て鍵をかけた。
そして、その家を出ると 何者かが気味の笑い声をあげて波田陽十の方を見ていた。
身長がニメーイトルぐらいあり、海老のような顔をして頭から十本ぐらいのピアノ線が出ていてピアノ線のさきがぴかぴかと光っている。
身体は銀色に光り、骨格はなく、長い手をぶらぶらさせている。
なんだ、これは。
波田陽十は恐怖でぶるぶると震え、家に帰ってからも ふとんにくるまって寒気を感じた。
それは あきらかに宇宙人だった。それも邪悪なやつ。

未解決の殺人事件、テレビのワイドショウはそれを 
おもしろく、連日連夜、報道した。
波田陽十とロケット団の三人は地下一階で通じている 小島にじがやっている田舎料理屋で昼飯を食べている。
ジャガイモと牛肉、いんげん豆を醤油で甘辛く、煮た料理だった。
小島にじが 店の少し高い位置に木枠で そなえつけられている 
テレビのスイッチを入れると三浦まさあきと倉本ごうは箸のさきをかみながらテレビを見入った。
あいみちゃん。
知り合いか
小島にじがいうと、倉本こうは知り合いも何も、うちの社員じゃありませんか、森山あいみというんだな、
そういえば、今度、デビュウするから 応援よろしく 
お願いしますなんて、頼みに来てたよね。あれよ、あれよ、というまにだったな。本当 びっくりしたよ。
森山あいみという
 名前だけじゃないんだぜ、ここにいる波田くんとつきあっているという噂もある、漫才協会の副会長は何もかもお見通しである。
波田陽十の顔の前にはスモッグがたかれているようで、波田陽十は下を向いた。
連続殺人事件で大阪ラプソディのレコウドのことを 連日、ワイドショウで 取り上げてるからなぁ。
小島にじもつまみのたくあんをぼりぼりと齧りながら、言った。
波田陽十の表情は暗く曇って下を向いたままになっていた。
完全に波田陽十は 森山あいみに追い抜かれていた。
はじめて会ったときには演歌歌手として芸能界のトップに躍り上がるなんてことは予想だにしない可愛らしい女の子だったのに。
バ-の片隅で波田陽十が飲めないウィスキィをあおっていると不気味な雰囲気で迫力のある顔の男が隣の席に座った。
だんな、だいぶ、荒れていますね。
わかっています、わかっています、あんた、今、大人気な演歌歌手、森山あいみさんの恋人でしょう。
それが、どうしたんだよ。
自分がスタアになるつもりでいたら、平凡で可愛いだけだとおもっていた恋人がスタアになって華やかな芸能界で光り輝いている。
気味の悪い男は波田陽十の顔をのぞきみるとニヤリとした。

