FGO1部2章『永続狂気帝国セプテム』の嫌いな所に向き合うNote

 今更?って思うでしょう。私もそう思います。でも最近FGOローマに対する憎しみが薄くなってきている気がしているんです。いいことですよそりゃ。でも、どうして怒っていたのかが分からなくなったらボケ老人まっしぐらなので、ここで振り返りを行います。
 そういう事情なので、基本知識の補足は入れますが読者を置いてきぼりにする場面があるかもしれない事を予めご了承ください。
 FGOアプリ自体は2018年にアンインストールしたので、以下の動画により再確認している事を申し添えます。

時代背景: 皇太后アグリッピナ暗殺後、民に愛されている時代

 ネロの略歴は、アグリッピナ暗殺が59年、5年後の64年にローマの大火に続く黄金宮殿ドムス・アウレアの建設でキナ臭くなって、その4年後の68年に元老院から国家の敵扱いされて自殺という流れ。62年に補佐のブッルスが死んだり家庭教師のセネカが引退して歯止めが利かなくなって暴君になっていったというイメージなので、舞台は59~62年くらいなのだろうと推測される。
 加えて、後述するブーディカが死亡したのが60年または61年であり、死亡直後に英霊として参戦したと本人が言っていることから60年か61年のどちらかが舞台だと言える。

あらすじ

 1世紀のローマに転移した主人公たちは男装(?)した女性と出会い共闘する。それは当時の皇帝であるネロ・クラウディウスだった。ネロの信用を得た主人公はサーヴァントとして召喚されていたブーディカ、スパルタクスらと共にガリアへと遠征する。そこに居たのはカエサルで、彼が言うには1世紀のローマを襲ったのは過去の君主たちが組んだ連合であり、連合の首府に聖杯があるという。ひとまずローマへ帰還しようとした一行は地中海に神のいる島があるという話を聞いて探索に移る。この島で出会った女神から連合の首府がある場所を教えられ、一度ローマへ凱旋した後に(なんで?)そこへ進軍することになる。首府に到達する寸前、ネロたちはアレクサンドロスと問答し、当代において唯一無二の元首として神とさえ対峙すると宣言する(ここもよく分かんねえ、多分ビースト示唆のノルマだったんだろうけど帝政との噛み合いが悪いのは相変わらず)。後は宣言通りに神君ロムルスさえも撃破して終了となる。

大激怒ポイント1: FGOのネロ・クラウディウスが女性のままだということ

 これは本当にタチの悪い冗談で、皇帝としてのネロと女体化は相性が悪い。この話をするために帝政ローマというものを理解してもらう必要があるだろう。

前提: 皇帝とは市民の第一人者である

 皇帝は市民のトップであり、法の下で行動が制約されるような立場だった。地位は継承されたものだが、継承した地位のそれぞれは共和政ローマの公権力をパッチワークしたものとなる。なので市民でなくてはローマ皇帝になることはできなかった。
 ここでローマ市民の定義を振り返ってみよう。

具体的には、ローマ市民集会(民会)における選挙権被選挙権ローマの官職に就任する権利)、婚姻権、所有権、裁判権とその控訴権(ローマ法の保護下に入る)、ローマ軍団兵となる権利など。
(中略)
正式な婚姻の関係にあるローマ人の両親より生まれた男子は自動的に与えられた。

wikipedia 『ローマ市民権』より

 当時、女性は市民権が無かった。市民権がない女性が市民の第一人者を名乗るってどういうことなんだ……? と思ったので確認してみよう。

鮮やかな深紅のドレスに身を包んだ、自称・男装の少女剣士。

Fate EXTELLA LINK公式ページより

 なるほどFateネロは男装していたんだね、となる(Fate Extraのページには男装の表記が見当たらなかったのでEXTELLAから引用)。その上で、ネロを知ってる人ならあの悪い冗談みたいなスケスケスカートは目にしているだろう。下着が丸見えで、胸の襟ぐりから谷間がハッキリ見えているあの衣装だ。この衣装はFGOでも共通しており、FGOでの実装において衣装を差し替えなかったことによって、Extraのネロまで馬鹿だったことになった。