あなたは 不思議に思っていますね。
こいつ、誰だと。
ご心配しないで ください、わたしはは誰のねがいも叶える男、神田白城ともうします。
あなたはお笑の神様に出会えたらと思っていらっしゃるのでしょう。
よろしいですよ、あなたにお笑の神様に会わせてさしあげましょう。
 警視庁 殺人課にまた麗人が訪問した。
同じ 殺人課の新垣ゆうが小峠英一と西田みつきに告げた。
素敵な人がきていますよ
またまた、やって まいりました。失踪したオリエンタルテレビ中田敦の妻福田萌子でございます。
私たちが住まわっているマンションで変な噂が広まっているようなので、
刑事さんたちに誤解をされているのではないかと思いもうかがったのでございます。
私と藤林慎吾さまと取っ組み合いのけんかをしたなどという 噂が広まっていませんでしょうか。
その真相をお話にきたのでございます。ご存知のとおり、主人と藤林慎吾さまはオリエンタルテレビという漫才のコンビを組んでおります。妻である私も知らないような秘密をふたりとも持っているのかも知れません。
ふたりとも 漫才のコンビを組みながら、長いこと 売れませんでした。
しかし、ある時期から売れだしたのでございます。その少し、前から、おかしなことが 
はじまりました。刑事さんたちがリビングのDVDのコレクションでございますが、売れだす前後から今まで 
なかったようなDVDのコレクションが加わり始めたのでございます。そう、北島三郎先生の全集とか、ですわね。
夫の中田敦の趣味の中にはなかったものでした。それがある日 突然、加わりだしたのです。
誰かから、貰ったものらしいのですが、夫はそのことについては 何も話しません。
大阪ラプソディというレコウドがありましたかって、そうですね。あったかも 知れません。
テレビを見ていたら若い演歌歌手の方が その歌を歌って ヒットしているようでございますわね。
お仲間のレギュラアさんの死体のそばにも大阪ラプソディのレコウドが置かれていたそうですわね。
藤林慎吾さまとわたしが取っ組みあいのけんかをしていたという話しなんですが、
主人が夜中に洗面台の前で変なビダミン剤を飲んでいたのでございます、
私は てっきり怪しい薬だと思いまして、主人をといつめましたが、何も答えません。
そして藤林慎吾さまがその薬をもってくるので、私は主人に変な薬を飲ませないでちょうだいと
マンションの前で取っ組みあいのけんかをしたのでございます。
お酒についてのお話ですか、仏さまの前にお酒をそなえたり、神事にはよく必要でございますわよね。
オリエンタルテレビ中田敦の妻福田萌子の話によると 
お笑い界の覇者になる前後からいろいろなことが起こっていたという話しだ。
その中でとくに興味深いのは銀座を歩いているとき 中田敦が若い女性をみつけて急に追いかけていき、
戻ってきたときには、ちきしょう、見失ってしまったと 舌打ちをしたことを覚えているということだ。
そして そのときの女性がリバイバル曲大阪ラプソディをひっさげて歌謡界を席巻している
森山あいみに似ているような気がするという話だった。

森山あいみは波田陽十の部屋を訪れている。波田陽十の部屋にはいつも 使っているギタア、
壁には修学旅行にいったときの三角形のペナントがペタペタと張られている。
部屋の真ん中には小さな丸いちゃぶ台が置かれている。ちゃぶ台の上には波田陽十の母親が持ってきた 
ショウトケイキが二個と紅茶が二個 置かれている。
波田陽十の表情には変な自信と挑戦的な態度で満ち溢れていた。
浮気しちゃおうかな、今度、僕、スタアになるかもしれないんだ。
波田陽十はショウトケイキをひとかけら口の中に運びながら言った。
森山あいみはその言葉がどういう意味をなしているのか、よく わからなかった。
スタアになるのが、確実なんだ。僕、ギタア足軽はお笑い界の覇者になることが確実なんだ。
というのが終わる前に森山あいみは波田陽十におそいかかると波田陽十の首に首四の字をかけた。
じわじわと波田陽十の首をしめあげていく。
もっと詳しく教えるんだ。お笑い界の覇者になるとはどういうことなんだ。いえ、言わないと、しめおとすぞ。
あいみちゃん、助けて、首がしまる、死んでしまう。
森山あいみが波田陽十の首にかかっている 足を離すと ごほごほと言いながら 事情を話した。
神田白城のこと、お笑の神様に会わせてやると言われたこと。
森山あいみは わざを離すと、すっくと たちあがった。
ヨコシマ惑星人が暗躍している。

大変なことがわかったぞ、警視庁の技術部に所属する 福田みつのりが血相を変えて 
殺人課にやって来たのは 明らかに小峠英一と西田みずきに報告したいことがあるからで、
一連の大阪ラプソディの殺人事件は暗礁にのりあげているからだった。
レギュラア、および変人 宇宙科学者の生駒山での 遺留物から 解決の糸口が得られるかも知れないぞ、
福田みつのりは小鼻をふくらませて宇宙刑事たちに話しかけたが、福田みつのりはこのふたりが地球人ではなく、
宇宙人であり、宇宙連邦から派遣されてきたということは知らない。
生駒山に打ち捨てられていた動画撮影用のアイシィメモリィが破壊されていたが、なかの記憶が修復できたのだ。
科学技術の進歩は日進月歩だった。
ふたりは福田みつのりのあとをついていった。
技術部の部屋へはいると壁の片側に白いスクリィンが張られ、机の上には思ったよりコンパクトな機械が置かれている。

生駒山での殺人の様子が録画されている。
これが、壊れていなければ、ドキュメンタリィ番組として 電波にのっていただろうが、犯人もそのことに 気づかなかっただろうに。
福田みつのりが部屋のすみのスイッチを切ると部屋の中が暗くなり、壁に事件現場の様子が写しだされた。
レギュラアが前説で使っている 
定番のギャグが写しだされ、それを変人宇宙科学者が見ている、音声はない、不気味な映像だった。
そのあとにレギュラアのふたりと変人宇宙科学者は手をとりあって感慨にふけっている。
あれは映像をみいっている 
小峠英一が声をあげた。
テントの中に巨大な人影が。
テントの中の三人は恐怖の表情をしめした。
あいつ、
映像の鑑賞者たちは 
同時に声をあげた。
神田白城
常人より 大きい 神田白城の顔が現れた。
ヨコシマ惑星人

その正体を知っている宇宙刑事たち、ふたりはつぶやいた。
変人科学者の前に立った神田白城は見たこともないような武器を手にしてにやにやして老科学者を見た、
老科学者の表情は恐怖にゆがんでいる。
レギュラアのふたりもその表情はこわばり、恐怖に ゆがんでいる。
神田白城が 武器を発射すると
 老科学者の身体は青い炎になって倒れた。
今度は神田白城は振り返ると西田くんと松木くんの方を見た。
何故だか、松木くんは清酒の瓶をにぎっていた。
清酒を神田白城、ことヨコシマ惑星人にふりかけると、猫がいやいやをするような顔をして神田白城は テントから逃げ出した。
それを見た西田くんと松木くんのふたりは抱き合って 喜んでいた。
これらの一連の出来事が無音でおこなわれているのである。
あれは
小峠英一がまた、画面の方をゆびさした。
神田白城の半分ほどの影があらわれたのである。
なんて ことだ。
エバンゲリオンみたいな服をきた女の子があらわれた。
森山あいみ
小峠英一がまた低くつぶやいた。
宇宙服を着た 
森山あいみを見たレギュラァのふたりは何か、つぶやいているみたいだつたが、その声は聞こえなかった。
西田くんと松木くんは手で何かの合図をすると手のさきからレイザア光線のようなものが飛び出し、
森山あいみの身体を赤く光らせたが、その光は倍くらいの光となってレギュラァの身体を包んだ。
レギュラアはちりぢりの死体となり、冷たい目で その死体をながめるとドウナツ盤のレコウドのようなものを 
おくと森山あいみの横には海老みたいな頭をした宇宙人が立っていた。
ふたりは嵐の夜空に飛び立っていった。