 男装というものに対してもっと真面目に向き合って欲しい。何故なら真面目に向き合わないと女性は皇帝になれないのだから。そこで気合を入れた嘘をつかないと「そっちの世界の人類史ね」となって冷めてしまうし、俺は冷めた。どう言い訳を考えてみてもディティールが足りないようにしか思えない。でもExtraならまだ言い訳ができてたけどね。ムーンセルの聖杯戦争で真名を当てられるのが嫌だからローマ人っぽさを排除したと言えた。

 でも1世紀、ネロ・クラウディウスが統治していた時代に転移して、現地のネロ・クラウディウスが同じ衣装を着てたら悪い冗談だろう。Extraのネロとして売り出すために必要だったとかそういうのは分かる。でも、歴史というナマモノを扱うならここは真剣に検討するべきだったし、古代ローマという文明に対するリスペクトが無いように思う。

 当時のローマにおける偉めの人たちが公式の場でどういう格好をしていたのかは次のwikipediaページにおけるトガの画像を見ていただきたい。どうだろうか。ゆったりした襞があるので、むしろこっちの方が男装に適してはいないだろうか。トガ着用ネロもアリなんじゃないだろうか。

大激怒ポイント2: カエサルが肥満体になっている

 なんでだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 ああ、駄目noteに特有のビックリマークを沢山並べて怒りを表明するアレをやってしまった。だが待って欲しい、俺だってたまにはそうなる。これに接したらこうもなる。

 このページの彫像を見て欲しい。この精悍な男が、内乱の1世紀(紀元前133年~紀元前30年)を自分の勝利で終わらせることに成功しかけたガイウス・ユリウス・カエサルその人だ。ライバルに並ぶ実績を得るためにガリアへ遠征した彼はそれを成功させ、ライバルとの内戦にも勝利し、最高権力者としてローマに君臨した。有名な暗殺だって、最後の仕上げとして隣国へ攻め込むにあたってローマの統治をどうするか決めておこうという会議の前に行われたものだった。

 この通り彼は戦漬けで、肥満が入り込む余地がない。サーヴァントは全盛期の姿で召喚されるという設定がある。太鼓腹の肥満体が全盛期の姿であるわけがないのはもちろん、肥満体であった時期が存在しないのである。ならば肥満である必要があったのかといえば、別にそれをストーリーに絡めるわけでもなく、普通に白兵戦で戦って普通に撃破している。

 俺には、カエサルを肥満にすることで「俺はあのカエサルをデブにしてやったぜ。どや面白いやろ」とナスキーが言っているようにしか見えない。メチャムカつくぜ。

細かい怒りポイント1: ローマ兵台詞中の「首都外壁」

 史実において、1世紀の首都ローマには城壁がない。カエサルが命じて破壊させたからだ。それは、ローマの下の平和パクス・ロマーナにおいて城壁は都市の拡張を妨げるものでしかないと彼が判断したから。まあ内乱中みたいなもんだから再建したと見ることもできるけど、だったらこれの直前に敵兵がローマ市街で暴れてたのは何?整合性が取れていない。

細かい怒りポイント2: ブーディカの扱い

これを書く前は大激怒ポイントとして扱うつもりだったんだけど、見返してたら記憶してたよりもちゃんと葛藤を扱ってたのでしぼんだね。1部2章で登場するブーディカが暴虐に反抗する者としての性格を強調されたキャラクターだったらしいこともまあ分かった。だとしてもブーディカがどうしてネロとローマを許さないのかという因縁を描写しないと諸々がすり抜けていかないか?
ブーディカの事件および彼女の葛藤と克服は幕の裏で済ませておいていいものじゃないというのは前から思っていたし、水着イベの1節で済ませていいものでもないと今でも思っている。かなり重いテーマだ。重いテーマを扱うことは、話が重厚になることを意味しない。そうするには慎重な取り扱いが求められる。具体的にどういう事件があったのかを以下に引用する。

……プラスタグスが亡くなると彼の根回しは無視されるどころか、遺言を逆手に取られ、王位と財産の半分はローマ皇帝の物とされた上で娘たちへの相続は無効と一方的に解釈されてしまい、それを口実に王国は征服されたがごとく帝国に編入されてしまった。領土や財産は有無を言わさず没収され、重税を課され、貴族たちは奴隷のように扱われた。タキトゥスの記述によると、ブーディカは鞭打たれ、元首のはずの娘たちは陵辱された[注釈 2]

wikipedia 『ブーディカ』の項目から

重いものを扱っているのだから、軽々しい扱いをしないでほしい。

細かい怒りポイント3: ネロの台詞「このガリアは地中海に面している」

 そもそもローマの属州において地中海に面していない方がレアだというのはさておき、ガリアの特徴を指して「地中海に面している」と言うのがどれほど無茶なのかは下記リンクの図「ローマ帝国におけるガリア諸属州の位置」を見れば分かると思う。赤い部分が全ガリア属州のまとめだ。

 南部のガリア・トランサルピナは海に面しているので矛盾はないように見える。ネロの台詞も「ガリア・トランサルピナこのガリアは地中海に面している」と表現したと捉えることは可能だ。だが、仮にそうだとするなら2つの意味で捉えられる言葉遣いをするな、という意味で×がつく。
 付け加えるなら、僭称帝を1人打倒しただけの現状で「じゃあローマに凱旋しよう」という判断がまずよくわからないし、地中海にある名も無き島を探しに行こうって判断がどうにも妥当だと思えない。地中海は広い。アメリカ全土の25%あるのだ。多分だけど地図を見ながら書いたわけじゃないんだろうなって察しがついてしまう。
 まあでも斥候が帰ってこないから僭称帝の本拠地が判然としないって設定は明かされてるし、理屈は全然飲み込めてないけど手がかりを当たるしかないのは確かだし納得していいか……。

細かい怒りポイント4: 荊軻の存在

 中国の皇帝とローマの皇帝は、和訳すると同じ皇帝なのだが実態は別物と言ってよい。
 中国の皇帝は、神の別称としての「天皇」および「天帝」から字をとったものであり、天という権威の下で統治を代行することから専制君主制に近い。
 一方でローマの皇帝は市民からの信任を得てこその権威なので、市民からの支持率が下がれば元老院から「国家の敵」判定を食らう事もある。中国における皇帝と比べれば、元首政プリンキパトゥスの皇帝は相対的なものだった。
 そこへ、和訳すれば同じ皇帝だからといって始皇帝暗殺を企てた荊軻を持ってくるのは全くのナンセンスだと思う。


 以上から、FGOにおけるローマ関連のライターは、

  • 王政、共和政はもちろん帝政ローマに関してすら政治構造に関する知識がない。

  • 軍記ものや旅行記といての側面があるのに、行軍距離や時間経過などの地理感覚が曖昧である。

といった問題を抱えているように思う。

 これらは、今となっては批判の文脈で語られる事の方が多いように感じる塩野七生著『ローマ人の物語』でさえも、読んでいれば防げたことだ。少なくともハードカバー版6巻だけでも読んでいれば、知らないが故のミスは無かったように思う。
 もちろん、こなすべきノルマはあったと思う。これこれこういうキャラクターを配置しなさいという指示があったろうことは見て取れる。なんか出てくるタマモキャットや、重い出自にも関わらず比重が軽いブーディカはそういうことなんだろうと理解する。
 それでも、ローマという文明に対する知識が浅すぎるとだけは言わせてもらう。聖杯というアブラハムの宗教的アイテムを核とする物語である以上、古代ローマが一段低い扱いをされるのは仕方がない。
 だが、それは古代ローマを学ばない理由にはならない。Fateの原点であるアーサー王伝説も、元をたどればローマ化されたケルト人の王に端を発する。ローマを無視したヨーロッパ描写からは骨がなくなる。気を付けよう。自戒も込めて結びとする。

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