生駒山にはふたりの殺人者があらわれたのだ。
変人宇宙科学者をヨコシマ惑星人の神田白城が殺した。
しかし、
レギュラアに清酒をふりかけられた 神田白城はにげだした。
よこしまなるものは聖なるものに たえられないのだ。
ドラキュラが聖水と十字架が 弱点であるように、しかし 森山あいみと宇宙人はなぜ レギュラアのふたりを殺したのだろう。
いったい 森山あいみとは 何ものなのだろう。
大阪ラプソディのレコウドを置いてきたのは何故なのだ。
自分が演歌界のスタアになるため、もしくは 上沼田エミ子に 罪をなすりつけるため。
森山あいみと上沼田エミ子の関係は どうなっているのだ。
小峠英一は首をかしげた。
とにかく、
森山あいみを監視しなければ ならないだろう。
いい情報を 得たんだ。
西田みつきは小峠英一に得意気にはなしかけた。
森山あいみの恋人で売れない芸人、波田陽十というのが いるんだが。
自分は お笑界の覇者になるんだと喧伝しているんだ。
そして、波田陽十が神田白城と会ったという情報を得た。
神田白城が波田陽十をどこかにつれていくそうだ。九月三日の午前八時に 
中央線の新宿駅で待っているというメモ用紙を喫茶店の電話口で置き忘れているのを 見つけて、 ここに、もっているのさ。
西田みずきは得意そうに小峠英一に言った。
じゃあ、波田陽十のあとをつけることが最善の手段というわけか。
あれは 
変装した宇宙刑事たちが中央線の新宿駅に 波田陽十のあとを追っていくと、あの講談師の神田白城が着物姿でまっていた。
波田陽十は手もみをして神田白城に何かをいっている。
姿を隠すんだ。
波田陽十のうしろには森山あいみがいた。
宇宙刑事たちは三人の誰からもみつからなかったようだった。神田白城たちは高尾山へ行く急行電車にのりこんだ。
どこへ行くんだ。
山の方へむかっていく、
高尾山よりもさらに 
向こうの駅で神田白城はおりた。
その駅は人家もなく、山道だけが続いている。
山の中の一本道だったので、間違えるはずもない。
やがて山の中の打ち捨てられた神社にでた。
だんな、これであんたもお笑界の覇者になれますですよ。
本当ですか、本当ですか。
波田陽十はにやにやした。
つれてまいりましたよ、つれてまいりましたよ。
さびれた神社の入り口が開き、
現れたのは なんと巫女のような服装をした上沼田エミ子だった。
そちが お笑界の覇者になりたいものであるか、おほほほほ。
上沼田エミ子の横には辛子明太子みたいな生き物がいて手足がついている。
こちらの方がお笑いの神様である。
お前の夢を叶えてくれるであろう。
さぁ、このビダミン剤を飲むのだ。
高い木の上でエバンゲリオンの恰好をしている森山あいみが叫んだ。
あんたは騙されているのよ。
たとえ、お笑界の覇者となっても地球制服の道具に使われるのよ。
おだまり、この演歌歌手。
なかなか ビダミン剤を飲もうとしない波田陽十にしびれをきらしたのか、神田白城が波田陽十にそれを飲まそうとすると、
それはこの宇宙刑事が許さない。
小峠英一が捕獲用のカプセルを神田白城にかぶせた。それを西田みつきが推進用の宇宙ロケットを装着するとあれよ、
あれよと空中に飛んでいき、太陽系のかなたに飛んでいった。
宇宙刑事たちは上沼田エミ子と森山あいみのあいだに たった。
わたしたちは宇宙刑事たちだ。やめろ、これ以上、地球で悪事を働くのは。
すると上沼田エミ子は 森山あいみたちをゆびさした。
殺人をおかしたのは ここにいる森山あいみたち、エンカ惑星人たちだ。
ふん、それはみんなオワライ惑星人たちを滅ぼすためにだ。
森山あいみと謎の宇宙人はがはははと笑った。
どういうことだ。小峠英一はエンカ惑星人とオワライ惑星人の両方を眺めた。
それは、神社から出できた上沼田エミ子は遠くを見つめた。
地球から離れたかなたに わたしたちの住む オワライ惑星があった。お笑いの神様が その世界を 統治していた。 
同じ 銀河星団の中に エンカ惑星があった。
エンカ惑星はオワライ惑星をほろぼそうとした。
オワライ惑星の存続のため、
お笑いの神様をつれて外惑星にたどりついた。それが この地球である。
しかし、
エンカ星人はわたしたちオワライ惑星人を滅亡させようと刺客をおくった。
それが、この演歌歌手森山あいみと謎の宇宙人、森山あいみは殺人事件をおこし、多数の人々を殺し、
わたしに罪をなすりつけようとした。
すると 今度は森山あいみが反論した。
はははははは、お前たち オワライ星人たちも この地球を支配しようとしたくせに、お笑いの神様が作る
 お笑いドリンク、それを飲めば お笑い界の覇者となり、人々を洗脳することが出来る。
どっちも 悪者じゃないか、小峠英一は叫んだ。
そんなことは どうでも いい、オワライ星人皆殺しウィルスのつまったこの小型ミサイルをお見舞いしてやる。
そのとき、頭上に 円盤が現れ。
千里 助けにきたよ。
大海原万里ののった円盤が現れ、お笑いの神様と大海原千里をのせると光速で移動して視界から消えた。
もう、くやしい。
宇宙刑事 小峠英一は西田みつきに目配せした。
西田みつきは大型のレイザア銃をとりだした。それを空中に向けて発射するとみんな記憶喪失になってしまうのだった。
わたし なにをしていたの。
僕はなにをしていたのだろう。
森山あいみと波田陽十は一目で恋に落ちた。
そして 謎の宇宙人だけが記憶喪失で東京の街をうろうろしているのであった。 

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